白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
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DATE: 2011/10/14(金)   CATEGORY: 未分類
拙著誕生の縁起
 やっとアマゾンで買えるようになりました。この他にも神田の東方書店ジュンク堂紀伊国屋書店 BK1では買えるようなので、拙著ネタ第二段いきまーす。

 今回の『清朝とチベット仏教』は、般向けの新書や文庫に比べるとやや難しいかもしれませんが、前作よりは分かりやすく、親しみやすくなっています。だって、編集さんに言われて、満洲語とチベット語とモンゴル語の原文テクストは史料扁に追い込んだから(笑)。

 清朝史っていうと、「満洲人の征服王朝だ」「いや中華王朝だ」とかいう視点で語る人が多いけど、本書は「チベット仏教世界から見た清王朝の姿」を提示しています。とにかく新しい歴史像なので、歴史好きな方はだまされたと思って読んでみて。そして、納得されたら、その内容をツイッターとか、ブログとかで世の中に広めてくれると嬉しいです。

 その功徳によって来世は転輪聖王に生まれるでしょう(責任はとれません)。

 見所は、各章ごとに灌頂とか、チベットの僧院の構造とか、仏塔の落慶のさいに塔内に納めるものとか、転生譜とか、仏画の構造とか、八大仏塔とか、チベット仏教世界をいろどるさまざまな事相にスポットがあたっているため、それらの知識も自然に身につくことです。

 仏教徒としての乾隆帝が何を思い、何をしていたのか、そんな視点今までになかったでしょう? この本読むと恐れ多くもかしこくも皇帝陛下のみ心とシンクロできますよ-。

 本書の冒頭には乾隆帝が文殊菩薩の転輪聖王の姿で描かれた画像が三枚とパンチェンラマ三世が乾隆帝にくだしたチャクラサンヴァラマンダラの絵がカラーで入っています。また、清朝皇帝がつくった記念碑的なチベット仏教の仏寺の由来についても論じるため、北京の仏塔や仏寺の写真も満載で楽しく読めます。

 乾隆帝菩薩画像についての第九章を書くにあたっては、これらの画像を収蔵するワシントンのサックラー美術館、北京の故宮などに赴きました。

 中国語会話パープー・四声メチャクチャの私がなんとか中国現場をやり過ごせたのは、学友のみなみな様、とくにYJさんが甘やかしてくれたおかげです。本当にありがとうございました(て、このまま中国語会話やらんつもりか 笑)。

 さらに、拙著は編集さんにも恵まれました。編集のKさんは私と同世代で、二十代の頃と五年前の二回チベットに行ったことのある方。そのため、拙著の内容もよく理解してくれて、グッジョブをしてくれました。

 今回カラー口絵が四枚もつけられたのも、Kさんが、「チベットのタンカはやはりカラーでないと伝わらない」と主張してくれたから。また、目次や写真のレイアウトや本文と史料の関係などもいろいろ試行錯誤して読みやすさを追求してくださった。

 各章の扉ごとに写真をいれることを提案してくれたのもKさんだった。「叢書の宿命で表紙のデザインはお仕着せになっているので、せめて扉絵で特徴をだしましょう」といってくれた。なので「はじめに」の扉絵はKさんがとったポタラ宮の写真(笑)。

 さらに、乾隆帝の白傘蓋信仰をあつかった第六章の扉写真は、院生Mのとったものである。院生Mは礼儀面で微妙なところがあるが、私のチベット語りを専門的に理解しようと努力しているはじめての学生である(通常、学生は自分を理解してもらいたがっても、先生のことは理解したがらない 笑)。また、第五章はダンナがインドにいってとった写真。何かのマジナイにはなるだろう。

 拙著の全体像は去年の夏には形になっていたのだが、たとえば乾隆帝の菩薩画像のタイプAの情報とか、写真の使用許可を所蔵元からとるなどの細かい作業はまだたくさん残っていて、それらが全部終わったのは、本当に念校入稿直前であった。暑い夏だった。

