白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2011/09/13(火)   CATEGORY: 未分類
密教展と二宮尊徳
※このエントリーは日記です。弘法大師と二宮尊徳の共通点は私の体験意外なにもありまへん 笑。

 金曜日は会期末のせまった空海展を見に行った。本当は四日に終わった孫文と梅屋正吉展もみたかったんだけど、結局は孫文展は終了した後、空海展も終了間際に追われるようにみにいくことになったのは、以下の理由による。

理由その① 私は仏像は本来その仏像が崇拝されていた環境、すなわちお寺の中でみたいから。仏像が博物館や美術館などの公共の施設のショーケースの中において観察対象となっているのは信心なき時代の悲しい光景である。

 しかも今回の展覧会のポスターみても真言密教の伝統的な視点がなーんも感じられない、「この夏、マンダラのパワーを浴びる」って、パワー・スポットかなんかと勘違いしてないか? 弘法大師空海様は高野山奥の院でさぞや脱力していることであろう。

 理由その②、国立博物館があった地は、かつては江戸城の鬼門を護る寛永寺(天台宗)のあった場所である。かつての上野公園は比叡山と同じく根本中道、常行道、文殊楼が並び、そこには皇族からでた輪王寺宮がおわしまし、江戸の平安を護っていた。

 そーれーーがー、明治元年、彰義隊がここ上野のお山に陣をはって明治政府と対立したもんだから全山丸焼け。以来、江戸の鬼門はあきっぱなし。この前福島原発が都の東北(鬼門)にあたっていたのには心底キモかった。徳川のお山が明治政府に接収されて今の上野公園になったことから、上野にいくと寺がない→江戸の護りがスカスカになっていることが実感されて寂しい。

 しかし、よく考えたら最近はお寺自身が文化財の保護施設化し博物館化しているし、そこにいるお坊さんたちもわれわれに法を説くのではなく、「あなたの護り本尊は?」とかいってお守り売ったりしているので、末法の日本で原理主義していたら仏像なんて見られない。また、鬼門スカスカ問題も、一応力ある密教の仏様が上野にきているので、応急的に鬼門が封印されていると考えられなくもないので、とりあえず行く。
 
 司馬遼太郎の『空海の風景』とか、ソフトバンクの白い犬の中の人が主演した映画『空海』があり、かつ、弘法大師様は三筆の一人に数えられ、書の手本ともされるため、観客はパワースポットマニア以外にも、けっこう多かった。

 密教の教学とその教学を実践するヨーガ行は、インド人から唐の恵果そして、日本人の空海へと受け継がれてきた。私はこの民族をこえた仏教の流れが好きなので、真言七祖像を楽しみにしていた。

したら二枚しか来ていなかった。

しかもホンモノが災いしてぼろぼろでほとんど姿が見えず。この七祖像は写しが何枚も作られているのだから、時代がくだった作例でもいいからフルセットのヤツをみたかった。

 今回みながスゴイ!といっていた最後の部屋の東寺の立体マンダラは、たしかにある意味スゴかった。

 密教では、仏の光輝にみちた覚りの意識を大日如来の姿で観想する。そして大日如来の意識(智)の四つの側面は、四体の仏になって表現され、まとめて五仏としてマンダラの中心に描かれる。あらゆる仏はこの五仏から生まれ出でてマンダラの諸尊を構成するのだが、

 なんと会場の立体マンダラの中央に五仏がおらん!
 つまりこれマンダラじゃない。

 これまで何度も東寺の講堂のこの立体マンダラをみてきたが、今回が一番とほほな状態であった。

 そういえば思い出す。高校の頃、倫社の授業で世界の思想家たちを生徒が分担して調べて発表する時、私は迷わず釈尊を選んだ。釈尊の生涯、四聖諦とかを講義するJKの私を想像してください。今とやっていることがほとんどかわっとらんのが笑えます。

 そして、高校の修学旅行のグループ自由行動時間では、強引に京都の密教本山ツアーを提案し、グループをこの東寺などにつれてきた。以後も東寺の講堂にも高野山の宝物館にもなんどもいった。

