白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2011/10/25(火)   CATEGORY: 未分類
チベット仏教の研究者増えないかなあ
 土曜日は種智院大学(京都伏見)で開催された日本西蔵学会にいく。

 この学会、今回の大会で改名して、これから「日本チベット学会」となる。カタカナ読みになっただけだけど(笑)。かつてこの学会の事務局をやっていたダンナによると、世界最古のチベット学会であるという(でも、裏はとってない。チョーマ=ドケレスをだしたハンガリーあたりに古い学会ありそうだが)(注 これは本当です。日本チベット学会は世界最古のチベット学会です。by 福田)。

 日本チベット学会の初代会長は西夏文字の研究で名高い石濱純太郎博士(笑)。なぜWなのかはご想像におまかせします。

 このように歴史ある学会であるにもかかわらず、何しろチベットという国自体が無くなってしまったこと、また、昨今のサブカル・実学全盛、伝統的学問退潮の流れには抗しがたく、一時期「チベット学はどうなっちゃうんだろう」というくらい発表者のいない不安な時期があった。

 当時事務局だったダンナは発表者の締め切りの日がきても、発表者が定員に満たずよく困っていた。で、開催校から何人か出してもらい、ダンナか私が発表してなんとか最低の体裁をとりつくろっていた。

 学問の継承は、師匠が弟子にテクストの種類、読み方、研究法、などをマンツーマンで手ほどきして育てる職人芸であるため、チベット学のように、師匠の母数が圧倒的に少く、かつチベット学者が自分の専門で弟子を育てられる環境にある確率が天文学的に低く、さらに、最近の若者が文献学とか、歴史學とか、哲学とか、専門性の高い学問を好まない現状を考えると、今現在チベット学者がへりこそすれ、増えていくヨウ素もとい要素は全くない。

 しかし、ここ数年はとにもかくにも発表者がでるようになっている。チベットという国が無くなっても、世の中がケーハクになっても、チベット学会がかろうじて存続できているのは、チベット文化の存在感が人々に忘却を許さないからであろう。

 何しろアジアにおいて唯一中国に対抗できる文化を構成できたのは、チベット人だけである。

 現在漢族と呼ばれる人々の多くは、もとは、漢人とは異なる言葉、文化をもつ民族であった。しかし、長い歴史の中で、漢人の圧倒的な人口圧力に屈し、自らの文化を忘れ、漢人に同化していった。清朝をたてた満洲人が母語を失ってしまったことなどはその代表例であろう。

 このように多くの民族が自らの文化を忘却して漢人に飲み込まれていく中で唯一チベットだけが、独自の文化をもって、その文化に共感する世界を味方につけ存続してきた。

 異なる文化・歴史をもつ世界の他の国がチベットに共感したことは、チベットの僧院内で育まれてきた倫理、論理学、形而上学、中観哲学、唯識哲学に、非常に普遍的な性格があったからである。

 チベットの僧院内で倫理や哲学を身に着けた僧侶たちは、その完成度が高い人ほど、共産主義のプロパガンダにも動じず、グローバル化がもたらす物質文明の誘惑からも超然とした「人格者」となる。中国共産党が執拗に僧院を迫害するのは、僧院がチベット文化の根本であり、漢人との同化を阻むものであることをよく認識しているからである。

 私がチベットの庶民の生活文化にあまり興味をもたず、僧侶とか僧院文化ラブなのは、近代化で簡単にくずれてしまようなヤワな俗人の文化とは異なり、チベットの仏教思想には揺るがないブレない美しさがあるから。

 俗人の文化というものは、本当に傷つきやすいものである。彼らがわれわれの眼からみてどんなに脱原発でロハスでエコロジカルな尊敬すべき生活をしていたとしても、彼らのすむ地域に、テレビが入ってきた瞬間にそれは壊れ始める。テレビに写しだされるさまざまな商品は彼らの物欲を刺激し、他でもない彼ら自身が自らの伝統を捨てていくからだ。

 そこに漢人のプロパガンダが響き渡るともう簡単に転んじゃう。
 今年東チベットに入ったAくんがこういっていた。
 「前はそんなことはなかったのに、最近東チベットの人々が漢人の言うことを信じだして、日本人をバカにしだした。いやな感じだ」と。

