白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2012/10/29(月)   CATEGORY: 未分類
学問と政治の関係について
 10月20日の土曜日から、翌金曜日までハーバート大学のカイプ教授が来日し、それにあわせて毎日のように講義や講演が行われたため、若手学者のOさんはこの一週間をチベット・ウィークと命名した。

 この間、関東の若手チベット学者たちは、先月の若手チベット学者国際会議のホスト国としての疲れも癒えないというのに(あれは関西の若手が疲れたのか)、これらの講義に出席したり資料作成にあたったりでてんてこ舞いであったらしい。

 チベット・ウィークの始まりは、10月20日(土)筑波大学で行われた第六十回日本チベット学会であった。

 学会の内容をざっとまとめると、休憩をはさんで前半が歴史・言語・人類学で、後半が仏教学の発表であり、前半は比較的わかりやすい内容のものが多かったが、後半のとくに文献学は難解すぎて、専門外の自分にはほとんど理解できなかった。

 記念講演は、来日中のカイプ教授。テーマはイェーシェーウーの伝記文献。イェーシェーウーとは古代王朝崩壊以後、衰退していたチベット仏教を復興しようとし、自分の命と引き替えにベルガルからヴィクラマシーラ僧院の僧院長アティシャをチベットに招聘した人。

 最後の総会で、会長が現在の仏教学の御牧克己先生から、言語学の長野泰彦先生へと交代することが決まった。
 
 懇親会では御牧先生が退任の挨拶をされ、「日本チベット学会が仏教学・言語学・歴史学が一つの会場で行われていることはよいことだ。国際チベット学会は巨大化しすぎて分科会が分かれて過ぎて、会員一人一人が全ての発表をきけなくなっている。分かろうが分かるまいが自分の専門以外の発表を聞くのはとてもいいことだ。」という趣旨の挨拶をされた。

 一つの文化の中にある言語・生活・仏教・美術・歴史などの諸ジャンルは、どれも互いが影響しあった結果その姿になっているわけだから、もちろん自分の専門以外のジャンルに親しんでおかねば、結局は自分の研究ジャンルもあやうくなる。その意味では会長の提言はよく理解できる。

 しかし、論理学・文献学などは前提となる知識がかなりたくさん必要となるので、専門家の発表をただ聞いてもわからない。記号の意味するところを覚えずに数学の数式を理解しようとするようなものだからである。

 従って、論理学・文献学については、詳しい議論についてはテーマを同じくするもの同士の中で行ってもらいい、専門外の会員に向けては、別に時間をとって啓蒙的なわかりやすい形の講義でもしてくれた方が、会長先生の趣旨は会員に浸透するような気がする。

 翌日の日曜日は同じ筑波大でカイプ教授を囲んでチベット仏教をテーマにしたシンポジウムが行なわれた。

 で、そのままほぼ同じ参加者をひきついで、23-25日までの火・水・木、それぞれの曜日に仏教・韻文・歴史のテクストに東洋文庫のセミナー室でカイプ教授が講義し、その合間を縫って東大・早大などの関係研究室での講演があったそうな

 わたしは水曜日の東洋文庫のセミナーが終わった後、拙著をさしあげるために顔をだすと、お茶を飲みに行こうといわれたので、観光をかねて六義園におつれした。六義園はご存じ江戸の大名庭園で、真ん中に大きな湖がある。そのほとりにある時代劇にでてきそうな茶屋に直線距離で一番近い道をいこうとすると、

 カイプ「コルラするならこの道だ」と湖の周りを一周する道を歩き出した。

 なるほど、チベット流に聖湖の湖畔を一周まわらないと落ち着かないのね。さすがチベット学者。

 そして茶屋についてお薄と和菓子を囲んで緋毛氈の上にすわり、昔話や近況を語り合う。

、カイプ「ここにくる前、ちょうどボストンにダライラマと〔亡命社会の〕首相のロプサン・センゲ首相が来ていて、お会いしたんだよ。ロプサン・センゲに会ったことあるか? 彼は私の弟子なんだ」

