白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2011/09/25(日)   CATEGORY: 未分類
モンゴル帝国の崩壊
 24日土曜日は恩師の退職記念パーティだった。

 もちろん退職は普通に三月だったのだが、最終講義とそれにつづく退職パーティが設定された日がなんとあの震災の翌日、三月十二日だったため、あの混乱の中で蒸散してしまったのだ。

 恩師はモンゴル史を専門にしていたので、現在モンゴルにすむ元学生が、ヘビンポープというお祝いのお菓子を送ってきてくれたりしたけど、それも飾る機会のないまま終わってしまった。出席予定者の一人の先生にいたっては東北大学で、彼がどうなっているのかすら、しばらく分からなかった。

 というわけで、中止になってしまった会のしきりなおしパーティが昨日だったわけ。

 文系には、老先生が退職、あるいは還暦とか、喜寿とかのお祝いに、弟子や関係者が論文をだしあって「記念論集」なるものをだす風習がある。

 今回わがモンゴルゼミでも一瞬そのような話が出たのだが、つまんないからやめようという話しになって、結局、モンゴル研究の入門書のようなものを作ることになった。具体的には、それぞれがモンゴル史の中で自分の専門とする時代や分野や視点から、研究動向をまとめたもの。

 で、締め切りを守る人がほとんどいなかったため、本の完成が遅れ、結局恩師の退職の期限にまにあわず、その後数ヶ月してでた。昨日のパーティはその出版祝いも兼ねている。

とりあえず、アマゾンのページをつないでおきます(→ここからとべます)。 

 私もこの本の一章を書いていて、空気を読まない原理主義ぶりを発揮しているので、興味のある方は図書館とかで借りてみてください。とくにモンゴル史を志す方が、どん引きすること請け合いです(笑)。

 以下に、拙文のさわりとして「おわりに」をあげときます(なんか韻を踏んでるな)。本体読みたくなるでしょ。怖いモノみたさで(笑)。


おわりに

 近代以前のモンゴルの社会にチベット仏教が与えた影響は非常に大きいものであった。しかし,近代の到来とともに出現した国民国家思想,社会主義思想,そして,モンゴル・ナショナリズムは,チベット仏教を批判し軽視し,その結果チベット仏教の影響は極めて卑小にしか認識されてこなかった。

 現在,多くの研究者は,当時の人々の信じていたこと,考えていたことを理解することもなく,史料を正確に読解する能力も持つことなく,ただ「仏教を利用して行おうとした何か」を追い求めている。

 しかし,まずは当時の人々の書いたものを当時の文脈に従って正しく理解し,客観的な証拠を積み上げていく中で時代相を浮かび上がらせていくことが最初の作業であろう。とくに,16世紀以後のモンゴル史を研究する人たちには,チベット仏教に対する教養・知識を身につけることを強くお勧めしたい。


 そして、誰もはっきり言わないけど、もうゼミの歴代メンバーがこれだけ揃うことはないだろう。一人の先生が退職するということは、その先生を結節点にして集まっていた人が、ほどけて、バラバラになっていくことを意味する。

 それはあたかもモンゴルの諸集団が、一人の人のリーダーシップを要に糾合して大帝国を作ったあと、跡形もなく雲散霧消することにもにている。

 しかし、悲観的な考えは脳みそにかびを生やす。

 一つのことが終わっているにも関わらず固着し維持し続けようとすることの方が不健康である。変化は進化にもつながるので、ある一つの時代の終わりは別の時代の始まりだ、とポジティブにとらえねば。もともとドライな性格なので楽しく酒をあおる。


 しかし、みんな年をとった。ということは私も年をとったということなんだな。先輩方の会話も、「どこから金をひっぱってくるか」とか「大学経営とは」みたいな実務的な話しが大部分を占めている。昔は研究の話しをふると、頼みもしないのに何時間でも自分の研究の話しをえんえんとしていたのに。レジメつくらせたらB4サイズで15枚、誰が読むのかよ、というようなもの作ってきたのに。

 
 ああ、こう考えてみると、気だけは私がいちばん若いわ。

 
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