白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2012/02/04(土)   CATEGORY: 未分類
報道に求められていること
 自由報道協会が設立一周年を記念して賞を創設した。1月27日、その第1回目の授賞式が行われ、この席上プレゼンテーターの日隅一雄(元弁護士・元記者)が、無名の自分を自虐する文脈で「私は昨日、東電の前でチベットの高僧のようにですね、火を、自殺をして私の名前を上げたほうがいいのかな」(本人のブログより)と発言した。この発言は会場において笑いを誘った。

 この発言内容は、チベットサポーターに知れ、チベット人に知れ、ダライラマ法王事務所の耳に入り、彼らが抗議をするに至り、ついに、31日午後、発言者が自らのブログ内で発言を謝罪(http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/5de3523badbeec519452cc1553de13d7)、協会も法王事務所にでかけ混乱を謝罪するにいたった(http://fpaj.jp/?p=2425)。

 この事件については終わったことでもあるし、協会の対応もはやかったのでこれ以上言うことはない。しかし、この間、チベット人やサポーターに対してなされた「過敏すぎる」「ダライラマ法王なら怒らないだろう」類の発言については、チベット事情をしらない漢人がチベット人に対して投げつける言葉と同じでもあり、非常に不愉快な気持ちになった。発言者は自分たちのみならず、彼らが庇っている対象の評価も落としている。

 私はかの協会の「記者クラブに対抗してインターネットなどを活用して情報発信する」などの姿勢についてはもちろん賛同している。問題としたいのは、あの授賞式の雰囲気が如実に示していた、彼らのジャーナリズムの未熟さと内向きさである。

 思えば、チベット問題はこれまでずっとこのような未熟で内向きな日本のジャーナリズムの犠牲者であった。外側から日本の報道をみるとよくわかる。

 日本の報道の自由度は世界ランキングで22位、イギリス(28位)よりもアメリカ(47位)よりも上である。日本では自分たちが民主的な選挙で選んだリーダーでさえ、自らの考えとあわない政策を発表すると、上は新聞記者から下は民間のブロガーまで批判しまくる。果ては自分のかってな妄想、デマ、ウソに至るまで発表する「自由」はある。もちろん、その結果、逮捕されることも処刑されることもない。反原発デモでも格差デモでも、どんなデモでもルールさえ守れば自由に行うことができる。

日本には世界標準で「報道の自由」はある。このような日本で求められているのは「報道の自由」よりも、報道の質である。何故なら、「報道の自由」の下、不確定な情報やデマも思い切り世の中に流れていくので、判断力のない人・情報弱者は混乱するからである。

 質の高い報道とは、情報発信者が取材対象についてのあらゆる知識・情報をもち、取材対象からあがってきた材料を分析し、事実を切り出す能力をもってはじめてできるものである。そのような質の高い報道こそが、多くの人の共感を得て社会を動かすことができるものであろう。

 そのような丁寧な報道を行っているジャーナリストが今日本でどのくらいいるだろうか。少なくとも、去年の11月、この報道自由協会がダライラマ法王に対して行った記者会見をみる限り、怪しいものである。そこに集まった人や質問者のほとんどは、ダライラマ法王という方がどのような人生を送ってきて、どのような考えをもっているかという基本的な理解さえなく、ただ自分のすでにもっている見解に対するコメントをダライラマに一方的に二択でおしつけていた(これについては過去のエントリーで記した)。

 予断が先にあり、それを証明するために材料を繋ぎあわせてニュースをつくることは、検察であれば、先に有罪無罪のストーリーを決めて、それに都合のいい証拠だけを選んで並べるのと同じである。それが検察であれ、学者であれ、一般人の日常的な判断であれ、このようなことを繰り返すものに信用は生まれない。

 そして悲しいかな、日本の報道は、自分の主張を通すために現実に起こっていることに目をふさいできた過去がある。1960-70年までの間、中国において文化大革命の嵐がふきあれた時、中国では無辜の人々が文字通り辱められ、リンチで殺されていた。

 この時、北京で事実を追求しようとしたジャーナリストたちは、中国当局により次々と北京から追放された。1970年、北京に残っていた支局は、秋岡家栄を支局長とした朝日新聞のみ。なぜこの人が1972年まで支局を維持できたかというと、周恩来の崇拝者で新華社報道をそのまま伝えて、文革を批判しなかったからである (ちなみに、こないだ行われた上海万博の日本産業館の館長秋岡栄子さんはこの人の娘さん)。

 朝日に限らず、日本の「知識人」は中国が報道統制下にあってその実態がよく分からないことを良いことに、長く中国に理想の国家のあり方を重ねようとしていた。なぜかというと「知識人」はアメリカや日本やソ連の体制を批判するために、美化された第三極が必要だったからである。