 漢人の言うこととは「もうアメリカも日本もだめだ。これからは中国の時代だ」というもの。多くの少数民族が「この損か得か」「楽か否か」という思考法をとり、「漢人につく」とした瞬間からそのアイデンティティを喪失し始めた。チベットの俗人はかなり漢人化がすすみはじめていると見て良い。

 そもそも、このチベット人の発言に限らず、「損か得か」「ラクができるか否か」ということを行動の基準にすえる「勝ち馬にのる」的な思考法は、人前で威張っていうことではない。これを口にする人は自分に、何も信じるものも、護るものもなく、世の中の趨勢をみながら、多数派と言われるものを追い求めて、あっちへふらふら、こっちへふらふらしていることを公言しているようなものだからである。

 こういう人は、「自分は世渡り上手」と思っていても、死の床につくときに何も残っていないことに気づくだけ。それに気づくのはまだましなほうか。

 信じるものがあり、尊敬するものがあり、愛するものがある人は「損か得か」「楽に生きられるか、否か」などという考え方はしない。しんどくても、つらくても、生きている間に実現しなくとも、これをやる、という考えかたをする。24歳で国を失ったダライラマが、もし楽に生きようと思ったなら、適当な言い訳を考えて還俗して、自分にすがりついてくる難民を放り出して、逃げたであろう。

 しかし、彼はそうしなかった。異国の地で10万人の難民の生活を半世紀にわたり支え続け、本土のチベット人のことも見捨てずに、静かな戦いを続けてきた。そのあまりにも筋の通りまくった人生に、世界は共感したが故に、国のないチベットがここまで文化を存続させることができている。

 ダライラマのその力はどこから来ているのだろうか。ダライラマは他宗教を尊重し、共産主義すらその理念はすばらしいと褒め称え、近代科学も人々の苦しみを軽減する、と他者のよいとこは率先して認めてきた。しかし、それでも伝統的な僧衣を脱いでいない。日本人が簡単にチョンマゲきって形だけ西洋人のマネをして、経済力や軍事力をつけたらアジアの一等国になれた、とカンチガイしたことと、これは好対照である(中国が今、一等国になったと驕っているのも同根である)。

 彼の超人的な慈悲と強さは、彼の生まれた僧院文化の伝統から生まれたものだ。彼自身がそれを認識しているからこそ、僧衣を脱がない。

 で、そのように優れたチベットの仏教哲学なんだけどー、チベット人は七つから論理学を初めて、カリキュラムをこなし、それを毎日修習しているのだから、外人がそれを簡単に理解し身につけることはなかなか難しい。多くの欧米のチベット研究者が、高度で洗練された哲学に魅せられて最初は仏教を学んでも、だんだん歴史や文献学にシフトしていくのは、タフなアメリカ人であっても外人がチベット仏教を本当の意味で体得するのは生やさしいことではないことを示している。

 今回のチベット学会の七人の発表者を見ても、全体に歴史の研究者がめだち、チベット仏教が少なく、とくに顕教の発表がまったくない。私は歴史の研究者なので歴史の発表が多いのはうれしいことだが、何といってもチベット文化の中心を構成するものは仏教なので、チベット仏教関連の発表が少ないのは寂しい。とりあえず内訳。

 1. 大谷大学の渡辺温子さんが、ミラレパとレーチュンパの会話からミラレーパの対話教授法について。
 2. 東大の西沢史仁さんはカダム派のサンプ大僧院をめぐる教学の発展の歴史について。
 3. 京大に留学中のMarc-Henri Derocheさんは、チベットのEUリメー運動について。
 4. 東大で学振の柳静我さんは乾隆初年の清朝兵のチベットからの撤退問題について。駐蔵大臣を植民地の提督、清朝兵を占領軍と勘違いしている人多いけど、これらは清朝がジュンガル対策でおいていただけの仮設のもので、いつでもひきあげる気まんまんであったという話し。
 5. 筑波大で学振の池尻陽子さんは清朝初期に満洲とモンゴルの境界にあったフレー旗出身の歴代僧侶たちが、清朝宮廷のチベット仏教界に影響力をもっていたことについて。
 6. ニンマ派カレッジの矢田修真先生は自らのチベット貨幣のコレクションをもとに、貨幣の歴史やそれらの兌換率について。
 7. ラストは種智院大学の北村太道先生による、毘沙門天と弁財天など天部の儀礼の諸相について。会場右手には、北村コレクションの中から、毘沙門天関連の法具が並べられている。自分、とくに毘沙門天壇の中に納める薬木の類が一つ一つ標本にされていたのが面白かった。毘沙門天像にはライトアップまでされていてワロタ。