 私「センゲ首相はたしかにハーバート卒で有名だけど、ロースクール出身じゃなかったっけ?」

 カイプ「チベットの歴史は私の下で学んでいたんだ。」

 たしかに10月中頃からダライラマ法王はマサチューセッツ州に滞在されていた。

 帰ってネットにあがったニュースでボストンにおけるダライラマ法王の動静を確認してみると、たしかに10月18日付けラジオ・フリー・アジアに、「10月14日にダライラマ法王とセンゲ首相らが有名大学の入学試験の事務長たちとの会合をもち、優秀なチベット学生を選抜して、ハーバート、スタンフォード、マサチューセッツ工科大学、カリフォルニア工科大学、プリンストン大学、エール大学などに受け入れることを決めた」という記事があった。

 さらに亡命チベット議会のニュースによると、翌15日、ダライラマ法王はマサチューセッツ工科大学内で開かれた 「グローバル・システム2.0」に招かれて、午前は倫理、経済、環境、午後は 平和、管理、枯渇する資源についてのシンポジウムに参加しているという。

 おそらくはこのシンポジウムか、その前の大学の事務長会談あたりでカイプはダライラマ法王やセンゲ首相とあっていたものと思われる。

 今回の訪米に止まらず、ダライラマはアメリカやヨーロッパのそうそうたる名門大学から何度も招聘を受けて講演を行ったり、名誉学位を授かったりしている。一方、日本においては、宗門系の大学やキリスト教系の大学を何回か訪問されたくらいで、いわゆる六大学ならびに旧帝大系の大学に招かれたことはない。

 さらに言えば、海外のチベット学者はチベット問題について、無関心であることはなく、たとえば、2008年にチベット蜂起がおき中国政府がこれを弾圧すると、それをうれいた75名の国際チベット学者が時の胡錦涛主席に公開書簡を送って、弾圧の即時停止と、失政を認めて根本的な問題の解決にあたるようにとの要求をした。

 この前パリであった国際チベット学者たちも焼身抗議を考える学会を開き、結構な数のひとたちが参加していた。「中国に入国できないと困るから」とチベット問題についてはっきり口にしない学者がいても、まったく無関心で中国政府の行いに諸手をあげて賛成している学者は数少ない。

 一方、日本の学会はといえば、2008年のチベット学会の時、せめて懇親会のスピーカーが何か一言でもチベット問題にふれるかなと思ったけど、誰一人言及する人はいなかった。

 「学問と政治は分離しているべき。したがって、それでいいのではないか」と思う方もいるかもしれない。しかし、日本の場合、そこまで考えて沈黙を守っているのではなく、単に考えるにまで至っていない無関心な人が多い気がする。

 なぜなら、もし学問を政治とは無関係にしておきたいと意識的に考えているとするならば、それはすでに現実によって裏切られているからだ。

 中国政府が行っている情報統制と、自分にとって都合の悪い事実はウソとすら言い放つプロパガンダは、人間性はむろんのこと、チベット学のインフラにとっても障害となっている(歴史学なんて特にそう)。現実に政治が学問を侵害しているのである。

 そもそも中国政府は自分たちの研究対象であるチベット文化を消滅へと追い込んでいる張本人でもあるわけで、その国家に対して自らの立場を明らかにすることは、「学問が政治に関わる」というよりは、学問が政治から自立していることを意味することになろう。むしろ現実の政治に対して学徒としての立場を明確にした方が、チベット学にとって望ましいのである。

 事実カイプ教授は 2008年のその75名の署名者のうちの一人だし、今、中国の北京大学や成都大学やラサ档案館などの機関とコラボしているのも、何とか中からチベット問題を中国に理解させることできないかとの思いがあってのことである。また、彼はダライラマ法王とも普通に交流している。

 この差はなんだろうか。

 一般的に日本の大学は海外の名門大学をリスペクトし、留学したり、教授を招聘したりし、さらには、その組織や機構を模倣することには熱心であるものの、それらの名門大学がどのような人を重視して、名誉学位をだし、また、どのような教育をして、どのような人をはぐくんでいるのかについては無関心である。日本人はあくまでもただ「名前」に憧れその「形」をまねるだけ。内容はまったくお留守である。

 さらに昨今自信を失ってきた日本は、留学生の激減が示すように「外にでると傷つくから、日本にこもって独自の特殊な基準でやっていけばよい」という空気まで生まれて始めている。しかし、世界の中で日本独自の文化や思考法を護ろうとする時、ただ引きこもっているだけでは未来は危うい。この世界は好むと好まざるとに関わらず、すでに強く相互依存の関係にあるからである。

