白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2012/07/27(金)   CATEGORY: 未分類
『ヒマラヤを越える子供たち』と『新しいみんなの公民』
 最近、手にする機会のあった、チベット関連書籍『ヒマラヤを越える子供たち』(小学館)、『新しいみんなの公民』(育鵬社)の書評を書く。

 前者は本書と同名のドキュメンタリー『ヒマラヤを越える子供たち』の監督マリア・ブルーメンクローン氏の作。この監督、本業は女優であるが、じつに文章がうまい。30分のドキュメンタリー映像では語りきれなかった個々の子供達のプロフィールや撮影動機が魅力的な文章で語られる。

 後者は、育鳳社の教科書『中学社会 新しいみんなの公民』。

 育鵬社は扶桑社から教科書部門を独立させた会社である。扶桑社とはいえばあの「作る会」の教科書の出版元であることはよく知られている。あの後、扶桑社は韓流本だしてもうけようとしたら、社名を見ただけで韓国側にキョひられ仕事にならなかったため、大人の事情で教科書部門だけが切り離された。

 私が手にした中学向けの公民の教科書は、後に述べるように対立する立場の言い分を併記した上で、マスコミのようにそのままにせず、より普遍的な立場でものを考えるように提言している。少なくとも私の耳には「軍靴の音」は聞こえてこなかった(笑)。

 で、なぜいきなり公民の教科書なのかと言えば、何とこの教科書フリー・チベットが掲載されている。すべての中学の公民の教科書を読み比べてないから断言はできないけれども、フリー・チベットをとりあげた教科書はおそらくはこれだけではないかと思われる。マーベラス!

 ではまず、前者から。

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『ヒマラヤを越える子供たち』 

 『ヒマラヤを越える子供たち』は、チベットの子供たちが、ヒマラヤをこえて不法出国し、ダライラマの住むインドに逃れるまでのドキュメントである。このドキュメンタリーはドイツの女優マリア・ブルーメンクローンによって撮られた、数数の賞に輝いている。本DVDはチベット・サポート団体KIKUから入手することができる。
 まず心打たれた文は、監督がこのドキュメントをとる決意をした1997年のケルンでの出来事であった。

 別の公共放送の第2放送に切り替えると、・・・次のテーマは、「両親と別れ、ヒマラヤを越えインドに向かうチベットの子供たち」だ。凍死したらしい女の子と男の子が画面に映し出される。10歳にもなっていない小さな子供たちだ。ネパールとチベットの国境近くのヒマラヤに登った登山家が、偶然に見つけて撮った写真らしい。

 画面の子供たちを見た瞬間、いちばん痛い急所を突かれたような衝撃を感じた。親元を離れた絶望感と孤独。世界でいちばん高いヒマラヤの山を越えようとする子供たちの靴は安っぽい布製で、小さな手は素手で、手袋さえしていなかった。高い山の夜の冷たさも薄い空気の苦しさも凍傷の辛さも、私は知っている。登山だけは、かなり自信がある。

 自分用の蒲団を柳のかごから取り出すと、テレビを消してソファーに横になったが、今見た映像が頭から離れない。あの写真の子供たちは姉弟だったのだろうか? 2人だけで亡命しようとしたのだろうか? それとも吹雪で、2人だけが道に迷ってしまったのだろうか? 情け知らずの人間が、邪魔になった子供をわざと見捨てていったのだろうか?2人の親は何をしているのだろうか? あんな小さな子供を冬のヒマラヤに送り出すなんて、そんな無責任な親がいるのだろうか? なんで一緒に亡命しなかったのだろうか? 送り出したわが子がヒマラヤで凍死したのを知っているのだろうか? 母親の温かい腕の中ではなく、冷たい氷原で、白分たちの死も親に伝わらないと知りながら死んでいく…。子供たちにとって、こんなに辛く悲しいことはないだろう。私は枕の下で思い切り泣いたが、いつしかそのまま寝入っていた。

 夢の中でまた、あの写真がよみがえった。無限に広い氷の世界で2人の子供が迷っている。目印になるような道もなければ、人家の存在を示すヤクの糞もない。暗闇の中、山は不気味な怪物に変わり、凍った雪の上に母親を求めて泣き崩れる弟。姉が一所懸命、弟の冷たい手を温める。朝になったら家に帰ろうねと慰めている。でも、遊牧民に生まれた彼女は、ここが2人の永遠の寝床になると気がついている。

 ユルゲンが台所でオレンジをしぼる電気音で目が覚めた。コーヒーのよい香りもする。パン屋はまだ開いていない。
「ねえ、私、何をやるべきかやっとわかったわよ」
「女優」
「はずれ。登山ガイド」

 マリアの母の結婚記念日には『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の著者ハインリッヒ・ハラー(チベット最後の日々を目撃したオーストリア人)から結婚祝いが贈られていたというから、彼女とチベットの出会いは生まれる前からということか。

 で、この本の見所はドキュメンタリーに出演した子供たちの壮絶な人生である。マリアが初めてのドキュメンタリーをとるために様々な箇所で取材を行っていく間、子供達の事情も同時並行に語られる。