 ちなみに、ウチの宗旨は真言宗高野山派であるが、石濱家が明治に淡路島をでた時点でお寺との縁はきれて、私の身近に仏教的なものはなかった。にもかかわらず、誰にも教わらない内から仏教、しかも密教を志向し、今はチベット仏教なんかを勉強している自分はやはり前世の因縁か何かあるのであろうか。

 というわけで、私からアドヴァイス。

みなさ~ん、弘法大師様を単なる歴史上の偉人と見るだけではMottainai、立体マンダラをただの美術品にしてしまうのはMottainai。やはり高野山、東寺に直接足を運び、菅直人が頓挫しているお遍路にいき、密教の伝統が守られている場所で、体と言葉と心を通じて大日如来の境地を目指すのが一番です。

 何のために仏になることを目指すのかと言えば、その力をもって一切の命あるものを幸せにするためです。仏様もマンダラも仏の境地の表現形態。その思想を知らずしてただ美術品として仏像やマンダラをみても得るところは少ないですよ。

なーむだいし~遍照金剛(弘法大師の密名)。

 日曜日、朝もはよから自治体の車が「これから防災訓練をはじめます。自治会館に集まってください」というアナウンスが。あまり人が集まらないともりさがるだろうと旦那様をたたき起こして自治会館におくりこむ。

するとしばらくして電話が。
「自治会館にあつまった後、今、避難処となる■×小学校にきている。煙の中を逃げる体験、バケツリレー体験、地震車による震度七の地震体験、避難処生活体験ができるよ」

 どの体験もしたくないわい。しかし、いざという時に世話になる避難処は見ておいた方がいいし、震度七の体験もしておいた方が本番に冷静に対処できるので、急遽自分も途中参加。しかし、ウチの丁目の参加者22人って少なっ。

 われわれの地域の避難処となる●×小学校は私の出た小学校ではないので、校内に入るのははじめてである。見れば、全体に老朽化した校舎で、ここで暮らすことになる事態だけは避けたいと思った。校庭には地震体験車があり、震度七を体験したが、あらかじめ来る、と分かっていると意外と大きく感じなかった。この前の311の時の方゛よほど揺れは大きく感じた。

 この小学校はツタヤにDVDを借りに行く際に前をとおるので、校舎の入り口部分はよく知っている。私はこの入り口にある二宮尊徳像が好きだった。あの薪をしょって本を読んでいる、苦学生の鏡のような二宮尊徳像である。

 草刈り縄ないわらじを作り、
 親の手を助け弟をせわし、
 せわしい中にも絶えまず学ぶ、
 てっほーんはにのみやきーんじーろう、

 という歌まで歌えるのだ。

ところが、今回この小学校に合法的に入れたことを利用して二宮尊徳像を探したが、ない。それどころか、あるべきばしょににあったものは、男の子と女の子二人が並んで鳩を手にした立像で、その台座には「豊かな心」と銘文が刻まれていた・・・・。

 学校は学ぶ力、社会貢献の心を育てる場から、「豊かな心」(どういう心だよ)を育む場に変わったらしい。ニートが増えるはずだ。しかし、働き学ぶことのどこが悪いのか。何でもかんでもイデオロギー闘争にすり替えて、良い思想まで捨てるなよ。

 というわけで二宮尊徳像がなくなっていたことの方が震度七体験より衝撃だったのであった。
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COMMENT

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K | URL | 2011/09/14(水) 00:23 [EDIT]
え~っと。。。せんせー!密教展と避難訓練の関係性が分かりましぇ~ん(笑)

東寺は昔、初めてのひとり旅で、電車内の広告でマンダラ展をしてるのを知り急遽行き、立体マンダラに魅了され、一度観た後もまた講堂に戻ってみたりしてました。

それがきっかけで自分の中にボンヤリとあった仏像や仏教への興味が膨らんで、今に至る感じです。

なので空海展も、ものすごく楽しみにしてたんですが、私も会場に行ってから「大日如来がない?」とか、ちょっとガッカリしました。
でも東京にいながらにしてこれだけ味わえるのなら、有難いのだと思うことにしました。
普段は見れない仏像の背面とかも拝めますし。

私も仏像はお寺の中で観るのが一番だと思いますが、これをきっかけに私のように仏像や仏教に興味を持つ人が少しでも増えれば、わざわざ江戸の鬼門をお守りに来てくださった仏様方も喜んでくださいますよ!きっと。。。

嶺のシラユキ | URL | 2011/09/14(水) 08:06 [EDIT]
>Kさん
これはわたくしの備忘日記なのです。なので関係性のなさを爽やかに受け入れてください!

