白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2013/06/10(月)   CATEGORY: 未分類
ナーランダの17人の賢者たち
土曜日(6月8日)は護国寺大師堂にて、来日されているゲン・ロサン先生の法話に参加した。テーマはダライラマ14世が著された「聖ナーランダ大僧院の17人の賢者に捧げる祈願文」0の解説である。これが面白かった!

この17人の賢者たちをセットで観想することは、ダライラマ14世猊下が新たに始めた伝統である。
17Nalanda.jpg

 チベット仏教ではもともと仏教の大成者達八人を「六飾・二勝」(rgyan drug mchog gnyis)と尊称していた (その内訳は「閻浮提の六つの飾り」と尊称されるナーガールジュナ、アーリヤデーヴァ、アサンガ、バスバンドゥ、ダルマキールティ、ディグナーガの六人と律を極めたことにより「最勝のお二方」と尊称されるグナブラバーとシャーキャブラパーである)。ダライラマ14世はこの八人に加えて、空の哲学とその実践者の伝統の中から、代表的な聖者9人を加えて、17人となし、祈願文を記し、グル・ヨーガの形式で描かせた。それが上記の写真である。

「グル(先生)・ヨーガ」とは一言でいうと、自分が今学んでいる仏教の伝統が、お釈迦様からはじまって、インドの哲学者(賢者)や修業者(成就者)たちによって研究され、また実践にうつされてきた歴史をたどり、その二つの伝統が、アティシャに至って一つになり、チベットにもたらされ、現在の自分にまでやってきたことを観想するものである。要は、長い仏教の伝統の末端に今の自分がいることを自覚し、その伝統の祝福をうけやすくするという修行である。

 グル・ヨーガの絵においては、通常、釈尊や開祖となる人物(ゲルク派の場合はツォンカパ) を真ん中に主尊として描き、その回りにインドの哲学者や修行者たちを配置する。今回の法話の場に掲げられた絵画「ナーランダの17人の賢者たち」は、2007年にダライラマ法王が護国寺に寄贈された由緒あるものであり、二日目の法話の後にゲン・ロサン先生がこの絵画をカラーコピーを、その場で落慶(rab gnas)されて、参加者一人一人に配られた。

 私はこの手の仏教絵画で論文書いたこともあり、かつ歴史家なので、今回の法話は実に興味ふかかった。授業の後で疲れていたので、参加を迷っていたが、結果としてはよかった。誘ってくれたKさんありがとう。

 今回はテクスト(ダライラマ14世作ナーランダ17人の聖者に捧げる祈願文)が短かったこともあり、全部を読み終わるという、今までにない珍しい経験もした。通常一般向けの法話は、仏教を志す際の動機について詳しく語るので、帰敬偈のところで多くの時間が費やされ、ヘタすると本文に入らないうちに終わるのがあったりマエダのクラッカーなのだ (笑)。

 テクストとなった猊下御製の祈願文のチベット語と英訳はこのサイトhttp://www.lotsawahouse.org/tibetan-masters/dalai-lama/seventeen-great-panditas-nalandaにある。N君が作った和訳が会場では頒布されたので、希望者はMMBAに聞いてみてください。

 ゲン・ロサン先生はこの絵画に描かれる17人のプロフィールを説明された。この人たちの著作は、チベットの僧院で日々研究され、修行の対象となっている基本的なテクスト群である。この17人のプロフィールを見ていくうちに、空(くう) の哲学とその実践の流れが自分の頭の中でずいぶん整理できた。

〔ナーランダ僧院の17人の聖者プロフィール〕※(サンスクリット名 チベット名 漢名)

1.ナーガールジュナ(Nagarjuna / klu sgrub / 龍樹)
チベットでは「第二の仏」と云われる程すごい人。『解深密教』によると、釈尊が生涯に説いた三種類の教え(三転法輪)のうち、二番目に説かれた般若系経典群について、『中論』(rtsa shes) という名著を記した。般若系経典群の心髄は、すべては名前しか存在せず、実体がないという空(くう)思想である。中観派の伝統の開祖として「大馬車」と尊称される。なぜなら、彼のつけた轍あとを後世の人がみなたどったからである。

2.アーリヤデーヴァ(Aryadeva / 'phags pa lha / 聖提婆)
龍樹の一番弟子であり、セットで「聖父子」とも称される(現実の父子ではなく密接な師弟関係を指す)。空思想についての名著『四百論』(bzhi brgya pa)を著す。

