白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2013/07/28(日)   CATEGORY: 未分類
チベット・イン・モンゴル(学会編)
 第十三回国際チベット学会が、モンゴル科学アカデミーとモンゴル国立大学の共催で7月20日から7月27日までウランバートルで開催された。

 今回の学会を一言でまとめると、始まる前からグダグダで、始まってからもグダグダで閉会式までグダクダであった (ツォンカパの「始めによし、中によし、終わりによし」にちなんでみました)。全体に感じる資金不足とオーガナイズの手際の悪さ。でも、宴会のショーだけはまじめといういかにもモンゴル的なわかりやすい流れであった。
大学
"モンゴルのスターリン"チョイバルサンの立てたモンゴル大学正面

 20日は開会式と参加者の登録の日。私の乗った直通便は夜につくので、パーティには最初から間に合わない。同じホテルに泊まる日本人が帰ってきたので、彼らの話を聞くと、開会式で会長が「参加予定だったアムドの60人がここにくることができなかった。これはモンゴル側のビザの問題でも資金の問題でもない。」と中国政府の妨害によりチベット人60人が出国できなかったことを報告したという。北京、ラサ、アムドにある主要な研究機関から中国政府のお墨付きが数名ずつ参加を許されているという。

 今回の学会は蒙蔵条約100周年を記念してわざわざウランバートルにしているというのに、それに捧げた記念講演もパネルもなにもない。翌日カイプ教授にこれを聞くと、モンゴルに◎近平が来てからすべてが変わったという。西洋人が多数宿泊するホテルのまわりには、警察が複数徘徊し、モンゴル政府の緊張ぶりがつたわってくる。

 N先生によると、モンゴルに関する国際学会が開かれる場合は、大統領府で開会式が行われ、政府が資金をだすため、食事をはじめとする待遇が非常によいのだという。しかし今回はモンゴル政府がお金をださなかったため、非常に資金的に厳しかったよう。
モンゴルは歴史的に非常に中国とは仲が悪い。しかし経済的には中国に大きく依存しているため、モンゴル政府としても微妙な舵取りなのであろう。
名誉学位
ダライラマ法王はいいとして微妙な面々

 翌日22日に会場となるモンゴル国立大学にいく。登録所のある二階受付はごった返しており、なかなか進まない。なぜ進まないのか自分の番になってわかった。まず私の名前が名簿にない。「参加費を払ったのか」と聞かれ、払ったといい、バネルの番号をいったらそちらから名前がでてきたので登録できた。しかし、私の名札は当然準備されておらず、彼らは白紙の名前札に私の名前を手書きで書き込んだ(名簿に名前があればパソコンのうちだしの名前札がある)。字が汚くて読めないので、自分の名刺をいれて代用する。一方、いろいろな手段を使っても確認できない人に時間がかかるので、なかなか列が進まないのだ。

 実はこの手際の悪さは、開始前からのことであった。ぎりぎり一週間前くらいに発表されたプログラムには、登録しているはずの人の名前がぼろぼろ落ちていて、まったく不完全なものであった。みな個人的に交渉して名前を戻していったが、私の名前はブログラムに当初からあったにもかかわらず、受付の名簿にはないのである。こんな適当な事務処理であるにもかかわらず、かれらは「〔中国からのスパイが入ってこないようにする〕治安のため」人物同定を行おうとするので列が進まないのだ。

 登録をまつ間、我々は両脇に掲げられた、モンゴル国立大学の名誉博士たちの肖像写真を目にすることになる。ダライラマ猊下はいいとして、川口順子、李明博、潘基文、阿含宗の桐山靖雄、池田大作などの顔が並ぶのをみると、モンゴルと世界の多様な交流の歴史をかいまみることができる(含みあり)。モンゴル在住の方から聞いた話だが、前大統領は日本の仏教団体から賄賂をとったことが原因で今刑務所に入っているのだそうな。
あふれる人
狭い階段あふれる人

 登録が終わり、プログラムを渡されたが、このプログラムがパネルをただ打ち出しただけという非常に使えないシロモノ。複数の教室で同時間に複数のパネルが併行して行われているので、時間や場所や名前からの索引があれば便利なのに、それを作っていない。

 時間配分と会場配分もひどい。何を考えているのか同じジャンルのパネルを同時間に設定しているため興味のあるパネルがかぶって片方は聞きに行けない。歴史のパネルにいたっては閉会式の後の土曜日だったので、私を含めて閉会式の翌日に帰国する人はみなアウトである。60人もキャンセルがでたなら、土曜日の人をまとめて前倒ししたらいいのに。

 そして、各会場が小さい。第1会場と第2会場が離れていて、移動時間がかかるため、発表が始まってから教室に入ると、もうすでに席はなく、床に座ったり立ち続けて聞いたりする人が続出。すこし立派な円形講堂は、モンゴル人の先生方が二日にわたり占拠していた。このパネルはほとんとすべてがモンゴル語の発表であったため、モンゴル人とモンゴル留学歴のある人しか聞きに来ず、ガラガラ。

