白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2012/01/08(日)   CATEGORY: 未分類
東博の故宮展に行ってみた
日曜日の朝、K嬢から耳よりなニュースが入る。

K嬢「先生、昨日上野の東博の故宮展に行ったのですが、乾隆帝菩薩画像来てましたよ」というので、急遽、午後は上野「北京故宮博物院200選」にいくことにする。

 前エントリーでも連呼したが、乾隆帝菩薩画像は私の研究対象で三種類あり、今回来日する画像のタイプは一作例しかなく、去年北京まで行ったのにデジタル画像しかみせてもらえなかった因縁の画像である。

 拙著『清朝とチベット仏教』にはデジタルで読み取れる範囲のものをのせたので、五体の仏の名前が謎のまま残っている。現物が見られるとあっては当然出撃せねばなるまい。

 展示の行われる平成館にいく道には立て看が二つ据えられており、それは「乾隆帝大閲図」と「乾隆帝菩薩画像」であった。

 カンバンの絵は実物より拡大されているので、このカンバンをみると乾隆帝菩薩画像中の小さな仏の銘文も読み取れる。しかし、この元になったデータは去年私が北京故宮でみたものと同じデータに基づいているらしく、結局同じ箇所が読み取れない。
kanban.jpg

 トーハクへいく途中の道の立て看板にとりついて、「この後ろの文字はspyanかな~」とか、「この棒もった仏は~」とか騒いでいる人がいたら、それは○チガイではありません。ただの学者です

 やっと会場に入る。エスカレーターを夾んで左右に分かれる展示室は、左が第一部で右が第二部となっている。第一部は「故宮博物院の至宝 皇帝たちの名品」、第二部は「清朝宮廷文化の精粋 多文化の中の共生」である。

 前者は、元東京国立博物館副館長の西岡康宏氏解説によると「故宮博物院が収蔵する多数の作品の中から、選りすぐった名品90件により、世界に冠たる中国美術の粋をごらん頂こうとするもの」(図録より)らしい。しかし、第一部の展示室にはテーマ別のコーナーはなく、ただ有名な品を並べただけという感じ。解説も様式とか材質とかの「もの」の情報ばかりで中央アジアの歴史を研究する私には、つまらん以外に言う言葉はなし。

 先ほどの元副館長さんのうたい文句にしても、中国美術という特定のジャンルに属するものを「世界に冠たる」=「世界最高峰」と銘打つことはあまりにも非論理的である。というわけで、
 第一部は清明上河図も含めて華麗にスルー。

 清朝の多文化共生をテーマとした第二部は第一部に比べ、テーマ性もあり、コーナーごとに総説も掲げられ、啓蒙的な展示になっている。

 清明上河図の来日が決まったのは去年の暮れも押し詰まってのことだったので、もしアレがこなかったら、おそらくはこの第二部が中心になったのだろう。表のカンバンも2枚とも乾隆帝の肖像画だったし。私としてはその方がよかったんだけど。

 学者は一つ一つの品がどのような歴史的・文化的文脈で作られ、どのように受け継がれてきたかを研究する。だから、自分が研究対象にしている時代のものは、会場でみると、そこだけ輝いて浮き上がって見える。ちなみに、大新聞のあおりでもっとも話題となっている清明上河図は、興味ないので、暗闇に沈んで見えた(実際照明も絞ってるし 笑)。

 さて、第二部は第一部と違ってコーナーがあるので、コーナーの名前とそこで展示されている内容をまとめるとこうなる。

 第一章 「清朝の礼制文化」 → 儒教における「天子」としての皇帝
 第二章 「清朝の文化事業」 → 中国文化の保護者としての皇帝
 第三章 「清朝の宗教」 → チベット仏教の「文殊菩薩皇帝」。
 第四章 「清朝の国際交流」 → 西洋の技術によって作られた文物。各国の使節団を描いた図など
 
 まず言わせてもらえば、「多文化共生」をテーマにするという割には、、中国文化に偏っている。第三章にやっとチベット文化が扱われたのが唯一の良心。

 私が責任をもって内容を論じられるのは第三章であるが、この展示品の解説はレベルが低かった。展示品の図録の署名から執筆者がわかるが、この第三章に限らず展示品の解説はすべて中国人名であった。つまり向こうがつくった原稿を和訳したものなのである。

 しかし、コーナーごとに置かれている総説は、東博の学芸員が担当しているようで、やや見られる。第三章の総説は短すぎるけどまあ良い。しかし、第四章の解説は清朝史をまだ消化しきれていないという感じでまとまっておらずビミョウ。

  私からみた第二部最大の見所は、清朝最盛期の皇帝・乾隆帝の5枚の肖像画。内訳は、
 
「乾隆帝像」(91番)満洲人の礼装姿の乾隆帝(即位の年の25歳)
「乾隆帝是一是二図軸」(126番)漢人文人姿で古物を鑑賞する乾隆帝
「乾隆帝古装像屏」(142番)漢人文人姿で筆をとる乾隆帝
「乾隆帝菩薩画像」(174番)チベット僧の装束の乾隆帝
「乾隆帝大閲像軸」(192番)甲冑騎馬姿の乾隆帝。

