白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2011/12/29(木)   CATEGORY: 未分類
ハベル大統領(追悼)
 シャレにならないことがいろいろあった今年も、残すところあとわずか。このページを愛読してくださっているみなさんに、元気のでる映像プレゼント。長野のリンゴ農家さんから送っていただいたフリチベリンゴです。
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 今年は、昭和が終わり、東欧革命のおきた1989年を思い起こさせる出来事が多かった。

 エジプト、チュニジアなどで長年にわたり続いた独裁体制がドミノで倒れたことは東欧革命を想起させた。また、良い意味でも悪い意味でも大物が他界したこともあの1989年と通い合う。

 悪い意味の大物としてはビンラディン、北の将軍様など自分が是とする目的のためには人の命を何とも思わない人たち、良い意味の大物としては、スティーブ・ジョブスやハベル大統領など自らの命を賭して人々に自由と希望を与えた人たちなどである。前者は自分のために他人を犠牲にするが、後者は他人のために自分を犠牲にしている。

 ジョブスについては前のエントリーでふれたので、ここではチェコの元大統領ハベル氏を追悼したい。

 ハベル氏は文学者で、1977年に民主主義と人権をうたう77憲章を起草し、長年にわたり投獄されていた。この77憲章にならって、後に劉暁波氏が中国に民主主義と三権分立と連邦制を導入することを唱える「08憲章」起草し、2010年のノーベル平和賞受賞者となった(こちらは現在も投獄中)。

 1989年にポーランドにはじまった東欧の民主革命は、東ドイツからチェコにとび、ハベルは政治犯から大統領へと押し上げられた。チェコといえば、日本ではスメタナの「モルダウ」でよく知られるが、ハベルは共産党政権を嫌って1948年にイギリスに亡命した指揮者ラファエル・クーベリック(1914-1996)を呼び戻し、プラハでこの「モルダウ」を含むスメタナの連作交響詩「我が祖国」の指揮をふらせた。

 そして、あの1989年、ノーベル平和賞の受賞者はダライラマ14世であった。

 ダライラマ14世はベルリンの壁が崩れると一月もしないうちに壁の跡地を訪問し、翌年にはこの東欧革命をインスパイアした、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世やハベル大統領と相次いで会見をした。とくにハベル大統領はチベット難民の置かれている立場を非常によく理解し、ダライラマ法王を国賓としてチェコに迎えた最初の国家元首であった。

 そこで、2011年の最後はハベル大統領の死を悼むチベットの声を紹介して彼を追悼したいと思います。

チベットは真の友を亡くした。ヴァーツラフ・ハヴェルは75歳で他界
Tibet loses a true friend: Vaclav Havel passes away at 75
:ソースパユルPhayul[2011年12月18日]

DHARAMSHALA, December 18: Vaclav Havel, a close friend of the Dalai Lama and a longtime supporter of the Tibetan people, died earlier today at his home in the northern Czech Republic after a prolonged illness. He was 75.

ダライラマの親友であり、チベットの長年にわたる支援者であったヴァーツラフ・ハヴェルは今朝早く既往症によりチェコ共和国で逝去した。享年七十五歳。


Born in 1936, Vaclav Havel rose to prominence as a dissident playwright in the 1970s through his involvement with the human rights manifesto Charter 77 demanding democratic changes.

ハベルは1936年に生まれ、1970年代に民主化を要求した人権白書「77憲章」の発表を通じて反体制の劇作家として名をなした。

In 1989, the year of Czechoslovakia's Velvet Revolution, Havel led the extraordinary display of people power which toppled the ruling communist regime. The world watched with astonishment as, within weeks, the dissident playwright became president.

1989年、チェコにヴィロード革命がおきると、ハヴェルは人々の力を驚くべき手際で結集し、共産党体制を倒した。そして数週間の内に、反体制の劇作家が大統領になるのを世界は驚きをもって目撃することとなった。

As president, he presided over Czechoslovakia's transition to democracy and a free-market economy and oversaw its peaceful 1993 split into the Czech Republic and Slovakia.
大統領として、ハベルはチェコスロヴァキアの民主体制と自由貿易体制への移行を監督し、1993年にチェコとスロヴァキアの平和裡の分裂もみまもった。

He was elected first president of the Czech Republic in January 1993, serving until 2003 when he resigned as his health deteriorated.

ハベルは1993年にチェコ共和国の初代大統領に選出され、健康問題で辞任する2003年まで大統領位にあった。

Havel became the first world leader to invite His Holiness the Dalai Lama to his nation and receive him as a visiting Head of Nation soon after he became President in 1990. Since then, the Dalai Lama has visited Czech Republic nine times and met Havel on numerous occasions.

ハベルは1990年に大統領に就任するとまもなく、世界のリーダーとしてはじめてダライラマ猊下を国賓として自国に迎えた。以来、ダライラマは様々な機会を通じてチェコ共和国に九回訪問した。

The Dalai Lama traveled to Prague earlier this month to meet an ailing Havel. Arriving straight from the airport, the Dalai Lama spent over an hour, interacting with his close friend. Following the meeting, the Tibetan spiritual leader called Havel “a source of inspiration” for his firm stance on the principles of democracy and human rights.

