白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2012/08/10(金)   CATEGORY: 未分類
『The Lady 引き裂かれた愛』
 水曜日の深夜枠でアウンサン・スーチーさんの映画「The Lady 引き裂かれた愛」を見に行った。
 
 冒頭にBased on True Story(実話に基づく)とあるように、スーチーさんのビルマ軍事政権との戦いは、演説の中身にいたるまで『自由』(マイケル・アリス)に掲載されているスーチー氏の著作や夫マイケル・アリスの手記、『アウンサン・スーチー演説集』(みすず書房)に忠実に則っていた。この夫婦の人生はそのまま歴史である。

 監督はかのリュック・ベッソン。パンフレットによると、彼はビルマで25年投獄されていたジャーナリストや政権を皮肉って投獄されたコメディアンなどの調査書、およびアムネスティ・インターナショナルの報告書を調べ、さらにはスーチーさんの次男キムとも友だちになり、今回の映画制作にあたっている。一流の仕事というものはしっかりしている。

 スーチーさん役を演じたミッシェル・ヨーは、宗家の三姉妹で長女役を演じていたので印象的。マイケル・アリス役のデヴィッド・シューリスは、いろいろな映画にでているが、自分的には『セブン・イヤーズ・イン・チベット』でアウフシュタイナー役をやっていたことがもっとも印象に残っている。

 余談だが、実話を映画で再現すると主人公とくに女性は美化されることが多いが、今回に関しては、現物の方が数段美しい。ので、参考までにこの夫婦の写真をあげておく(ちなみにダンナは映画の方がましになっていた 笑)。
sumi.jpg

 スーチーさんを全く知らない方のために簡単に略歴を述べると、彼女はビルマ建国の父アウンサン将軍の娘で、2才の時に父は暗殺された。長じて、イギリス人のチベット学者マイケル・アリスと結婚してイギリスで二人の息子を育てていたが、1988年母が危篤となったため、ビルマに帰国した。折も折、ビルマは民主化運動のうねりの中にあり、建国の父の娘でしかも美人の彼女は一気に民主化のシンボルとなった。

 スーチーさんの影響力を畏れた軍事政権は夫を国外に追放し、彼女を自宅軟禁に処した。彼女が出馬しない選挙であったにも関わらず、彼女率いるNLDは地滑り的勝利を収め、これで一件落着かと思いきや、軍事政権は選挙を「なかったこと」にして、彼女の軟禁期限をひきのばしまくった。そして夫や息子のビルマ入国のビザを拒否し、「家族と一緒に暮らしたいのなら、国からでていけ」と迫った。

 軍事政権は夫のマイケル・アリスや子供たちに対して何回か短いビルマ滞在を認めたが、それは彼女を説得して国外にださせることを期待してで、マイケルが役に立たないと知ると一切入国を拒否するようになった。彼女は絶対の孤独の中で過ごし、何回か短い解除期はあったものの、その場合でも夫の入国は許されなかった。

 本映画はスーチーさんの鉄の意志と、それを支え続けた夫の愛がテーマである。1988年、妻が民主化運動の先頭にたつことを決意すると、夫マイケルはスーチーさんの支援を前面に立って行った。あの有名なスーチーさんの第一声、シュエダゴン・パゴダ演説でも、彼女のすばらしいスピーチに心からの拍手をおくり、ラングーンにあるイギリス大使館でNLDのビラを不眠不休でコピーする姿はご立派すぎて涙がでた。

 そして、何度軍事政権に強制的に出国させられても、何度も何度もビザを申請しできるだけ彼女の側にもどろとした。

 マイケルは妻と別れるまぎわ「ちゃんと食べて、ちゃんと寝るんだよ」と叫び、手紙でも「君がボクにやさしくしてくれるように、君は君自身をやさしくあつかってくれ」とひたすら妻の体を気遣った。そして1998年に、自らがガンに倒れ、最後の別れのためのビルマ入国も拒否られた後、スーチーさんが電話で「わたしはあなたのもとに戻るべきかしら」と弱気にいうと(軍事政権はこういう会話の時は回線を切らないのでワロタ)

 「ここまで頑張ったんだ。最後で諦めるな」と。「自分のためにオックスフォードにもどってくれ」とは一言もいわない。あっぱれである。こういうセリフを口にできる日本の男性は少ないのではないか。二人の子供たちもスーチーさんを心の底から愛しているが、彼女の生き方をサポートし続けた。こういう息子も日本では少ないのではないか。あっぱれである。

