白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2013/06/06(木)   CATEGORY: 未分類
法王誕生日の謎
六月六日は私の誕生日。

普段からみなさまによくして頂いているので (具体的にはインコ・グッズを見つけるとプレゼントしてくださる方に囲まれているので)、毎日が誕生日なようなものです。なので、この場を借りて、いつもお世話になっている方々のご健勝とご多幸を心よりお祈りします。ただの祈りではありません、チベット仏教の瞑想を日々行いながらも、つい怒ってしまってそれを台無しにする賽の河原のような修行者の祈りです。効くか効かないか分からないところがスリリングです。

 さて、学者が単純にお誕生日を祝うのも芸がないので、ちょっとしたミステリーを。
 話は先月の勉強会(仮称お菓子食べ放題勉強会)のことであった。我々は、1940年に記された Basil Gould卿が時のイギリス・インド政庁に出した、「現ダライラマ猊下が、三歳の時に見つけ出され、認定され、即位したことについて」の報告書の、チベット語訳を読んでいた。↓のチベット版である。

abredcover.jpg

 Gould卿は時のシッキム行政官でダライラマ14世の即位式にも出席しているてので、この報告書はいわば、ダライラマ14世猊下についてもっとも初期にでた情報と言える。

 すると勉強会メンバーのSくんが、「この英語版のここみてください。ダライラマ14世は1935年6月6日生まれって書いてますよ。センセーと誕生日同じじゃないですか」

kiri.jpg

 対応するチベット語版も西暦表記をそのまま訳しているので1935年6月6日となっている。
 Wikipediaのダライラマの項目も1935年6月6日である。グールドが六年後にGeographical Magazineにだした文章(The Discovery of the Fらurteenth Dalai Lama)でもこのダライラマの生年は踏襲されている。

 しかし、周知の通り、ダライラマ法王事務所は例年西暦7月6日に法王の誕生日を祝っている。丁度一ヶ月後にあたる。

 そこで、1963年に法王が記した自伝『チベット、わが祖国』のチベット語原文を見てみた。木の猪年の第五月の五日と書いてある。チベット暦だと思われるため、1935年のメンツィーカンのカレンダーないと西暦との対応が分からない。これを単純に旧暦と考えて換算してみると(チベット暦と旧暦は閏月の挿入前後にすごくずれるが、一日二日しかずれない時期もある)、1935年6月5日となる・・・・。

 法王事務所に問い合わせみたが、「さあ昔から7月にお祝いしてますからねー」と当時のイギリス人記事についてもご存じないよう。

 1935年のメンツィーカンのカレンダーを見つければチベット暦と西暦の換算の仕方がわかりで答えがでようが、Gouldの駐留するシッキムはラサの目と鼻の先のチベット文化圏。彼はチベットのセレモニーにも参加しているため、チベット暦を西暦に換算する人は近くにいたのではないか。本当にグールドは間違えたのであろうか。

仮に、万が一だよ、Gouldの情報が正しかったら、猊下は私と同じ誕生日になる。てこれが言いたかっただけです。

すみません。みなさんありがとうございます。
 
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COMMENT

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● お誕生日おめでとうございます
XYX | URL | 2013/06/06(木) 19:34 [EDIT]
今日は、D-デイだなあ・・・と思っていたら、せんせの誕生日を思い出しました。
● 管理人のみ閲覧できます
| | 2013/06/06(木) 22:14 [EDIT]
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峯のシラユキ | URL | 2013/06/10(月) 15:15 [EDIT]
>XYZさん
そうなんです、ノルマンディー上陸の日なんですよね。あとオーメンの生まれた日・・・

>Nさん
命名の祝福によって仏教の学びがはかどるといいですね

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