3.ブッダパーリタ (Buddhapalita / sangs rgyas bskyang / 仏護)
中観帰謬論証派の伝統を開いた人。『中論』の註釈を書いた。

4.バーヴィヴェーカ (Bhaviveka / legs ldan byed / 正弁)
中観自立論証派の伝統を開いた。『中観心論』(dbu ma snying po) および『中論』の注釈書『般若灯論』(shes rab sgron me) の著者。空の論証に、ディグナーガの論理学を用いたので、自立論証派と呼ばれる。「世俗の中のものは、それ自身の性質によって成り立っている」と主張した。


5.チャンドラ・キールティ (Chandrakirti / zla ba grags pa / 月称)

中観についての著作『入中論』(dbu ma 'jug pa)を記し、自著に自分で注をつけ(これを自注という)、また『中論』に対する注釈書『プラサンナパダー(明句論)』 (tshig gsal)も著す。

6.シャーンティデーヴァ (Shantideva / zhi ba lha / 寂天)
菩薩の生き方を示した『入菩提行論』(spyod 'jug)、『大乗集菩薩学論』(bslab btus)を著した。

7.シャーンタラクシタ (Shantarakshita / zhi ba 'tsho / 寂護)
サムエ寺創建のために、古代チベットのティソンデツェン王に招かれてチベットに渡った。貴族の子供が七人選ばれて、シャーンタラクシタから具足戒を授けり (試みの七人)、チベットの出家の伝統(僧伽)がはじまった。『中観荘厳論』(dbu ma rgyan)と、仏教の立場から外道の哲学を批判した『摂真実論』 (tattvasamgraha / de kho na nyid bsdus pa)を著した。

8.カマラシーラ (Kamalashila / pad ma'i ngang tshul /蓮華戒)
シャーンタラクシタの後チベットには中国禅が流入し、禅の「何も考えないことが悟りの境地」という考え方が広まった。そのため、サムエ大僧院(チベット初の僧院)において、インド由来の仏教と中国仏教のどちらが正しいかをディベートで決することとなった。この時、インド仏教の立場を主張したのがシャーンタラクシタの弟子、カマラシーラである。三回にわたる論争の結果、カマラシーラが勝利し、チベット王はインド仏教を規範とするようにと命令を下した。論争内容を記した『修習次第』 (sgom rim)と『中観光明』(dbu ma snang ba)の著者。

9.アサンガ (Asanga / thogs med / 無着)
『文殊師利根本名経』に「仏滅後600年に現れる」と予言されている。アサンガは兜率天にのぼって、弥勒から『現観荘厳論』(mngon rtogs rgyan)、『大乗荘厳経論』(mdo sde rgyan)、『中辺分別論』(dbus mtha' rnam 'byed)、『法法性分別論』(chos chos nyid rnam 'byed)、『究竟一乗宝性論』(rgyud bla ma) 通称「弥勒の五法」(byams chos sde lnga)の教えを聞いた。さらに、『大乗阿毘達磨集論』、『摂大乗論』、『瑜伽師地論』などの唯識の大著の著者であり、唯識派の開祖となった。

10.ヴァスバンドゥ (Vasubandhu / dbyig gnyen/ 世親)
『倶舎論』(mdzod)の作者。説一切有部・経量部・唯識の著作や注釈を書いた。アサンガとヴァスバンドゥは実の兄弟。彼らの母親(ターラーの化身)は、二人の息子に家業を継がさず、出家を推奨した。
 バスバンドゥの四大弟子としては、律のグナプラバー(15)、般若思想のアーリヤ・ヴィムクティセーナ(13)、論理学のディグナーガ(11)、唯識思想のステイラマティがいる。

11.ディグナーガ (Dignaga / phyogs kyi glang po / 陳那)
論理学の名著『プラマーナ・サムッチャヤ』(tshad ma kun btus)を記し、仏教論理学を創始した人。仏教論理学は他のインド哲学諸派にも大きな影響を与えた。

12.ダルマキールティ (Dharmakirti / chos kyi grags pa / 法称)
 『プラマーナ・サムッチャヤ』の注釈書『プラマーナ・ヴァールティカ』(tshad ma rnam 'grel)を記し、仏教論理学を大成した。「七部 (sde bdun)」と総称される著名な七冊の論理学書の著者。

13.アールヤヴィムクティセーナ (Arya Vimuktisena / 'phags pa grol sde / 解脱軍)
 『現観荘厳論』の注釈書を書いた。

14.ハリバドラ (Haribhadra / seng ge bzang po / 獅子賢)
般若経の要点をまとめた弥勒の『現観荘厳論』に対する注釈『現観荘厳論光明』と、『八千頌般若経』と『現観荘厳論』を関連された注釈『現観荘厳論複註』を書いた。