 つまり、日本の報道もそれを信じた知識人の多くも、自分たちの主義主張のために中国の文化大革命の醜悪さに目をつぶった。日本の報道が日中友好をお題目のように唱え、「チベットは平和解放され、近代化によって発展している」とかき立てていたこの間、チベットでは内地以上に多くの人が殺され、教典が焼かれ、佛像が壊され、僧侶は辱められ、還俗を迫られていた。

 そして、その副作用は今も続いている。この時代に人格を形成した人の多くは、夢から目覚めた今もチベットに対する姿勢は変わっていない。彼らは、チベット・サポーターのことを「チべットを夢の国みたいに美化している」「中国が嫌いだからチベット問題を利用している」「ダライラマはしたたかな政治家(封建領主 笑)だ」と批判する。私は「それはあなたがやってきたことでしょう」と言い返すことン十年。もう耳タコである。

 チベット難民社会は中国と違って情報を隠してない。良いことも悪いこともみな開示している。とくに、サポーターは難民とふれあう機会も多いので、その素晴らしさも問題点もよく知っている。ダライラマのような聖人もいれば、なんちゃってダメ坊主がいるのも知っている。仮にチベットをディズニーランドみたい思っているサポーターが少数いたとしても、それが今チベットで起きていることを無視する理由にはならない。

 そう、日本の知識人は国外の紛争に関しては「善悪の判断は紛争の火種となる」と不思議なくらい沈黙する。「圧倒的な強者が圧倒的な弱者」を殺戮しているチベット問題のような場合でも「みて見ぬふり」がデフォルトてある。

 しかし、国内問題については、たとえば、未確定の情報を元にしてであっても、躊躇なく企業・政府に対して悪の判断を下し、糾弾する。「善悪の判断をしないこと」を自分たちの道徳であると決めたのであれば、それも一つの見識であるが、国外の問題についてはどのような不公正についても沈黙し、国内の問題については不安の種でもあれば糾弾するとあっては、叩いてもやり返さないと分かっているものを叩き、強いものに対しては仕返しが怖いので沈黙していると言われても仕方ないだろう。

 チベットを支配する中国は、世界の報道の自由度ランキングで言えば下から六位の174位、北朝鮮よりかろうじて上という情報統制国家である(国境なき記者団調べ 2012年発表)。中国において、国家の指導者を批判すること、少数民族政策を批判することは、たとえそれが個人のブログであったもツイッターであっても削除され、その影響度に応じて逮捕され、刑務所に送られることにもなる。

 08憲章起草した劉暁波と余傑さんは、前者は獄中(2010年のノーベル平和賞受賞者)、後者はつい半月前アメリカに亡命した。漢族の有名知識人でもこの扱いであるから植民地のチベット人に対する中国政府の扱いは輪をかけて非道い。

 2008年のチベット蜂起以後、当局は年々チベット人居住域に対する包囲を狭め、人が集まるところは僧院であれ、何であれ武装警察を駐留させ、監視カメラで常時チベット人を見張り、伝統的な祭りや儀式にも抗議行動が始まるという理由から干渉・制限を繰り返してきた。

 また、漢人に対してさえ今や行っていない、社会主義プロパガンダ教育を、僧侶におしつけている。世界に名高い高度な論理学を身につけた究極の知識人に、プロパガンダ教育を強制し、さらにその文脈で、チベット仏教のトップにたつ彼らが最も尊敬するダライラマを非難するように強制し、彼らの思考の自由を奪う。

 しかも、中国の旧正月の1月23日以後、東チベットのガンツェにおいて当局とチベット住民が衝突したため、事態はさらに深刻化している。RFA(ラジオ・フリー・アジア)に集まってくる現地の証言によると、事件の梗概はこのようである。

 去年から今年にかけて17人の僧侶の焼身自殺が相次いだことを受けて、年初にブッダガヤで行われたカーラチャクラ灌頂の法話において、ダライラマ法王は「今年のお正月は自殺した人たちを悼んで、お祝いを控えて、静かに祈りましょう。お正月の準備に使うお金は募金しましょう・・」と言った。

