白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2011/12/03(土)   CATEGORY: 未分類
ルントクさんの人生
●映画「ケサル大王伝」

 チベットを代表する英雄叙事詩ケサル縁の地をめぐるドキュメンタリーです。
12月 3日(土) 浜松町南口・金杉口 カラバッシュ 午後3時半開映 1000円
12月10日(土) 三鷹駅南口 沙羅舎 午後4時半開映 1500円
  (第三回三鷹いのちと平和映画祭で「反原発」映画と併映) 要予約
12月17日(土) 東中野駅西口 ポレポレ坐 午後2時半開映 1500円
12月10日以外の会は当日券のみ

 遅くなってすみません。bTibet講座後半戦、法王事務所のルントクさん(ダライラマ法王が来日された折、法王のお側で膝つきで通訳しているお坊さんのような頭をされた背広きた方 笑)のこれまでの人生とロサン・プンツォ師の砂マンダラワークショップの報告です。赤字の部分は私の雑感です。

 ゲン・ロサン先生のお話のあと、ルントクさんのお話が始まるまでの間、短い休憩時間があった。そこでYさんとかNくんとかが、「ルントクさんの黒帯しめた秘蔵映像がありますよ」と煽る煽る。

 でルントクのお話がはじまると、「私の人生なんて話すことそんなにないですから、昔の映像をおみせします。あとは質問形式ということにさせていただきます」といい、「ある無国籍者の帰国」という1996年のNNNの特集が30分?くらい流れた。

 ある無国籍者とはルントクさんのことで、チベット難民が日本においては「中国人」と登録されることを拒否すると、「チベット人」としてではなく「無国籍者」と記録されることを意味する。以下は映像の内容ですが、ルントクさんがフリートークで話した内容で多少情報を補いました。

 ルントクさんはインド・ムズリーのチベット中央学校卒業後、日本で農業を学ぶ若者を募集していることを知り、それに応募して1980年の5月29日に来日した。

 ルントクさん曰く「その時わたしの日本に関する知識は着物をきた女の人と国際大会で活躍する柔道家でした。だから、農業を学べば、おいしい果物とか食べられるかと思い、また、日本で柔道を学んで中国人と戦う力をつけようと思いました」

 そしてナレーターの説明。ルントクさんのお父上は中国人に牢屋に入れられて殺された。だから、ルントクさんは柔道によって中国人を腕力でねじふせようと思った。肉親を殺され、ふるさとを破壊されたら誰だってそう思うだろう。

 そして、映像は17歳?で日本に来たばかりのルントクのさんの証明写真をうつしだす。
 髪の毛がフッサフサ!!
 しかし、そんなルントクさんに転機が訪れる。病気をして日本の病院に入り、日本人の患者さんたちと仲良くなった。しかし日本人はみなチベットのことを何もしらない。日本人は「チベット? 高山ですよね。鳥葬するんですね」そんなイメージだけ。ルントクさん「私はチベットのことを日本人に伝える役目があるのではないかと思いました。」

 しかし、ルントクさんはチベットの生活文化はみにつけていても、チベットの歴史や文化についての知識は乏しかった。そこで拓殖大学に入り、日本とアジアの歴史を勉強しはじめ、卒業生総代に選ばれるほど優秀な成績で卒業した。そして大学院に残り、拓殖大学海外事情研究所に所属し、中国とチベットの関係について研究し日本語の本『チベットと中国の建国とチベットの変化』も出版した。

 そして、その合間に、チベットを知ってもらおうと、料理教室でチベット料理を教えたり、軽いエッセーも書いた。そこで、ルントクさんの厨房映像が流れる。ルントクさんの大根の切る手さばきはタタタタタと神のようにすばやい。賭けても良いが、私より料理はうまいな。

 ナレーター「ルントクさんは生活費をすべてバイトでまかなっていたため、部屋代の安い北千住のアパートで質素な暮らしをしていた。そんな生活の中でも、ちゃんとバター茶だけは毎日つくって飲んでいた。「バター茶からは失われた祖国の香りがただよってくるから」」

 ルントクさん談「わたしたちはどの国にいっても難民である。どの国も寛大にわたしたちを受け入れてくれるが、自分の国がないということは非常にみじめである。みな、自分の国があるから、人と対等に喧嘩もできるし、自分が正しいと主張できる。でも、自分たちには国がないので、そうできない。大学にはいって中国人の学生たちとであうと、中国人は無邪気に「あなたは中国人ですね」と言ってきたが、自分は頑として「チベット人です」と答えていた。日本の政治家はチベットの実情を知っているのに、中国のメンツを考えて、中国の言い分にのっとって中国によりの発言を繰り返している。これはよくない。」(すいません。この点は最近少し改善してきたと思います)

 日本で外国人登録をしようと思うと、役所の窓口で中国籍にするようにいわれる。それを拒否すると無国籍とされる。役所にインタビューするとそれは「国の指導に基づいて」であるという。