博物館でやるにしてももう少し展示に工夫があると思うんですよねー。伝統的なものを大事にした提示法があ。

おりぼん | URL | 2011/09/14(水) 10:12 [EDIT]
こんにちは・・・まだまだ暑いですが、お元気ですか?

空海展、とても行きたかったのですが(まだ日にちありますが)マンダラの中心の五仏がないんですかぁ。
無理して行かなくてよかったです。
私にとっても上野は鬼門らしく、以前いくつかある博物館の一つに行った時には、頭痛と吐き気に見舞われ大変でした。
以来、上野は避けているので、無理しなくてよかったです。

我が家は、オカメもセキセイも皆元気です。
またいつか、先生にお会いできることを楽しみにしています。

嶺のシラユキ | URL | 2011/09/14(水) 11:22 [EDIT]
>おりぼんさん
お久しぶりです~。上野にヤな雰囲気感じる人多いみたいですよ。その後、明治元年、関東大震災、東京大空襲と死体の山が築かれた場所なので雰囲気くらいですしね。ダヴィンチ・コードじゃないけど、国立博物館に寛永寺の機能をもたせられたらいいのにね。小鳥様たちがお元気でなによりです。またお会いできる日を楽しみにしております。

mimaco | URL | 2011/09/14(水) 12:40 [EDIT]
>やはり前世の因縁か何かあるのであろうか
あとから考えるとこじつけになのですけど、私が仏教に興味を持ちチベットに至った端緒は、中学生の時に東大寺の法華堂で不空羂索観音に出会ったことでした。
ナンだかわからない力を感じて高校生では仏像好きになり、社会人になって比叡山のにない堂の中から静かに響いてきた読経に惹かれて仏教に興味を持ち、やがてチベット仏教のタンカに出会った衝撃で今に至る。
先生には及ばないですけど、仏教やチベットに興味を持った経緯は一時の情熱というより長い時間の流れで辿り着いたという感じです。
今生では興味を持つ→学ぶ程度に終わるかも知れませんが、是非来世も仏縁を得て、願わくば修行できるよう…?!
密教展は前売り券購入済みなのに未だ行っていません。展示は多少とほほでも、ただ仏像マーベラスとか、密教すげーとかの感想だったとしても、展示を観た人の中から次第に仏教を学ぶ道が開ける人も沢山いるはずと思います。

シラユキ | URL | 2011/09/14(水) 14:28 [EDIT]
>mimacoさん
そうですね、これがきっかけになって京都や高野山に行く人もでてくるかもしれませんものね。出開帳だと思えばいいんですよね。

K | URL | 2011/09/15(木) 01:44 [EDIT]
あっ!注釈つけていただいて…すみませ~ん(笑)

チベットのお坊様方が世界中を行脚されてて、有難いけれどお気の毒だなぁと思うことも多々ありましたが、日本の仏教も大変ですよね。
もっともっと見世物になって、仏法を広める一助になればいいんだと思います。
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| | 2011/09/27(火) 13:13 [EDIT]
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嶺のシラユキ | URL | 2011/09/27(火) 13:43 [EDIT]
>お坊さん
ありがとうございます。
表記の件、一応遡ってみなお坊さんにおなしておきました。
漢字変換がある時期から、あの変換になっていて、何もきにせず使い続けていたのです。
ひょっとして何か別の意味になるんですよね、きっと。
● 管理人のみ閲覧できます
| | 2011/09/27(火) 17:14 [EDIT]
このコメントは管理人のみ閲覧できます

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