 ところが、空気の読めない中国政府は、「正月なのでこれを目立つところに掲げるように」と、中国の歴代指導者のご真影と小平語録などの共産党マンセーグッズを配布した。

 ここでチベット人がきれた。

 カム(東チベットのガンツェ地域)のダンゴにおいてビラがまかれ、「年明けそうそう四人のお坊さんが中国政府に抗議して焼身自殺する」という予告がなされた。すると当局、「正月早々、自殺者がでては共産党のメンツがつぶれる」と、春節の深夜、焼身自殺しそうな男たちを200人くらい警察署にひっぱっていった。家族を奪われたチベット人は当然帰せと警察署におしかけると、そこに、警察は発砲。今の時点で6人は死んでいるとのこと(RFA発表)。丸腰のチベット人に発砲したことについて当局は「警察署が襲われたから」と述懐。日本で西成の警察署が本物の暴徒に襲われた時でも、警察は発砲はしなかったけどね。

 つまり、今この時、チベットには報道の自由はおろか、デモをする自由、さらに思考の自由さえ奪われている。自分たちの苦境を変える手段が何ひとつない状況下において、一部の僧侶が抗議の意志を焼身自殺という形で示しているのである。

 さらに、彼らが守ろうとしているチベットの文化は、これまで国や人種を越えて高い評価を受けてきたきわめて普遍性の高い高度な精神文明である。彼らの文化を知れば知るほど、「よその国の話だから関係ない」とは言えないと気づくはずである。これは我々の問題でもある(チベット問題を一冊で知りたい方は拙著『世界を魅了するチベット』第二章と巻末の年表をみればすぐに分かる!)。

 これは「放射能の害が将来あるかもしれない」などという曖昧な問題ではない。確固とした「事実」で、「そこにある」ものである。また、真に報道の自由がないのは、日本ではなくチベットなのである。

 今、衝突のおきているガンツェはもはやネットもケータイも当局に遮断され、外界から孤立している。真のジャーナリストであるならば、ガンツェに命をかけて潜入して、何が行われているかを取材するだろう。もしそれに成功すれば、内輪受けの笑いに満ちた賞ではなく、ジャーナリストのノーベル賞、ピュリッツァー賞がとれるだろう。

 2008年、チベットが蜂起した時、法王事務所のラクパ代表は広島での講演で「チベット人の非暴力の戦いは報道にとりあげられないのに、自爆テロはニュースにとりあげられる。チベットの非暴力の文化は世界の平和に貢献している。なのにチベット人の戦いが無視されるのはおかしいじゃないですか。」と叫んでいた。去年法王が自由報道協会の記者会見の席でも「ジャーナリストの方々は中国政府・チベット人どちらのいうことが本当なのか、現地にいって事実を調べてきてください」と話していた。

 この叫び声に応えられるジャーナリストがどれほど日本にいるのだろうか。
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COMMENT

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ATM | URL | 2012/02/04(土) 16:15 [EDIT]
全く同意できる文章ですが、一点だけご指摘を。彼の名前は、日隅雄一ではなく、日隅一雄です。

嶺のシラユキ | URL | 2012/02/04(土) 16:25 [EDIT]
>ATMさん
取り急ぎなおしました。ありがとうございます。
● ニュースソースについて
hiro | URL | 2012/02/05(日) 12:12 [EDIT]
教えてください。
下記記述のでどころはどこでしょうか?
よろしくお願いします。

日本の報道の自由度は世界ランキングで22位、イギリス(28位)よりもアメリカ(47位)よりも上である。


嶺のシラユキ | URL | 2012/02/05(日) 12:22 [EDIT]
>Hiroさん
国境なき記者団の以下のページてみられます。英語です。
http://en.rsf.org/press-freedom-index-2011-2012,1043.html
2010年までなら、日本語Wikipediaの「国境なき記者団」の項目に表になってのっています。3.11以後はジャーナリストの方が忙しくて更新していないのでは。

mimaco | URL | 2012/02/07(火) 13:36 [EDIT]
2010年のノーベル平和賞受賞直後こそ08憲章や劉暁波さんについて報道されましたが、その後はまたぱったりな気がします。
結びつきの薄い国の政治や国内情勢はあれこれ報道しても、関係性が強い国のことは口をつぐんでいるかのように見えます。(経済問題は別にして)
自分が小学生の頃だったと思いますが、ベトナム戦争時に仏教弾圧に抗議して僧侶が焼身自殺をした写真をどこかで目にして、それがどういう状況なのか何故なのか分からないなりに、もの凄い衝撃を受けました。
卑下する気持ちはないと言ったところで、比喩表現として用いたり聞いた人が笑ったり(それも報道に関わる人達)するようなことではありません。
2月8日の護国寺様での法要は、外出できない状況のため、自宅で静かにお祈りします。

峰のシラユキ | URL | 2012/02/08(水) 09:48 [EDIT]
>mimacoさん
世界同時法要なので、ご自宅でお祈りいただくのでも十分伝わります。チベットの利他の文化が漢人をかえるまで、チベットが滅びないように支えるしかないっすね。

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