 画面切り替わって、日本のホテルで行われるダライラマ法王の誕生パーテイが映し出される。その時、ちょうど超党派の議員によって構成される「チベット問題を考える議員連盟」が結成された年だった(現在もあるのだけど、中国政府が議員の支援者の中国工場にいやがらせをしたりして露骨な切り崩し工作を行ったため、現在は多くの議員は名前を明らかにしていない。日本人ヘタレ!)。

 そして、ルントクさんがダラムサラ(インドにある亡命チベット政府の所在地)に帰還することになり、埼玉にいる在日チベット人たちの間でお別れパーティが開かれる。彼らは成田山新勝寺の支援で日本にわたってきて、日本で医学を学び、お医者さんや看護師さんになった人達である。

 看護師さん「〔ルントクさんの帰還は〕チベットの役に立つためのものなので、寂しいというよりは嬉しいことである。ダライラマ法王がアメリカに行く時には偉い人を迎え入れるようにしてくれるのに、日本はダライラマ法王をなかなかそのようにいれてくれない。日本の偉い人にもあわせてくれない」(はい、これは21世紀の今年になってもそうです。ごめんなさい。)

 ダラムサラに戻ったルントクさんは、ダライラマの警護や日本語通訳の仕事を担当する。16年ぶりに歩くダラムサラの街はずいぶん整ってきていた。チベット青年会議の記念日の集まりに参加するが、チベット問題に対する国際的な関心がたかまっているのを感じた。

 そこから、ダラムサラ紹介、引き続き、1989年のチベット蜂起の時に、中国の軍人がラサのチョカンに乱入してチベットのお坊さんをふるぼっこにして連行する映像が流れる(この映像は居合わせたイギリス人が靴底に隠して命がけで持ちだしたもの。YOUTUBEで検索できます)。

 そしてダライラマのお話「簡単にいうと中国はチベットの宗教文化を破壊しているのです。」というわけで、ビデオ終了。mmba野村くんがルントクさんに質問するという形で議事進行。

●野村くん「何をきっかけにして法王事務所に入って今のような仕事を始められたのですか」

ルントクさん「チベット人なら誰でも法王のお側に一歩でも近づきたいと思っています。だから、法王警護の話がきた時、すぐに受けました。まず攻撃と防御の訓練をしました。そして七年間ダライラマ法王の警護としてつとめ、日本から畳48畳をもってきて、ダラムサラに道場もつくりました。七年間お勤めした後、日本代表事務所から日本語できる人が欲しいと言われ、その頃警備課には若い人も多かったので、自分が抜けても大丈夫だろうと、2003年に再び日本に戻り、法王事務所につとめるようになりました。
 チベット政府内の官僚になると、何かあればダライラマ法王とチベットの精神に傷がつきますから、慎重の上にも慎重を期さなければなりません。誰に恥じることもないような行いをするようにしています。

●野村君「道場はいまもあるんですか」

ルントクさん「今もあります。週に二回はは空手、二回は柔道 二日は体操に使っています。日本から先生を呼んで稽古もつけてもらっています。」

●野村君「ダライラマ法王の生活について聞かせてください。」

ルントクさん「法王の生活は五十年間同じです。午前三時に起床して、修行を始めます。法王の日常生活を身近にみる機会のある警備の人は、インド人とチベット人がいますが、インド人の方がチベット人より法王を尊敬しているくらいです。ダライラマ法王とわれわれチベット人の関係は千年以上の歴史があり、チベット人は法王にこの上ない尊敬をもっています。簡単に述べられるようなものではありません。簡単にまとめることは失礼だと思います。」

●野村君「法王は今年に入って二回も来日され、震災の四十九日法要、石巻での法要を行ってくださいました。法王は、日本にたいして特別な思いがあるのでしょうか。」

ルントクさん「法王はすべての衆生を思っており、すべての生き物に同じ思いやりをもっていますが、とくに、日本に対する感情は特別であると思います。日本とチベットは河口慧海のチベット入り以来、百年以上の関係がありますし、文化の面で似ているところもあります。法王が亡命後、初の海外渡航先に選んだのも日本でした。」

 今回の震災にあたり、法王は「最悪の事態だ、何とかしなければ」と思われ、4月に来日された時にもすぐに被災地に行きたいという希望を表明されましたが、手続きその他があってかなわず、今回秋の来日でその希望が実現されました。今回一番印象を受けたのは西方寺において法王を待ち受けていた人々が法王が現れると泣きながら法王の手を握り、法王も涙ぐんでいたことです」

●野村君「私は日本人はもう少しチベットの悲惨な状況に目を向けてほしいと思いますが、ルントクさんはどう思いますか」

ルントクさん「私が来日した当時にくらべると日本人のチベットに対する関心はずいぶん大きくなりました。今は講演会を開くと5-6千人もの人が集まるようになりました。もちろん、今チベットの状況はものすごく厳しいです。なにせ相手は中国ですから。中国人ですら自分の政府が批判できないのですから、チベット人にとってはもっと厳しいです。とくに、2008年のチベット蜂起から中国のチベットに対する締め付けは厳しくなり、今年の3/10以後はもっと厳しくなっています。今までは西蔵自治区以外のチベット人地域は比較的ゆるい扱いをうけていたものが、最近は青海、四川のチベット人地域の監視も厳しくなっています。

