白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2013/09/29(日)   CATEGORY: 未分類
チベットゼミ高野山に行く(後編)
 苅萱堂をでて、一の橋、中の橋とわたって、最後「無明の橋」をわたると奥の院である。

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 高野山の奥の院では、今も尚弘法大師さまが命あるもののために瞑想に入っているといわれる。密教の深い瞑想は息をだんだん細くしていき、身体活動を最低限にまで落とすため、瞑想者の姿はあたかも死んでいるかのように見える。なのでこのような思想も生まれてくるのである。弘法大師様の元には御供所で調理されたお食事が毎日、届けられているが、そのお食事に口がつけられているか否かは外のものには分からない。
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 ここ奥の院には戦国大名の40%の墓があると言われる。伊達政宗、上杉謙信、織田信長、徳川家もむろんあって、私のご先祖がお仕えしていた蜂須賀家の墓もある。そういえば我が家の宗旨は真言宗高野山派だった。ここにくれば一生分の戦国大名の墓を見ることができる。

 さらに言えば、現代に入ってからの墓も結構あり、シロアリ駆除会社の作った墓「〔シロアリよ〕安らかに眠れ」とか、「パナソニックの墓」とかは、もうちょっと言葉の選びようがあるのではないかと思った。

Tくん「先生、崇源院(お江)と千姫の墓がこの上にありますよ」

「そりゃちょっと見てみたいわね。みんなー、上野樹里の墓があるってよ」

学生たち「先生、なんかいろいろ飛ばしてしゃべってますよ」

Iくん「先生、高野山って昔は女人禁制だったんですよね。なのにどうしてこんなに女の人の墓があるんですか?」

「女も骨になったら男の修行の邪魔にはならんからだ。女人禁制は別に女性差別ではなく、男性修行者に余計な色気をださせないために結界をはったもの。女人高野は男子禁制だからね。」

 参道をしばらく歩くと、今までも遅れがちだったEくんといっちーとSちゃんとTくんグループが、完全に姿を消す。「無明の橋」で集合写真をとろうとして、

「全員集まっていますかー?」と私が聞くと、Hくんが「集まってます」というので、シャッターをきったがあとでみたら、例の四人が写っていない。

私が「アナザーワールド(この四人が別世界でお花畑しているのでそう呼ばれ始めていた)が写っていないじゃない」というと、

Hくん「いないのが普通かなって」
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 あまりにもゆっくりしていたので、奥の院についた頃にはお茶のサービスも説法のサービスも終わっている。御供所でやっと全員そろって記念撮影。帰り道もアナザーワールドグループはいつのまにかどこかへ言ってしまった。自由な連中だ。

 奥の院近くには善人は軽く感じ、悪人は重く感じる「みろく石」がある。試してみようということで、まず男子学生が次々と祠に手を入れて石を持ち上げるが、なかなか持ち上がらない。薄いけど、長くて重い石なのでもちあげるのは難しい。

 で、私が「みな順当に悪人認定されていくね~」といって、次に女子学生。

男子学生の一人が「これで軽々もったら怖いよな」とぼそっという。やっぱ女の子の方が何となく心が清いような気がするよね!

 みなが息をのんで見守る中、女の子は石をつかもうとするが、手が小さいのでつかめず、石の片側だけもって持ち上げたのでてこの原理ですごく動いたように見えた。
 みな〔やっぱり〕みたいな空気が流れる。

 一通り、善悪の判定がでたので、私が「さあ行きましょう」というと、学生たちが

「先生がまだやってないじゃないですか」という。ちっ、気づいたか。

 いくつもの逃げ口上を考えたが、とっさに口をついて出たのは「私は女人だし、年だし客観的にいって重いに決まっています。これは私の人間性とは関係ありません」

 案の定、石は超重かった・・・。この晩は、金光明経と新羅と聖徳太子のパワポ講義をやる。

三日目
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 朝、九時、大師教会で大乗仏教の在家の十善戒をうける。これはおすすめ。十善戒とは、体に関する三つの善「生き物の命をとらない・与えられないものをとらない・邪なセックスをしない」と、言葉に関する四つの善「嘘をつかない、悪口を言わない、二枚舌を使わない、言葉を飾らない」と、心に関する三つの善「怒らない、執着しない、間違った哲学を正しいと思わない」を誓うことである。普通に道徳・倫理であり、むろん他のどのような宗教に入門していようとそれを捨てる必要はない。

 まず、真っ暗なお堂の中に入る。正面には弘法大師様の画像だけがライトアップされている。そして阿闍梨入場。暗闇の中で戒を授かるのは、我々は一度死んで、今度はきれいな体になって、明るい世界へと再生することを実感させるため。阿闍梨が暗闇でよく顔が見えないのは、特定の人ではなく阿闍梨=弘法大師さま=大日如来から戒律を授かっているという密教特有の演出からである。

 導師が本尊というのは密教の基本思想である。受戒が終わって学生に
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「今、あなたたちは、生まれ変わってもっともきれいな状態です。これから怒ったり、執着したり、悪口いったりして悪業を積むかもしれませんが、今はまっさらです。この人生で一番きれいな瞬間を写真におさめましょう」といったら学生