 で念念校は編集さんだけが行うのだが、その入校日がちょうど満月の日であった。チベット人は著作の完成日を満月などの吉日にもってくるので、期せずして伝統に従ったことになる。

 で、「Kさん絶対何かある」と思ったので本が完成したあと、彼を焼き肉屋に誘って聞いてみると、彼は『旅行人』の社長さんともその『旅行人』の「チベット」巻を執筆した長田さんとも友達であることが判明。そりゃチベットに理解あるわな(笑)。

『旅行人』と言えば、雑誌もガイドブックも旅好きのバイブル。私が何年か前、雑誌『旅行人』のチベット特集に、文章をよせさせて戴いた際に、院生Mが「ボクは旅行人に自分の文章のせるのが夢だったんです」とうらやましがられたくらい、旅人あこがれの雑誌。

 彼がまだ学生で、バックパッカーとして世界を旅していた時、カラコルム・ハイウエイからチベット入りしようとして、たまたま旅行人の今の社長さんと一緒になったんだそうな。

 そのご縁で、『旅行人』の「チベット」の巻の英訳を行ったのがこのKさん。英文翻訳から版下作成まで自分一人でやったので廃人になるかと思うくらい大変だったそうな。その本はここでみられます。

 余談であるが、旅行人の社長とKさんはその後、カトマンドゥでヨーグルトを食べて別れ、帰途についたKさんはタイの島で悪寒に襲われた。で高熱でふらふらしながら、香港までたどりつき、外国人を無料で見てくれる病院と聞いてころがりこんだら「インフルエンザです」と言われて、出された処方薬を飲んだら今度は心臓が痛くなったという。

私「よく生きていますね。若いってスバラシイですね」

Kさん「ええ、で、日本に帰ってきて病院いったら熱45度もあって腸チフスでした」

私「じゃあ、面会はテレビっていうあの隔離病棟ですね」

Kさん「詳しいですね」

私「私は入ってないですよ」

Kさん「で、入院に対して共済がでたので、そのお金でまた旅行に行きました」

私「身を削って旅していますね」

 という人だった。しかも、不思議なのが彼が私の本を担当したのは、自発意志ではなくたまたまのことだったらしい。私がたまたまW出版部から本を出すことになり、たまたまあたった編集がKさんだったわけ。

ご縁である。

 学友に恵まれ、編集さんに恵まれ、出版助成金に恵まれ、満月に入稿した拙著は、チベット的に言えば「縁起が整った」本である。

 前作の2001年の『チベット仏教世界の歴史的研究』は、チベットに対する認識が質的にも量的にも最低の日本にあっても、とりあえず二刷りまででて今は売り切れている(部数僅少にしか刷ってないけどW)。

 さらに、前作で提示した「仏教に基づく政治」(chos srid / doro shajin)という概念は、日本語で出した本であったにもかかわらず、なぜか欧米の研究者の口の端にものぼっている。誰かはがちゃんと読んでくれているらしい。本作も風にのって、末永く世界に広まっていきますように。

 メイキングのムービーは、人の集まる場所に行く際には持っていますので、お声をかけてください。同業者の方はツイッターとかメール下されば、著者割りでおわけします。
 
 一般の方は、大学図書館とか、地域の図書館とかにリクエスト入れてくださると嬉しいです。そうすれば、結果として多くの方の目に触れますので。いやホント画期的な歴史観を提示しているので、みなさん、よろしくお願いしまーす。
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COMMENT

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Noriko | URL | 2011/10/17(月) 15:34 [EDIT]
地元図書館にリクエスト入れてきました。時間かかりそうでしたので、「こちらの図書館に同じ著者の本あります!(チベット歴史紀行)」と押してきました。

嶺のシラユキ | URL | 2011/10/19(水) 22:52 [EDIT]
>Norikoさん
ありがとうございます。どこかでお会いできたらムービーさしあげます。お声をかけてくださいね!

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