リトル・ペマ(当時7才女子)は父親がアルコール依存症で、娘である彼女にも暴力をふるい続けた。母親は父親の暴力から娘をまもるためにインドへ娘を送る決意をする。

 タムディン(当時10才男子)は、三人兄弟の末っ子である。中国支配下のチベットではチベット人は二人までしか子供が作れないことになっているため、三人目のタムディンのために両親は罰金を払いながら貧しい暮らしを強いられている。授業料の上がり続ける本土ではタムディンは教育を受けることができないため、両親は彼をヒマラヤの向こうに送りだすことを決意する。

 ロプサン(15才の男子)。ダライラマ14世を否定することを拒否したため、政治犯として投獄されることを畏れ、亡命を決意。

 スジャ 中国の軍事組織で牢獄看守として働いていた武装警察漢。ある日年老いたチベット僧が拷問を受けるのを目撃し、拷問のひどさと老僧侶の不屈の精神にうたれて亡命を決心。

 という感じでどの子もついでにいえばガイドとなる青年たちも壮絶な過去を背負っている。
 なぜ子供たちの父親がみなアルコール依存症だったり、ばくち打ちだったりするのか。アムドのチベット人たちは農民か遊牧民であるため、中国の開発独裁の下では社会の最底辺におしやられ、誇りをもって生きて行くことができないのだ。また、貧困が彼らから教育の機会を奪っている。 

 なぜ、僧侶は中国人に殴られなければいけないのか。社会主義教育をうけた漢人はチベット仏教の価値を理解できず見下す一方、僧侶たちの不屈の意志に畏れを抱いているからである。

 幼い子供たちの断片的な話から、彼らの前身を正確に再構成するのは難しい。マリアもそれについては率直に認め、これは「話のジクソーパズル」であると断っている。彼女がつくりあげた一人一人のジクソーパズルはまるで小説のように読む者をひきつける力がある。ようはこの人は文章がうまい。

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『中学社 新しいみんなの公民』(育鵬社)
 
 チベットに関する記述は『新しい公民』の第二章「私達の生活と政治」の第二節「基本的人権の尊重」(7) 国際社会における人権において触れられる。以下、備忘のためにコピペしておく。

●7 国際社会における人権
 世界には地球規模での環境破壊、飢餓や難民の救済など国際的に協力しなければならない問題が数多くあります。しかし、基本的人権が保障されるためには、各国の経済状況や政治・治安状況を一定水準以上に向上・安定させる必要があります。

 多くの発展途上国では、さしせまった課題として経済発展、国内の治安維持が求められており、また宗教や歴史・文化を背景にした各国なりの特殊事情もあります。そのため先進国の価値観だけに立って人権保障の遅れを指摘したり、宗教や文化の背景を無視して一方的に非難することには、発展途上国の側から強い批判があります。

 また、世界には独裁政治を行ったり、全体主義の体制の下に、国民の人権を侵害したり抑圧したりしている国家も見られます。これに対して国際社会が抗議しても、無視されたり、外国が干渉する権利はない(内政不干渉の原則)として、一方的に退けたりする国もあり、人類共通の願いである人権保障の見地から国際社会で問題になっています。
国際社会における人権

 で、そのページの上部にはフリチベ・デモの写真がのり、
「中国政府のチベット統治に抗議する人々(フランス)」2008年に開催された北京五輪では、チベットでの人権問題について世界各国で抗議行動がおこりました。

 以上のように、途上国側の言い分も押さえた上で、その途上国の問題行動、「独裁政治を行ったり、全体主義の体制の下に、国民の人権を侵害したり抑圧したり」「これに対して国際社会が抗議しても、無視されたり、外国が干渉する権利はない(内政不干渉の原則)として、一方的に退けたり」も同時に明記している。この記述と写真から、この独裁国家がたとえば中国を指していることはすぐに分かり、その上で人権を人類共通の願い、とすることによって、ナショナリズムに終始しない、より普遍的な立場からこの件をみるべく誘導している。

 さらに本教科書の力の入った箇所にはコラム記事がつけられている。人権についてはとくに気合いが入っており国内・国外の人権問題について二つのコラム記事がある。前者は、部落解放やアイヌ文化の継承に力あった人々を紹介し、後者「世界の人権問題」の冒頭には以下のように「チベット問題とウイグル問題」が取り上げられている。