15.グナ=プラバー (Gunaprabha / yon tan 'od / 德光)
律(僧院内の規律)の大成者。『律経』('dul ba'i mdo)と『百一作法』(las brgya rtsa gcig pa)の著者。

16.シャーキャ=ブラバー (Shakyaprabha / sh'a kya 'od / 釈迦光)
グナプラバーと並ぶ律の大成者。『三百頌律』を記し、それに対して自分で注をつけた('od ldan)。

17.アティシャ (Atisha / jo bo a ti sh'a / 阿底峡)
 ベンガル地方に生まれ、ヴィクラマシーラ大僧院の僧院長となる。チベット王チャンチュプウーに招聘されて、チベットにおいて悟りに至る修道過程を記した『菩提道灯論』(lam sgron)を著す。本書はニンマ派以外のチベットの各宗派の修行カリキュラムの基礎となる。ゲルク派の開祖ツォンカパはこの『菩提道灯論』に対して大中小の『菩提道次第論』(lam rim)を記した。

 以上17人のうち、最初の八人が空の哲学の大成者たちであり、アサンガ以下17番目までが、この哲学を修行によって自分の意識に実現した成就者たちである。アティシャはこの哲学と修行の伝統を結び合わせて、チベットにもたらした。

 以下の図は私が人物をクラスタにわけ絵解きしたものである。会場の絵の仏の台座にある名前をよみとり、ネットで画像検索して確認したのでまあ正しいと思う。ちなみに、解説図の中で「師弟関係」とある場合、必ずしも同時代を生きた師弟ではない。前の人の教えを後代にでた人が大成し、それを後世の人がセットで言及した場合も含む。解説図はクリックすると大きくなる。
abr透視図

 さて、ゲン・ロサン先生の法話に戻る。先生は、哲学(顕教)の七人の先学のうち、六番目のシャーンティデーヴァの説明を一番長くされ、彼の著作である『入菩提行論』の最初の三つの章からたくさんの引用を行った。
 要約すると「他者を思う心こそが、あらゆる精神的な貧しさ、苦しみを取り除くものだ」

ダライラマ法王はこうおっしゃっている。『チベットはかつて独立国であったが、中国に侵略されて、以来、チベット人は云うに云われぬ辛酸をなめつくしてきた。しかし、我々には菩提心(自分以外のすべての他者のために生きる決意)がある。この菩提心があれば、何者をも乗り越えることができる。他人のために生きれば、チベットの苦しみはそんなには大きくない。』

確かに、苦しみの大半は自意識過剰から生まれてくるもの。自意識過剰で苦しんでいる方は、『入菩提行論』(ポタラカレッジから和訳がでている)を愛読し、他人のために生き自分を忘れることをおすすめする。

 また、17人目のアティシャについても詳しい説明をされた。


 「チベット仏教はナーランダの無垢の法統の伝統をうけついでいる。チベット仏教の四大宗派(ニンマ派・サキャ派・カギュ派・ゲルク派)は、実践(密教修行)についてはそれぞれの宗派で異なるものの、哲学(顕教)については共通の教えを持っている。

 アティシャはナーランダの哲学と修行の伝統を受け継ぎ、サキャ派・カギュ派・ゲルク派はアティシャの修道カリキュラムの影響を受けて教義を着くっているので、チベット仏教はナーランダ大僧院の法統を直接受け継いだものと言える。

 ゲルク派の開祖ツォンカパにはお二人の弟子がいるが、そのうちの一人が明日の法話で用いるテクストの作者ゲルツァプ=ダルマリンチェンである(つまり、みなはナーランダの僧院の伝統の末席につながることになる)。

 ダライラマ法王はこうおっしゃっている。『現在のチベットにおいて、仏教は成・住・壊・空の四段階でいえば、壊(滅亡)の時期にさしかかっている。こういう時代だからこそ仏教を大事にしなければならない。修行の自由があって、独立している国では仏教を維持することができる。最近はチベット仏教では、外人でかつ女性の人に対しても博士(ゲシェ)号を出すようになっている。ヨーロッパにも仏教に興味をもつ人は増えている。』日本のみなさんもよりいっそう仏教の伝統を守ることに努めなさい。

 最後の七偈は祈願文となっている。前述したナーランダの17人の賢者を目の前に観想しながら、祈願文を読むように。
 
 仏の境地には高い・低いの区別はない。〔しかし、仏を目指している修業者〕菩薩にはある。〔あなたたちは菩薩なので〕あらゆる無限の有情の役にたてるように日々精進なさい。