 さらにすごいのが、ブログラムの変更や会場変更がまったく通知されず、キャンセルがでた場合、進行係のモンゴルの人が次の人の発表を繰り上げて行わせるため、目当ての人の発表を聞きにいっても、「もう終わっている」なんてことはザラ。さらにすごいのは時間会場の変更が本人に伝わらず、発表者本人が現れなくて中止なんてのもあった。

 私の発表は火曜日11:00からだったのだが、せっまい教室で人が入りきれず、エリオットスパーリングが床に寝て、ファンデルカイプ教授が壁を背にして座るという有様であった。何度もいうが、みなが床に座っている時円形講堂ではモンゴルの先生方が・・・・(以下略)。

 私の発表自体はつつがなく終わり、問題の質問コーナー。ブリヤートからきたT先生のロシア語訛りの英語が睡眠薬でぼけた頭では聞き取れず、武内先生のお世話になる。この姿だけは院生Mに見せたくなかったが、彼は自分の発表の時、アメリカ留学している日本人研究者に寄生することを決めたと言ってたので、脱力した。なぜこの男はマネしてほしくないところだけ真似するのだろう。

 で、発表が終わり、ティータイムで外にでると隣の教室からOくんがでてきて、「僕の発表はプロジェクターがバクハツして延期になりました」とのこと。天井に据えつけられたプロジェクターがポンっといってそのまま消えたのだという。このほかにもスクリーンがなくて壁に直接照射する部屋、ピントのあわないプロジェクターの部屋、西日がきついのに遮光カーテンがないためスライドが見えない部屋などそれはもう多彩なトラブルが目白押し。こういうところもモ・ン・ゴ・ル。

 また、中国にとって政治的に敏感なパネルには、当局に報告するため中国大使館関係者や中国から来た参加者がしっかり現れ、その中から「中国人として~」から始まる学問や論理を超越した感情論を開陳されるので、やなかんじ(根は決して悪い人たちではないけど)。
図書館
ソ連風建築の国立図書館

 自分の発表が終わると次は資料収集。水曜日の午後は国立図書館にジェブツンダンパ八世の秘密の伝記とTくんが発見したバトオチルの歴史書を見にいく。モンゴル科学アカデミーのバトサイハン先生が事前に手配してくださっていたにもかかわらず、入るのにえらいこと手間取る。この図書館と古文書館に毎年通っているT君によると、受付の女の人が大権をもっていて彼女の気分一つで入館出来るか否かがきまり、そこでパスポートなどを預けるのだが、たとえば食事にいくために退館しようとした時、彼女がいないと、パスポートを返してもらえないので、彼女が帰ってくるまで二時間でも三時間でも空腹を抱えて待つしかないという。

 やっとのことで、入館許可を頂いて、データとなった史料を大画面で読み出すと、まだ画面の操作を試行錯誤しているうちに、いきなり停電。しかも六時まで電気は戻らないという。T君いはく、「昔はこんなことしょっちゅうで、でも最近は停電しても十分くらいなのに、数時間かかるとは珍しいですよ」。と暗に私が呪われているという。

 仕方ないので翌日も再び図書館にいくことにする。この木曜日の午後、カワチェンのケルサン氏のコネでチベット語の文献が所蔵されている書庫もみせて頂く。大学からくるケルサン一行を図書館でまつ間に夏休みなので図書館にきていたMくんと談笑。

 彼がさらっと。「八月一日から図書館は夏休みで閉まるそうですよ」発言すると、二週間後に再び図書館にきて、いろいろ段取りをつけようとしていたTくんは「何それ聞いてないよ。ふざけんなよ」とブチキレる。モンゴルでは夏期に関係者が田舎に休暇にいってしまうと、訪問者の都合なんて二の次でこのように突然に公共機関が閉館してしまうのだ。

それにしても、ケルサン氏は三時に大学をでるといっていたのに、一向に来ない。結局四十五分遅れできたのだが (聞けば来るはずだった某先生を待って結局こなかったのだという)、なら誰か一人でも先によこして我々に教えてくれと。この場合は待ってもきたからいいけど、待ち合わせをしたメンバーが、出先で予定をかえてどこかにいってしまった場合、連絡がつかず、残った人間が待ちぼうけを食うことが学会中よくあった。

書庫jpg
一般の人はまずみられない書庫内の貴重な映像

 ケータイ生活になれた我々にとって来るか来ないか分からない人を待つのはストレスであり、韓国ドラマのようなもどかしい愛よりも、人間関係の亀裂を産むのであった。

 書庫内に入ると大量のペチャ文書がほとんど整理もされず天井までとどく書架と、入らない分は通路に積み上がっていた。モンゴルでは古い文化財の持ち出しは禁じられており、国境の荷物検査でふるい写本などが見つかると没収されてここに持ってこられるのだそうな。でも回収されるのはごく一部でおおくの装飾経典などはばら売りされてどこぞの意味も分からない金持ちの手にわたっていくのだろう。末法の世である。