で、もう一つの見所は平気で人を殺す無学な兵士たちに対する、スーチーさんの毅然とした態度である。

 ビルマの1988年8月8日の蜂起の時には天安門の時よりも人が殺されたと言われている。

 軍事政権の兵士たちは無学であるため人を撃つことに躊躇がない。スーチーさんは1988年、各地で遊説している最中、とある集会で兵士に乱入された。集まった人々は銃で追い散らされ、演壇の前にライフル銃をもった兵士がならび、スーチーさんに銃口を向けた。

 スーチーさんはしかしこの極限の状況の中で、兵士があたかも存在しないかのように優雅に歩き続け、銃口の横を通りぬけた(兵士はびびってうてない)。そこをすりぬけると彼女を射殺するように命令した上官がいる。彼女はその上官に銃をつきつけられるが、静かに目をとじて抵抗しない。戦うクジャク、鋼鉄の蘭といわれるゆえんである(この場面で別の兵士が銃を下げるように命令したために助かる)。

 軟禁中のスーチーさんの屋敷もひどい状況。屋敷にいくまでの道にはいくつもの軍事ポストがもうけられ、誰も近づけないようになっており、屋敷の庭にも監視小屋をつくって兵士が駐留している。

 映画の中で、夫マイケルは庭の兵士たちをいらいらしながらみて、タバコに火をつけるのだが(このタバコが彼の命を縮めたと思う)、屋敷の中からスーチーさんのピアノの音が聞こえてきてふと表情をなごませる。

パッヘルベルのカノンである。

兵士たちは聞いたこともない音にびっくりしてとびだしてくる。その兵士の長(この兵士は彼女の目の前で学生をうちころした)にマイケルは「ただの音楽だよ。音楽」と答える。

 無学な兵士たちはピアノの音すら聞いたことがなかったのだ。

 で、ここからは感動のネタバレを盛大に行うので覚悟するように。

 ビルマから追い出された夫マイケルは、妻の身の安全をまもるために、スーチーさんにノーベル平和賞を授けるようにとロビー活動をはじめる。そして授与が決定すると二人の息子に「もしママがまだラジオにアクセスできる環境にいるのであれば、お前たちのどちらかがスピーチすれば、お前たちの声を聞いて喜ぶだろう」

 そして受賞式当日、スーチーさんはラジオの前で固唾をのんで息子の声を待ち続けるが、直前に停電があり、ラジオがきれてしまう。急いで電池式のラジオにきりかえ、雑音のまじるラジオから、息子の声をきいたスーチーさんは心底幸せそうに笑みを浮かべる。

 彼女は受賞ではなく、息子の声を聞けたことで喜んでいたのだ。
 そして、式場のオーケストラが奏でたのは、ダンナの選曲か
 パッヘルベルのカノンがかかる。

 彼女は一人ラジオから流れる音にあわせてカノンをピアノでひく。

 庭にいた兵士の一部ははじめてきくピアノに緊張するが、例の兵士が「音楽だよ」となだめる。もちろん監督はこの兵士の心の中に情緒が芽生えてきたことを示唆しているのである。  このあと一人になったスーチーさんは屋敷中に模造紙で、美しい言葉を英語で大書して、英語が理解できる兵士に「今は分からなくてもいいから、よく考えてちょうだい」と教えつづける。

これはネルソン・マンディラが、無学な看守を知性によって教化し、最後は友人へと変えていった「マンデラの名もなき看守」(原題goodby Bafana)にも通じる (マンデラ氏はアパルトヘイトの廃止を訴え、スーチーさんと同じく20年以上の拘禁生活を強いられ、解放後、ノーベル平和賞を受賞され南ア初の黒人大統領となった。)。

 この平和賞の授賞式がまあ一番泣けるクライマックスであろう。

 パンフレットをみると、監督は「世界が注目するノーベル平和賞の会場と、たった一人でラジオの前にすわるスーチーさんの対比は、史料にない」と言っているので、監督の演出かもしれないが、だとすれば監督、あんた職人やで。粗暴な兵士と、知性と非暴力の彼女。どちらが人間社会を幸せにするかをこのシーンは雄弁に物語っていた。

 もう一つの感動の山場は彼女のシンボルでもある髪にさした白い花。
 冒頭、アウンサン将軍はまだ二歳のむすめスーチーさんの髪に白い花をさす。そして暗殺される。その後、彼女が民主化運動のトップにたつと、彼女の髪には必ず白い花があった。それは「父の意志をついでビルマに民主化を行う」という意思表示である。

 そしてラスト・シーンは2007年の僧侶のデモ。ご存じの通り、石油の値上げを契機にしたデモはふくれあがっていった。スーチーさんの自宅前にあつまってきた僧侶ちの呼びかけにこたえて、彼女は、閉ざされた門の上にたち、ほほえんで手を振る。そしてあの白い花を優雅に群衆になげかけるのである。
 