 とくに、192番の騎馬姿の乾隆帝の絵は大きく美しい。その構図から「ヨーロッパの君主風」と解説されているが、装いの内容から言えば、「八旗の長としての乾隆帝」の姿を描いたものである。

 で、問題の174番の乾隆帝菩薩画像であるが、やはりアナログではデジタルで見えなかったものが見えた。たとえば、この絵は真ん中に畳んだ時のシワがあって、そのシワに入った文字はデジタル画像では読めないのだが、現物はシワの下からのぞきこめばいいので、そこが読めた。

 しかし、乾隆帝の図像の小さな仏の銘文は、そこに金文字があるのは分かっても、やはりすごく近くに顔を近づけなければ読めそうにない。がっかり~。

 なので腹いせに、この図像の解説がいかにダメかについて論じることとする。

 トーハクの図録より

 〔前略〕この画像は仏の装いをし、法器を手にした乾隆帝を、文殊菩薩に見立てて描いたものである。きらめく両目には叡智が満ちあふれ、ゆつたりと落ち着いた姿には世俗を超越した趣がある。その上方には色とりどりの乾隆帝へと至る仏教伝承の流れが示され、乾隆帝が仏界における至尊の地位にあることを表している。その下方の台座には金泥のチベット文字で、乾隆帝こそが文殊菩薩の化身であり、世界の支配者であるという事が明記されている。

 どうです、内容がない上に、なにげに共産党のプロパガンダ臭が漂っていますね(笑)。ちなみに、私だったらこう書きます。

 この画像はチベット仏教の仏画の一形式「ラマ供養像」様式で描かれている。乾隆帝をラマ供養の形式で描く図像は現在三種類知られており、そのいずれにおいても乾隆帝は文殊菩薩の化身した転輪聖王の姿で描かれている。大乗仏教には、菩薩は人々を救うために理想的な宇宙帝王・転輪聖王家に生まれ、転輪聖王となって人々を平和に導くという思想がある。この思想に基づいて乾隆帝は文殊菩薩の化身した転輪聖王として描かれている。乾隆帝の左の掌にのる法輪は転輪聖王のシンボルであり、転法輪印を結ぶ右手には文殊菩薩のシンボルである剣と経帙ののった蓮の花の茎が握られている。ちなみに、チベットの支配者であるダライラマは観音菩薩の化身した転輪聖王として描かれる。
 乾隆帝の頭上に展開する仏のうち、直上にいるのは乾隆帝の師僧であったチャンキャ三世である。その上に展開する仏たちは、師僧チャンキャを通じて乾隆帝に伝えられた仏法の主尊たちを描いている。
 乾隆帝の座る台座にはチベット文字で
'jam dpal rnon po mi yi rje bor
〔乾隆帝は〕文殊菩薩が人の王として
rol pa'i bdag chen chos kyi rgyal
遊戯された偉大なる仏教王(法王)である。
rdo rje'i khri la zhabs brtan cing
金剛の王座におみ足をしっかりと据え(治世が安泰という意味)
bzhed don lhun grub skal ba bzang
望むこともすべて自然とかなっている。良い仏教者である。
と乾隆帝を仏教王として言祝ぐ文字が刻まれている。


 というわけです。乾隆帝は「仏」でなくて「菩薩」の装いをしていること、王座の銘文も「世界の支配者」なんて乱暴なまとめ方はできないことがこれで分かるはず。他の章についての解説は専門でないので詳しいツッコミはしないが、多かれ少なかれ似たようなものだろう。

 チベット仏教世界の中の乾隆帝像についてきちんとした知識を持ちたい方は、特別展の売店で拙著『清朝とチベット仏教』をお求めください。特別展の売店の奥まった列のところに置いてあります(このブログの欄外一番上をクリックしたら明日にもみなさんのお手元に 笑)。大学や地域の図書館にリクエストをいれてくれたりしたら、私と仏縁が結べるという特典もあります(笑)。
[ TB*0 | CO*3 ] page top

COMMENT

 管理者にだけ表示を許可する

上籠高志 | URL | 2012/01/09(月) 23:12 [EDIT]
基本は八旗の長ですよね。納得しました。
ことほぐという言葉がそのような漢字になったら、意味がわかりやすいです。
地元の図書館にリクエストします。
元の時に一世風靡して、満州にその残照があったのでしょうか。満州文字はパスパ文字同様、ラマ僧の尽力にあったのでしょうか。
博多弁も古い言葉は中心部ではなくなっても、周辺の郊外では残っているのです。

峰のシラユキ | URL | 2012/01/14(土) 18:48 [EDIT]
>高志さん
満洲語はモンゴル語をモデルにしていますので、チベット文字を手本にしたパスパ文字とは異なります。元朝のチベット仏教はサキャはですが、清朝のチベット仏教はパスパと元朝皇帝に理念的にはならないながらも、宗派はダライラマの属するげるく派になっています。だから、影響しているようなしていないような。
● 管理人のみ閲覧できます
| | 2012/02/09(木) 09:28 [EDIT]
このコメントは管理人のみ閲覧できます

TRACK BACK
TB*URL
Copyright © 白雪姫と七人の小坊主達. all rights reserved. ページの先頭へ