 今年にはいって続発しているチベット人による抗議の焼身自殺はこの厳しい状況を反映しています。死んだ人は「チベット独立」「ダライラマ法王のご長寿を」「ダライラマのチベットへの帰還を」という声しか上げていません。この事実を事実として伝えてほしいと思います。政治家は立場がいろいろあって、チベットの立場に立つことは難しいとは思いますが、中国の言い分をそのままいうのはよくない。真実を伝えてほしいと思います」

●野村君「日本の仏教との関係はどうか」

ルントクさん「昔はチベット仏教をラマ教とかいって〔蔑んで〕いたが、最近はチベットのお寺にくる日本人も増えているし、日本人のお坊さんのチベット仏教に対する見方も変わってきました。チベット仏教がお釈迦様の教えを忠実に受け継いでいることをわかってきてくれているようです。昔は、鳥葬、一妻多夫とかチベットに関する日本人の知識は偏っていて、オ○ムとかへんな人ばかりが興味もっていましたけど、最近は、チベット仏教にまじめに関心をもつ人が増えました。チベット仏教の〔論理的な側面〕、空性、般若心経の理解とかをちゃんと聞いてくれるようになりました。ダライラマの講演にも若者がたくさんきてくれています。チベットでは生活の中に仏教が入っていますが、仏教の実践を行うのは年寄りばかりです。自分を客観的に見るのにチベット仏教を学ぶのはいいです。

●野村君「日本とチベット文化の大きな違いは何か」

ルントクさん「チベット人は子供の頃から親の態度から学んで、虫一匹すら命を取らないように気をつけるようになります。小さいものを気遣う者は、自然と大きいものの命も気づかうようになります。しかし、私の二人の子供は日本の保育園に通っているのですが、日本の子供たちと一緒に小さな生き物を平気で殺していました。小さな生き物の命を大切にすれば、残酷なことは起きません。日本の教育はすばらしいです。乗り物に乗るときは整列して秩序よく乗り降りするし、1つ1つまじめに努力することもできます。それに比べると、チベット人は全体にざっぱですね。だから、日本人がもしこのまじめさをもって子供にやさしさを教えるようになったら、日本は物質文化と並んで精神文化がよくなると思います。
 日本は一糸乱れず秩序をまもって動く民族性があります。この回路を使って、精神の価値を子供たちに教えることができれば、虫を平気で殺す子供はいなくなるでしょう。思いやりは口でいっても伝わりません。態度で示さなければ伝わりません。」

 日本は確かにすばらしいです。日本人はやさしいのですが、自分と関係ないものには冷たいところもあります。活き造りとかみると、わたしはたまりません。エビとかまだヒゲが動いていて、魚はまだ目が動いている。こんな〔かわいそうな状態にサカナやエビをしておいてそれをおいしいとたべる〕民族がどこにいますか(ルントクさんのキャラもあり会場爆笑)。

 ※わたしも小学生の頃、祖父の誕生日に親戚一同で活き作りをとった時は、あまりの残酷さに言葉をうしなった。その後、大学生の頃、生きたカニを母親がゆがこうとしたのを救出して三浦海岸にはなしにいったことがある。チベット人がこれをみていられないというのも分かる。苦しみながら死んでいく生き物を見ながらおいしく食事をできないのは私もおなじ。てか、私前世チベット人?


●野村君「日本人にお願いしたいことがありますか」

ルントクさん「海外に亡命したチベット人は自由に発言できますが、国内にいる人は思ったことを話すことできないし、行動にだすこともできません。毎日おびえて暮らしています。ダライラマ法王は休まずに世界中をかけまわって、その現状を訴えています。私たちから「〔西洋でやっているような中国に対する〕デモを起こしてください」とは言えませんが、せめて、チベットの仏教文化を大事にしてください。法王事務所のホームページをみてください。
 チベットの現状をあなたたちの知人友人につたえてください。わたしたちチベット人にはダライラマという偉大な指導者がいますが、人口が少ないので中国に踏みにじられて十分に状況が世界に伝わっていません。ひとりでも多く日本人の支援者をつくるところからはじめたいと思います。

すいません、砂マンダラまでいきつきませんでした・・・

※ 高野山灌頂をいらっしゃった方にお知らせです。会場でわたされた毎日読むお経「六座ヨーガ」の現代語調の解説つき和訳がほしいという方、パソコンからメールください。添付してお送りします。わたくしのメアドはHPのインデックスページの最下段に入っています。あとチベット語原文がほしい方はその旨明記してください。すぐに反応しない場合も根気強くまってくださるとありがたいです。
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● 管理人のみ閲覧できます
| | 2011/12/05(月) 18:46 [EDIT]
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| | 2011/12/08(木) 23:27 [EDIT]
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嶺のシラユキ | URL | 2011/12/08(木) 23:37 [EDIT]
>Mさん
いつも励ましありがとう!

>Fさん
贈っておきました。

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