 「父の理想をわたしはあなたたちに捧げる」という意味であろう。せつないラストであった。リュックベッソン、あんた匠だよ。

 この映画の撮影中、ビルマの軍事政権は軍人に有利なお手盛り憲法を作り、お手盛り選挙を行い、お手盛り議会を招集して足場を固めた。そのため昨年よりスーチーさんに移動の自由を認め、補欠選挙への立候補も認めた。スーチーさんに対する態度の軟化をうけて、欧米諸国も経済制裁を解除する方向にむかっている。

 ビルマの行く末がどうなるのかはまだ不透明である。中国のような道をたどれば、経済は向上し、多数民族であるビルマ人の人権はある程度保障されようが、カチン・カレンなどの少数民族または政権に批判的な人々に対する不当な弾圧は変わりなく続くであろう。そっちの方にはいってほしくないと心の底から願う。

 最後にコネタいきます。

 コネタ1 ラングーン総合病院で母親の看病するスーチーさんや学生運動の女性が読んでいたのはガンディーの本。スーチーさんがガンディーの影響を強く受けているのはよく知られている。

 コネタ2 1991年のノーベル平和賞授賞式の再現で、黒人の大主教と緋色の袈裟をまとったお坊さんがいたが、これはむろんツツ大主教とダライラマ14世。この二人はスーチーさんの解放のために前のエントリーでも述べたごとく協力してきた。

 コネタ3 1995年の第一次自宅軟禁解除について、映画の中でツツ大主教が日本代表団を呼び止めて、スーチーさんの解放を経済援助の条件にするようにと説得した結果と描かれていて、それらしい記事がないかと探してみたら、朝日新聞にこんな記事が(笑)。ビルマ(ミャンマー)へのODAの再開はあの河野洋平がきめていた(何が「あの」なのかはみなぐぐって調べてみましょう)。

外務省「民主化への説得の成果」 ミャンマーのスー・チー女史解放
 ミャンマーの民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チーさんの自宅軟禁解除が十日、発表されたことについて、河野洋平副総理・外相は同日夜、「ミャンマーの民主化、人権状況改善における重要な前進として歓迎する」などとした談話を発表した。日本は今年三月、ミャンマーに対する途上国援助(ODA)を事実上、再開しており、外務省は「日本の民主化に向けた説得も効果をあげた」(幹部)と評価している。しかし、米国政府や人権団体などは一層の民主化を求め続けるとみられるだけに、今後の経済協力拡大の進め方などが改めて問われる場面もありそうだ。

 外務省はスー・チーさんの解放が決まった背景について、(1)軟禁の根拠になった国家防御法に基づく軟禁の期限とされる今月11日が過ぎると、国際社会への説明が必要になる(2)ミャンマー政府が軟禁の理由に挙げていた国内の治安問題が、大半の反政府少数民族の帰順によりほぼ解決した(3)タン・シュエ現政権の経済開放政策により経済が上向いていることに自信をつけた、などを指摘。さらに「東南アジア諸国連合(ASEAN)への加入など、地域の流れに乗り遅れたくないとの焦りがあったのではないか」(外務省幹部)とみている。

 ミャンマーへの経済援助について、日本は軍部が政権を握った一九八八年に円借款を停止した。しかし、小規模な緊急・人道援助に限っては援助を継続。今年三月には、ミャンマー政府とスー・チーさんの対話が行われたことなどから、食糧増産を促す十億円の無償資金供与の方針を決めた。米国政府などが引き続き厳しい対応を続ける中で、「経済援助をある程度実施しつつ、友好的な形で説得した方が有効だ」との考え方があった。

 ただ、スー・チーさんの解放が実現されていない段階での援助再開だったため、「基本的人権・自由の保障状況などに注意するとしたODA四原則に反する」などの批判も強く出されていた。
 今回の解放措置を受けた円借款の再開などについて、外務省は「将来の民主化の定着や民政移管などを総合的に評価し、検討する」(幹部)としている。しかし、具体的にどのような形で民主化の定着を判断するかは微妙な面もあり、今後、経済協力の拡大を検討するなかで、その政策判断の是非が問題になることもありそうだ。

 最後は、1999年、マイケルがガンでなくなったあと、U2がスーチーさんを思って作った曲、『ウォークオン』(歩き続けろ)をあげます。偏りのない愛は容易なものではない。

 ●歩き続けろ U2(2000 all that you can't leave behind に収録)

愛は容易なものではない And love is not the easy thing
あなたが持ってこられる唯一の荷物 The only baggage you can bring
そう、愛は容易なものではない。And love is not the easy thing
あなたが持ってこられる唯一の荷物。The only baggage you can bring
あなたが捨ててこられないもの。Is all that you can't leave behind