●世界の人権問題「チベット問題とウイグル問題」

 2008(平成20)年,中国で北京オリンピックが開催されました。それに先立ち,日本の長野市など世界各地で聖火リレーが行われました。このとき,中国のチベット自治区や新疆ウイグル自治区での深刻な人権問題に対する抗議活動が繰り広げられました。なぜ,このようなことが行われたのでしょうか。
 チベットやウイグルは,18世紀以降,清国の支配下にありました。清国の滅亡後,それぞれの民族が独立を主張しましたが,第二次世界大戦後に中国政府の支配下におかれました。
 チベット人の中には,ヒマラヤ山脈をこえてインドヘの亡命をはかる人もいました。
 1959年には現在チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世ら,約8万人が亡命しました。またウイグル自治区では,中国の核実験により放射能被害が出ているという報告もあります。
 チベットやウイグルの住民は中国政府が民族の伝統や文化を破壊し、信教の自由を侵害していると主張し、たびちび抗議活動を起こしてきました。一方,中国政府はそれを暴動とみなし,武装警察などを出動させて厳重に取り締まり,住民側に多数の死者が出ています。これらの抗議活動が各国のメディアで報道されるにつれ,この人権問題は世界で広く知られるようになりました。
世界の人権問題


 ウイグルとチベットを「清国の支配下にありました。」とさらっと書くけど、これを「チベットが、清朝の実効統治を受けていた」という印象もったらそれは不正確。18世紀の清朝最盛期に君臨した乾隆帝は、チベット仏教を信仰し、チベットの国難にあたっては援軍を派遣し、自らチベット僧の格好をした肖像画を書かせてまわりに拝ませ、莫大な布施をチベットに送り、1780年にパンチェンラマを熱河と北京に迎えた際には叩頭するというくらいチベットを尊重していた。つまり、18世紀の清朝はチベットを植民地支配などはしていないのである。チベットを占領し、文化を否定し、漢人を組織的に入植させる現象は、1951年にはじまる中国共産党の支配から始まった。

 この部分をのぞけば、チベット・ウイグルの問題やダライラマ法王について言挙げしているという点で評価できる。少なくとも、「なかったこと」にはされていない。このコラムは以下の小見出しによって終わる。

・国際的な人権尊重のために

 人権救済のための国際介入は内政干渉であるとして、しばしば当事国の反発を生むこともあります。
 各国の主権を尊重することと、人権という普遍的な価値を擁護していくこと
を、いかにして両立していくのか。それを考えることは、同時に私達が何に価値をおいて生きるのかを考えることにもつながります。


 ここでも、途上国のとく内政不干渉と普遍的な価値である人権をはっきり対立させて、「何に価値をおいて生きるのか」を考えるように提言している。

 チベット問題に目をつぶっている人は一様にこういう。「中国は気に入らないことについては国際ルールを無視してさまざまないやがらせをするから触らぬ神にたたりなし」あるいは、「中国は投資したり物を売ったりしているお得意様だから、お客様のゴキゲンは損ねない」。しかし、これらの理由はどう言い訳をしても、人としてのあり方などの大きな視点が欠落した、保身に基づくものであろう。

 まず、一つの文明、民族の存亡の問題を当事者の頭ごなしに断じている時点で尊大である。さらに言えば、保身とは教えられなくとも人に生まれながらに備わっている感覚である。むしろ本能をこえて護らなければならないことがあることを教えるのが、教育の役目であろう。本能は黙っていても発動する。それを踏まえた上で、小さなオノレの利益を超えた、人はどう生きるべきかという大きな視点からものをみる訓練をするのが教育ではないか

 大津のいじめ自殺事件にあたり、学校はまずいじめ止めることに失敗し、被害者がなくなった後も事件をできるだけ小さくみせようとし、善悪をうやむやにしようとした(そのことが逆に不信感を生み事態の極大化を招いたわけだが)。学校当事者たちは、加害少年たちの人権を守ろうとし、組織と自分の保身を行おうとしたのであろうが、一番大事なことを忘れている。

 彼らはは子供たちに「問題が起きた時に、どうなすべきか」という手本を示すことに失敗した。この学校の生徒たちは、学校に不信感をもち失望しているという。この子たちの中からは教師に憧れて教師をめざそうなどという人は現れないだろうし、将来何かトラブルにみまわれた時、他に方法を知らないから、結局はこの教師たちと同じく善悪をうやむやにして問題を直視しない過ちを繰り返すだろう。

 「中国が怒ると日本や日本経済にとって不利なので、チベット人の状況には目をつぶりましょう」と教えることは教育ではない。保身は教わらなくても身についている人間の業だ。それよりも、「ダライラマは亡命先で難民社会を作り、そこで本土で否定されている自国の文化を必死で護っています。その文化に基づいて世界平和に貢献してきたため、ダライラマは一難民でありながら今や国際的に道徳的権威となっています。」という奇跡を教えるのが教育ではないか。

 チベット人の親たちは、なぜかわいい子供を手放して、危険なヒマラヤを越えさせるのであろうか。大きな理由としては難民社会が運営するチベット人学校では、教育が無料で受けられることが挙げられるが、さらにいえば、中国本土では受けることができない人格教育を受けられることがある。アル中やギャンブル狂の父親の下から、世界の聖者の下に子供たちを送り出すと思えるからこそ、母親は子供を手放すことができるのだ。

 今まで、いじめ問題のように「なかった」ことにされてたチベット問題が、教科書に扱われるようになったことは非常に大きな前進である。チベット問題は今の日本の社会のあり方を考える上でも非常によい教材となるであろう。
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