とゲン・ロサン師の法話が終わると、アボさんが以下のようにシメをされた。

ダライラマ法王はこうおっしゃっています。
「仏法をただ聞くだけで功徳があると思う人がいますが、尊敬する対象である仏様をよく知らないで拝んでいても功徳は小さいです。また、〔勉強しても〕哲学の言葉をメモしたり暗記したりしただけで、実践しないのではまだいけません。哲学で理解した内容をさらに自分の心の上に実現していかねばなりません。口だけで仏教を説いていても、考えていることや行いが教えと異なっていてはいけません。実践(修行)は大切です。仏教の勉強と実践をやらない理由として、老人だからとか子供だからとかは理由になりません。死はいつやってくるかわかりません。いますぐ仏教の勉強をやるのです。

チベット本土には今、仏教を修行する自由がありません。今までチベットが護ってきた仏教の伝統も、危機的な状況です。他国の仏教徒にも仏教を維持する責任があります。信仰だけ、ただ寺にお参りしているだけでは、仏教を維持したことにはなりません。仏の教えの内容を理解し、さらに毎日実践を行うことによって仏教は維持できます。

 
 私は以上のゲン・ロサン先生とアボさんの法話によって、ダライラマ法王がことあるごとに「チベット仏教の僧院文化が、インドの僧院大学ナーランダの伝統をひくものである」と言及される意味をやっと理解することができた。今まで私はこのお言葉をチベット仏教を喇嘛教というような、偏見をもった人々に対して「チベット仏教はインド由来の正当な仏教の伝統の継承者である」と主張する言説かと思っていた。

 しかし、この理解は本当に浅かった。

 12世紀に、インドに流入したイスラーム勢力がナーランダ大僧院を破壊し、インドにおいて僧団の伝統は終わった。この時、荒廃したインドの仏教界からは、多数の賢者や行者がチベットに亡命して、チベット仏教は飛躍的に発展した。そして、チベットにおいてナーランダ大僧院の哲学と実践が維持されてきたのである。しかし、1950年にはじまる中国の侵略によって、そのチベットから仏教の伝統は消えようとしている。

 ゲン・ロサン師やアボ師が強調されるように、仏教の伝統はそれを研究し、実践する僧侶の集団の存在があって初めて可能となる。チベット仏教が死滅に瀕している今、その伝統を維持できるのは、思想・信教の自由のあるヨーロッパやアジアの仏教徒達である。

 なので、法王が「チベットはナーランダの伝統を引く」と云われる際には、その伝統を消したくない、何とか維持せねばという気持ちがこめられており、仏教国の日本人にとっても無縁のことではないのだ。護国寺様にこの17人の賢者の絵がプレゼントされたのも、日本において大乗仏教の伝統の復興を願われてのことであろう。

 法王が来日されるごとに、空についての哲学を小さな集団の中でお話したがるのも、このナーランダの伝統を繋んとの思いからなのだ。いろいろ思い当たる節があり、本当に今回の法話は実り豊だった。
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COMMENT

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eri | URL | 2013/06/10(月) 23:26 [EDIT]
石濱先生、いつも拝見させて頂いてます。
今回のご法話に参加しましたが、いつもなら難解な漢字と格闘するのですが、先生の解説でとても分りやすくまた、チベット仏教の法統というものをはじめて感じ、その計り知れない大きさに感動してます。

| URL | 2013/06/10(月) 23:54 [EDIT]
なかば無理矢理、拉致連行したのに、感謝していただいて、そのうえ詳しく絵解きまでしていただき、こちらこそ感謝感激です。

ゲン・ロサン先生のお話を聞きながら、一緒にナーランダ僧院を訪ねたカーラチャクラの金剛姉妹・兄弟達が、約束した訳でもないのに集っていたのに気づき、私もなんだか不思議な気持ちになり、ナーランダ僧院からの教えがつながっているのを実感してました。

いまの私にはその素晴らしい教えのすべてを理解できず、取りこぼしてしまうものが多いと思うのですが、更に詳しく分かりやすく、先生のように教えてくださる方々がいらっしゃることが、本当に有難く、嬉しく思っています。
これからもどうぞよろしくお願いします。

峯のシラユキ | URL | 2013/06/11(火) 07:36 [EDIT]
>eriさん
読んでいただけると励みになります。少しでもお役に立てたら嬉しいです。

>Kさん
おかげ様でゲン・ロサン先生のお話が伺えました。ありがとうございます。

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