もし闇がぼくらを2つに分かっても And if darkness is to keep us apart
もし陽の光が遙かに遠く感じられても And if daylight feels like it's a long way off
もしガラスのハートにひびが入っても And if your glass heart should crack
もしあなたが一瞬背を向けても And for a second you turn back
どうか強くあってくれ Oh no, be strong

歩くんだ歩き続けるんだ Walk on, walk on
あなたの持っているものをやつらは盗めない what you got they can't steal it
いや、やつらには感じることすらできない NO they can't even feel it
歩くんだ、歩き続けるんだ Walk on, walk on
今夜は無事でいてくれ stay safe tonight

あなたは荷物をまとめて you're packing a suitcase
僕らが言ったことのない場所をめざす For a place none of us has been
この目で見るまでは信じられない場所 A place that has to be believed to be seen
あなたには逃げることだってできた You could have flown away
開いた鳥かごで歌う鳥は A singing bird in an open cage
飛んでいって当然だもの。Who will only fly,
自由に向けて飛んでいっても only fly for freedom

歩くんだ歩き続けるんだ Walk on, walk on
あなたの持っているものは連中には否定できない What you've got they can't deny it
売ることもできない買うこともできない Can't sell, can't buy it
歩くんだ歩き続けるんだ Walk on, walk on
今夜はどうか無事でいてくれ Stay safe tonight

わかっている 心が痛いのは And I know it aches
あなたの心が砕けるのは And your heart it breaks
耐えられるには限度がある。でも And you can only take so much
歩くんだ歩き続けるんだ Walk on, walk on.

故郷 自分になければどんなものか分からない home hard to know what it is if you've never had one
故郷 どことはいえない でもわかっている Home I can't say where it is but I know I'am going home
ぼくは還っていくって、痛みのあるその場所に That where the hurt is

わかっている 心が痛いのは I know it aches
あなたの心がどれだけ砕けているか How your heart it breaks
耐えられるには限度がある。でも And you can only take so much
歩くんだ歩き続けるんだ Walk on, walk on
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COMMENT

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● 管理人のみ閲覧できます
| | 2012/08/10(金) 19:04 [EDIT]
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● パッヘルベルなおしておきました
シラユキ | URL | 2012/08/10(金) 19:08 [EDIT]
せんくんご指摘ありがとー。

レインボー | URL | 2012/09/05(水) 09:23 [EDIT]
シラユキ様、こんにちは。
私は、この映画知りませんでした。

このブログを読んで良かったです。

内容も、非常に大事な政治批判や重いテーマでありながら、一流のエンターティメントに仕上げている、さすがとしか言いようがありません。

リュック・ベッソンかっこいいです。

日本のマスコミは、あれだけ社会ニュースでスーチーさんを取り上げておきながら、スーチーさんをモデルにした、しかもあの巨匠リュック・ベッソン監督で主役も世界的に有名なミシェル・ヨー、であるにもかかわらず、ほとんどスルー。

何故?

スー・チーさんを応援する運動が日本でも広まると、何か困る事でもある訳?

おそらく、そうなんだろう。

これじゃ、日本のマスコミは悪の手先になり下がったも同然であり、全くだらしない。
もっとも、日本のジャーナリズム精神などとうの昔に滅んでいる。
スポンサーの癒着による金もうけ主義で、本当に公平な報道も、正義も示せない、視聴率が下がるのも当然の事。

もっと、沢山減って、誰からも見向きもされなくなって、いっその事潰れてしまえばいい。

金銭主義に魂を売ったメディア等存在していても意味がない。

潰れても、誰も困らない。むしろ、清々する。子供達も余計な情報を見なくなるから、感覚も鋭敏になり、賢くなって将来の国益になる。

リュック・ベッソン、やジェームズ・キャメロンがチベットの映画を取ってスター・ウォーズみたいな世界的ヒットの歴史に残る映画にならないかな~、なんて思っています。

シラユキ | URL | 2012/09/07(金) 14:04 [EDIT]
>レインボーさん
コメントありがとうございます。日本人は戦後、ずーっと敵味方をつくらない、善悪判断しない全方位外交やっていたんですよ。国連がそうであるように、だから無力なの(笑)。

  スーチーさんの映画、そこそこ映画評はあったきがします。
おっしゃる通り、日本ではもりあがっていません。しかし、マンデラの評伝ものも非常に有名な俳優がやりましたが、いまいちもりあがりませんでした。
 日本人は外国の実話・評伝ものはあまりうけないようです。どうも彼らの人生が普遍的な真理をつきつけているということが、白黒はっきりするのが苦手な日本人にうけないところかもしれません。

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