 話を少し戻して、私が再度図書館にトライしようとする直前、モンゴル人のO先生が、「先生の名前が午後から行われるオーエン・ラティモアの記念講演のコメンテーターの中にありましたよ」という。「何それ美味しいの?」

 そこでゾンビのように蘇る初日の記憶。K嬢が「先生の名前の入った封筒が受け付けにありましたよ」ともってきたものを開けてみると、この記念講演の案内が入っていた。講演者のNicola DI cosmoについてはまったく面識がなく、オーエン・ラティモアについての特別な知識ももちろんないので、よくよまずにホテル部屋に投げ出していた。

 こんな状態なのにまったくの無茶ぶりである。大体名簿に名前がない人の手紙をただ受付に放置していたら本人に届くと思っているところがモンゴルである(届いたけど 笑)。

 「英語でもモンゴル語でもムリ」と叫んで逃げる。これはコメンテーターくらいですんだから笑い話だが、夏休みにモンゴルや中国の大学を訪れた先生が突然の無茶ぶり講演の依頼をうけるのは夏の風物詩である。

まとめ。この学会は、ほとんど審査しないでみんなに発表させるので、400名以上の人がおしよせ、内容も千差万別・玉石混淆。この学会は意味がないといって来ない研究者も多い。もろもろ微妙な部分もあるがロビーバーネット、エリオット・スパーリンク、テンジンテトンなどのお馴染みのメンバーから、ながいこと会わなかった人にまで再会できたりすることを考えると、これは巨大なチベット情報交換サークルandサロンとして存在意義があるのかもしれない。総会で新しい会長はバンクーバーのツェリンシャキャに決まり。次の候補地はパリとノルウェーが名乗りを上げている(すいません総会さぼりました)。

 今夏の学会参加の目的は、自分の発表と院生Mのデビュー確認と、図書館での資料閲覧と、関係する本の収集と、関係各位へのつなぎであった。第一会場の一階で開かれたブック・フェアや、Tくんが外の本屋さんや研究機関で手に入れてくれた本などで必要なものはあらかた揃った。そこで、モンゴル在住のIさんのお宅におよばれした際に、車で迎えにきてくれるので途中郵便局によって出すのを手伝ってもらおうと思ったところ、日本語も英語もできない方が運転手としてこられ、また、会場がウランバートルのはるかはずれの別荘地であったため、成功せず。結局Iさんに本の発送を頼むこととなり申し訳なかった。

 ちなみに、院生Mは発表原稿をみてあげる代わりに、荷物もちくらいしてくれるかと思ったら、毎日毎日、旅行して写真とってきました、みたいなゆるい発表をわたり歩いて、果ては草原にまで行ってしまい、姿をみとめて、私が近づいていくと、いやな顔をして逃げ回るので、まったく役に立たなかった。想定内だけど。

 わたしはモンゴルゼミ出身なので先輩・後輩の多くがこの街で青春の二年間を過ごしており、彼らのモンゴルに対する愛を聞きながら育った。こんな彼らは共通して人民革命以前に存在したモンゴルの伝統的な社会において、チベット仏教がすみずみまで浸透していた事実やそれに基づく当時の思考を軽視する傾向がある(これはモンゴルの歴史学者もそう)。だから、私の研究はながくゼミ内ではブラック・シープであった。

 彼らがなぜそのような考え方を形成するに至ったのか、彼らが留学したウランバートルの街を歩いてなんとなく分かるような気がした。中心部は端から端まで歩いても三十分。冬が九ヶ月夏か三ヶ月の厳しい自然条件。一年の大半は屋内で煮詰まってくらす。一番上の先輩なんて社会主義時代のモンゴルに留学していたわけだから、これに物不足・インフレ・ソ連型社会主義のプロパガンダの影響まで加わったわけ。民主化後に留学した人もモンゴル・ナショナリズムの洗礼を多かれ少なかれ受けている。学会のスタッフにはじまってモンゴル人に英語で話しかけてもほとんど伝わらない。年配の人にはロシア語の方が通じる。モンゴル人たちは個人主義でプラグマテイック。

 私が日本でバブリーに暮らしながら、ダライラマ法王やチベット仏教について自由かつ楽しく学んでいた間に彼らはここにいたのだ。そりゃ価値観も異なるわけだ。個人的には先生・先輩・後輩が青春を過ごした街が見られたのがとても興味深かった。

 次のエントリーはチベット・イン・モンゴルの町歩き編です。
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COMMENT

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七海宇宙 | URL | 2013/07/30(火) 12:48 [EDIT]
こんなに面白い笑い話を分かち合っていただいて、本当にありがとうございます。吉本芸人の話よりも面白いと思います。v-8

シラユキ | URL | 2013/07/30(火) 18:34 [EDIT]
>七海宇宙さん
ありがとうございます。某チベット関係者から「毒づいている」と言われましたが、評価はしていないし、ユーモアですよねー。分かってくださってありがとうございます。

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