 というわけで、チベット仏教を研究する若手研究者が増えないかな~。もちろんチベット人に追いつくのはムリでも、最後は文献学や歴史學に流れてもいいから、その一部なりとも日本に翻訳・紹介してほしい。

 今の日本には、普遍的・論理的思考が何よりも必要とされている。

日本人は伝統的に、論理的な思考が苦手で、日本の歴史とは、軸のない、芯のない人々が、多数派につこうと右往左往することの繰り返しであった。今までは島国だからなんとかもってきたけど、今のような時代にこのままではかなりヤバイ。

 最近、かつて中国に夢をみた六十以上の世代が(あと若くてもそれに影響を受けてる人も)、「今や中国は強くなったのだから、逆らわずに言うことを聞くのが国益だ」みたいなことを言い出しているけど、これなんてみっともない事大主義。

 こういう人たちって軍事力と経済力と人口という貧困な物差しかもたない、恥ずかしい人たちである。こういう人たちの発言に力を持たさないためにも、すべての人が、何が護るべきものなのか、何が捨てさられるべきものなのか、それを自分の好き嫌い、相手の強い弱い、損か得かで決めるのではなく、客観的かつ論理的思考で見定める力をもたねばならない。

 このような場面において、倫理的・論理的思考法の宝庫であるチベットの仏教思想は日本人にとって福音になるはずである。
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| | 2011/10/27(木) 01:05 [EDIT]
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● 同感です
Shojiro Nomura | URL | 2011/10/27(木) 04:37 [EDIT]
最近は多くの写本がでてきたり、そして多くの歴史書がでてきましたね。でも若者がそれに飛びついて真実を探求する気持ちが少なくなってきているのも確かだと思います。

昔に比べると若者のチベット語の能力もアップしていますし、永く続く円高で気軽に現地にも行ける状態ですよね。

チベットの人たちはチベットの仏教をまもるために自ら焼身自殺までしたり、命をかけて亡命したりしています。外国人である我々研究を志す人間が、彼らがそれほど大切にしたいと思っているものが一体なんなのか、それを研究するという姿勢こそが人間のあるべき姿だと思います。でも若者が大志をいだけない社会になっているのかなとも思います。

むかし日本にはチベットの御寺がないので身近にチベット仏教を学ぶ機会がないから研究も翻訳も進まないのだと嘆いて、チベットの僧院を日本で創立する活動をはじめました。インドやチベットにいって勉強するよりも国内に身近にあった方がはるかに便利だろうと思ったからです。

しかし実際にやってみると日本の若手研究者でうちの御寺にきて勉強する人は非常に少ないです。御寺に来たとしても自分の好きなこと、自分の論文に書きたいことだけ教えてもらおうという人が多くがっかりです。

今回の学会でも思ったのは「ああ、ここはチベット人たちのメンタリティーが不在な場所だな」ということです。

でもめげずに中年パワーでお互い頑張りましょう。

嶺のシラユキ | URL | 2011/10/27(木) 08:23 [EDIT]
>野村くん
ラマと弟子の関係って弟子が自分の聞きたいことを聞くとかいう時点で師弟関係でないですよね。ラマが弟子の状態をみながら必要なことを教えていくのが本来のありかたです。
野村君はいつもラマといっしょに居られるからいいですね。

ところで、「中年」やめません? せめてミドルエイジといって、老化の現実をごまかしましょう(笑)。
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| | 2011/10/27(木) 22:49 [EDIT]
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シラユキ | URL | 2011/10/27(木) 23:30 [EDIT]
>あおぞらさん
京都の大谷大学でダンナがチベット仏教の講読会をやっています。チベット語の習熟度によっておすすめできる授業が異なりますので、大谷大学と福田洋一で検索を入れればメアドが分かりますので、もしよろしかったら福田にコンタクトしてください。

あおぞら | URL | 2011/10/29(土) 18:46 [EDIT]
先生、誠にありがとうございます!明日は、舞洲アリーナへ行ってきます。
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| | 2011/11/04(金) 14:21 [EDIT]
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