ダライラマは今月初め病にふせったハベルに逢うために、プラハを訪れた。法王は空港からハベルの元に直行し、親友ハベルと一時間語り合った。その会合の後、チベットの精神的指導者(ダライラマ)は、ハベルを民主主義と人権主義についてのぶれない姿勢についての「インスピレーションの源」であるとした。

Havel was awarded the Light of Truth Award in 2004 by the Dalai Lama for his outstanding contribution to public understanding of Tibet and its current plight.

ハベルは2004年に、チベット問題の理解に際だった貢献をなした人に贈られる「真実の光賞」を授与されている。

Reacting to the news of his death, Miroslava Nemcova, speaker of the Czech lower house, said her country had "lost its moral authority." Similar tributes have been pouring in from all over the world.

ハベルの死去の報に接して、チェコの下院の議長ミロスラヴァ=ネムロヴァMiroslava Nemcovaは「我が国は道徳的な権威を失った」と語り、これと同様の賛辞は世界中から降り注いでいる。

German Chancellor Angela Merkel hailed Havel as a "great European" in a letter of condolence to Czech President Vaclav Klaus. "His fight for freedom and democracy was as unforgettable as his great humanity," wrote Mrs Merkel, who grew up in communist East Germany.

ドイツのメルケル首相は、チェコ大統領ヴァーツラフ・クラウスへのお悔やみの手紙の中で、ハベルを「偉大なるヨーロッパ人」とたたえた。東ドイツの共産党体制の中で育ったメルケル氏は「ハベルの自由と民主主義に対する戦いは、彼の偉大なる人間性とともに、忘れがたいものである」と記した。

British Prime Minister David Cameron said he was "deeply saddened" and that Europe owed Havel a "profound debt".

ディヴイッド・キャメロンイギリス首相は「深い悲しみに包まれている」といい、「ヨーロッパはハベルに深淵な借りがある」と言った。

"Havel devoted his life to the cause of human freedom. For years, Communism tried to crush him, and to extinguish his voice. But Havel could not be silenced.”

ハベルはその生涯を人間自由の問題に捧げた。多年にわたり共産主義はハベルをつぶし、その声をもみ消そうとしてきた。しかし、ハベルは沈黙することはなかった。

Within hours of the announcement of his death people began lighting candles and laying flowers at the statue of St Wenceslas on Wenceslas Square, where Havel addressed huge crowds of demonstrators in November 1989.

ハベルの氏が発表されてから数時間の間に、人々はハベルが1989年11月にデモに集まった民主を前に演説したWenceslas広場の聖Wenceslasの像の前において、キャンドルを点し、献花を行い始めている。


 では、みなさんよいお年を。きっと来年はよくなっていきます!
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COMMENT

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セン | URL | 2011/12/29(木) 13:41 [EDIT]
ハベル元大統領とダライラマ法王のことについてご教示いただき、ありがとうございます。

なお、『モルダウの流れ』というタイトルは、一般に交響詩『モルダウ』(原語は『ヴルタヴァ』)に歌詞を付けて編曲したものです。

わが祖国 (スメタナ) - Wikipedia http://bit.ly/vMeLZ3

さらに、ハベル大統領(当時)の要請でラファエル・クーベリックが指揮したのは『ヴルタヴァ』を含むスメタナの連作交響詩『わが祖国』全曲です(90年)。

ラファエル・クーベリック - Wikipedia http://bit.ly/skA2Yn

ハベル氏のことについては、あまり深く意識していませんでした。これをよく知らなかった自分を深く恥じる次第でございます。

合掌

嶺のシラユキ | URL | 2011/12/29(木) 14:04 [EDIT]
>センくん
誰か指揮者の名前、調べてくれないかな~と思っていたので、助かりました。頂いた情報で本文治してあります。ありがとう。

セン | URL | 2011/12/29(木) 17:49 [EDIT]
先生、お役に立てて嬉しいです。

もうひとつだけ付け加えさせてよろしいですか?

スメタナの『わが祖国』は、「交響曲」ではなく「連作交響詩」です。

というのは、「交響曲(symphony)」と「交響詩(symphonic poem)」は一応別物ですので、読まれる方々に誤解なきようにと…。

そして、『わが祖国』というのは、スメタナの書いた6つの交響詩をひとつのまとまりとした時のタイトルです。ゆえに「連作交響詩『わが祖国』」と呼ばれます。

Wikipediaでは、英語版の方がその辺について詳しい記述がありました。

Má vlast - Wikipedia, the free encyclopedia http://bit.ly/uVbJ5J

Má vlast (traditionally translated as "My Country", though more strictly meaning "homeland") is a set of six symphonic poems composed between 1874 and 1879 by the Czech composer Bedřich Smetana. While it is often presented as a single work in six movements and – with the exception of Vltava– is almost always recorded that way, the six pieces were conceived as individual works. They had their own separate premieres between 1875 and 1880; the premiere of the complete set took place on 5 November 1882 in Prague.
In these works Smetana combined the symphonic poem form pioneered by Franz Liszt with the ideals of nationalistic music which were current in the late nineteenth century. Each poem depicts some aspect of the countryside, history, or legends of Bohemia.
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| | 2011/12/31(土) 11:26 [EDIT]
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峰のシラユキ | URL | 2012/01/02(月) 00:01 [EDIT]
>あんこさん
こちらこそ、チベットに興味をもってくださってありがとうございます。日本ではもう見つけるのも難しくなった人格者がまだチベット社会には少数ながら存在しています。チベット文化が消滅することは人類にとっても不幸なことだと思いますので、周りの方にも自然なカンジで伝えてくださるとうれしいです。よろしくお願いいたします。

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