 これまでだって日本は海外の技術や思想を吸収してそれを日本流に変えていく過程で、世界に誇る数々の文化を生みだしてきた。今のように判断停止してひきこもってそれを成し遂げたわけでない。外部にあるものを取り入れて、改善・改変してはじめて、普遍的な価値をもつものが生まれてくるのであり、「特殊でいい」なんて最初から開きなおっていたら、普遍的なものが生まれるはずもない。作れるはずもない。

 名前と形だけを追い求めていてもいつまでもその実はとれず、彼らの行いとその行いの理由を理解してはじめて、名前や形が実となっていく。

 まあしかし、わたしはオプティミストなのであまり未来を心配してはいない。日本チベット学会もいずれ変わっていくことと思う。

 若手の研究者たちは欧米への留学経験者も多く、会長先生がいったように、昔と違って欧米の研究者と対等に交流するようになっている。若い世代が学会の主流になっていけば、おのずと沈滞した空気も変わっていくだろう。日本の世論もここ数年でずいぶんものを考えるようになってきた。学会にもいずれチベット問題に対する意思表明をするような空気も生まれてこよう。

 参考までに、2008年のチベット蜂起の際の75名のチベット学者たちの声明を抄訳する(原文はココ)。

チベットの現在の危機について憂慮するチベット学者による声明

親愛なる主席

(前略)

チベットで今起きていることを目にし、我々はもはや沈黙していることはできない。現在、本土チベットにおける当局の最終目標は、体制に対する批判を抑圧することにあるようだ。いまやチベット本土は中国からも外界からも孤立している。しかし、このような〔中国政府の〕やり方では、チベット人が声をあげることとなった根本的な不満の原因を消すことはできない。

学者として我々は表現の自由に対する既得権を有している。

基本的な自由を剥奪し、〔自由を求める〕チベット人の意見(中国政府が受け入れがたいと考えていること>を犯罪と呼ぶことは、かえって事態を悪化させる。そのようなやり方は事態を収めるのではなく、より事態を流動化させ、緊張を高めることになろう。

問題は、チベット人が言論や表現に制限を受けつつ生きることを拒否しているところにあるのではない。我々は〔人間である限り〕誰でも、そのような制限を受けて生きることを望まない〔からである〕。

それはチベット人の主張の問題ではない。問題はチベット人の主張がどのように聞かれ〔ず〕、そして答えられ〔ない〕のかということである。

現在起きている紛争をダライラマのせいにしているのは、中国政府が、大衆の不満の真の原因である失政を認めてその解決に取り組もうとしない怠慢さを示しているのである。

中国政府がダライラマを悪魔と呼び続けているのは、国際社会においては、正常な話の対象には全くなり得ない。それはただチベット人の怒りと孤立感に火を点けるだけである。

チベットの過去と現在、その文化と社会を理解することに学者人生を献げてきた我々からすれば、〔現在のチベットの状況は、〕最も強力な抗議をせざるを得ない状況なのである。

実際、その状況は、中国内外の人々に等しく広範な衝撃を与えた。そして我々は、5月22日に中国の作家・知識人が提言した21ヶ条の嘆願書を全面的な支持を表明する。

従って、我々は本土チベット人に対する武力行使をすぐに停止することを要求する。

我々はチベット人の意見の抑圧、それがいかなる形の抑圧であれ、それを止めるように要求する。

我々は、チベット人ならびに全ての中国市民が、一般に認められた人権基準と国際的な合意とによって保証された、言論の自由・表現の自由が完全に与えられていることを明確に示すよう要求する。

2008年3月27日
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COMMENT

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● ye shes 'od ですね
o | URL | 2012/10/30(火) 19:44 [EDIT]
ye shes 'od ですね

シラユキ | URL | 2012/10/30(火) 21:28 [EDIT]
うっかり。ご指摘ありがとう!

Penba | URL | 2012/10/31(水) 16:08 [EDIT]
学問が政治から自立るすということ、日本のチベット学会の様子などよくわかりました。おりしも昨日、ある先生の学会での立場をお聞きいたしましたね。論文を読むだけで判断できればいいのですが、素人にはどのような立ち位置の方なのか不安になるのです。これも日本人独特の名前、形を気にする悪い習性ですね。

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