「先生、今悪口いったから、汚れましたよ」


このあとは自由行動。高野山をもっと見たい人は残り、車できている子はそのまま四国から広島へ、私は論文が煮詰まっていたので、チベット仏教関係の資料をもって大阪の平岡先生に会いに行くため、大阪をぶらぶらしたいグループとともに大阪へと向かう。自由なゼミである。

 みなラインでつながっていたので、アナザーワールドグループ以外は大体どこにいるか把握できた(アナザーな連中は何をしているのか聞いても返事がない 怒)。びっくりしたのはKくんが、我々が初日に断念した町石道を、一人で下から上り始めたこと。この合宿の精神を唯一ちゃんと理解し具体的に行動したのは彼だけであった(笑)。で、みながラインで応援するなかさわやかに歩ききった。若いってすんばらしい。私も今度は時間をちゃんととってこよう。

 で、お好み焼きやで大阪グループと分かれて、自分は論文に使うチベット語テクストもって平岡先生を上本町に訪ねる。先生は仕事中であったが、時間を作って下さった。オサレなカフェ中谷亭で一通り質問をしおえた後、先生は今年の夏ギュメ学堂を訪問した経験を話しはじめた。

 今はなき平岡先生の密教の師はロサン・ガンワン先生という。生まれは普通の人であったが、密教・顕教の両方の学問を究められ、二大密教学堂の一方ギュメ学堂の僧院長もつとめられた。ガンワン先生は晩年ガンにかかられ、平岡先生はそれは献身的に看病にあたられた。私はガンワン先生と平岡先生の関係を目の当たりにして、チベットの僧院社会の師弟関係とか、施主と應供僧の関係とかを知り、ガンワン先生の主催する灌頂通じて、チベット密教にふれたため、ガンワン先生がなくなられた時はやはり本当に悲しかった。

その先生がなくなられてはや4年。平岡先生がインドにいく直前に生まれ変わりが確定された、とのニュースが伝わってきた。まだ、公式に僧院にお迎えしていないので今回のギュメ詣でではその子供に平岡先生はお会いしていない。

 この一人に候補が絞られるまでには、まずダライラマ法王に化身探索のお伺いをたて、許可がでたら、ガンワン先生の身の回りの世話をしていた若いおぼうさん、チューロリンポチェが探索の中心となり、法王が「探しなさい」と指示した地域の子供達を調べて回り、リストをつくる。

 そして、そのリストを再びダライラマ法王にあげて、リストの中のどの子供が生まれ変わりか判断を仰ぐのだそうな。で、ガンワン先生の場合は81人もの子供がリストアップされ、法王はそのリストの一番目の名前を選ばれたのだという。

 「最初の子供を選ぶって暗黙の了解でもあるんですか?」

 平岡先生「そんなものないですよ。ボクが知っている別の例では法王はリストを見るなり、『ここにはいない』とおっしゃられたこともあります。そうしたらまた探し直しですよ。実はガワン先生がになくなられる夜、お弟子さんたちは、みな『生まれ変わられる時にはみつけやすい形ででてきてください』と祈願して、先生もそれに応えられたんですよ。だからだ〔すぐに決まったのだ〕と思います」

 「意外ですねえ。私は平岡先生は、生まれ変わりの子供のことは簡単には認めないと思っていました。だって先代にあれほど深く私淑していたのが、いきなり子供に戻っても受け入れられないんじゃないかと」

 平岡先生「ボクも実は〔この子を生まれ変わりとあっさり信じている〕自分にびっくりしているんですよ。何より、一番身近にガンワン先生にお仕えしていたチューロ・リンポチェが『そうだ』とおっしゃっていますしね。先生写真があるんですよ。ご覧になります?」

 「見たい見たい。」
 そして、先生はおもむろにフレームに入った写真たてを取り出した。そこには四才とは思えない大人びた表情の男の子がうつっていた。

 私はこれ見て
 「あ、これはホンモノだ」と思った。
 だって先代とそつくりなんだもん(笑)。
 ちなみに、ダライラマ法王はただリストだけで生まれ変わりを決定されたそう。ちなみに、ガンワン先生が亡くなられた日も、そのニュースが伝わる前から法王は「知っている」と応えたそう。ガンワン先生と法王はほぼ同世代。亡国の時代を一緒に生き抜いて、深くそして強くつながっているのだろう。

 これからもチベット仏教をめぐる情勢は厳しいことだろう。日本の仏教界なんて国があるのに、明治元年以後、崩壊状態である。チベットはその上国がないのである。
 しかし、平岡先生は「この子が還俗とかでもしない限り、一人前になるまで暖かく見守る」とおっしゃるのを見ていると、なんとかなるような気がしてくるから不思議である。
 私もこの子が高僧に育ってくれたら、きっと我がことのように嬉しいだろう。
 
 高僧の死、そして再生、そして弟子との再会。チベット研究者として、この一連の過程が実見できるのは本当に楽しみである。
 来年、平岡先生とガンワン先生二世が対面する時は私は絶対その場にいるだろう。
 こうして私の高野山の旅は、密教的にいって非常にふさわしい終わり方をしたのであった。
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