白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2013/11/26(火)   CATEGORY: 未分類
ダライラマ講演「宗教者は良い人間の手本になりなさい」
 法王の来日日程の最終日にあたる26日は、国技館講演であった。
 前日深夜、いきなり法王事務所の代表より、「花束贈呈お願いできれば」って、前日じゃ服買いに行く暇も、着物きつける予約もできないので、なくなくただのスーツを着ていくこととする。もっと早くいってくれれば正装できたのに・・・。

 しかし、国技館の実際のダンドリはさらにすごいことになっていた。楽屋裏においてあった進行表を見ると、法王のお話は30分ほどでおわり、あとは来場者の質問をうけつけることになっていたのに、実際の法王のお話は一時間半以上に及んだ(しかも、準備されたソファにつかず、司会席でヘッドマイクつけたまま固定マイクに話すという・・・笑)。なので、法王が

ナーランダ大僧院の伝統で、チベット仏教はディベートを重んじる。私は批判を聞きたい。どんどん質問してくれ」とおっしゃっているものの、その時は時間はほとんどなくなっていたのであった(笑)。

 法王様が気持ちよくお話をしている場合、それを遮ることのできる人はこの世に存在しない。法王に限らずチベットの高僧の法話会に参加する際は、始まりが後れようが、終わりが果てしなくのびようが、それは受け入れなければいけない現実なのである。これはおそらく今年私が口にした中でもっともためになる話であろう(笑)。

 今回の講演テーマは法王が一人の人間として倫理レベルの話をされたため、英語であった。以下メモに基づいて再構成する。

 私は一人の人間である。〔地球人口〕70億人の一人である。人類は一つの家族であるのに、現実には、肌の色が違う、豊か貧しいか、教育を受けているか受けていないか、宗教が違うなど相違にこだわり、他人を騙したり、搾取したり、果ては殺したりする。
 しかし、最も基本的なレベルではみな同じ人間である。
 私は1970年代から様々な出自の人と出会い交流する中で、人は自分だけでなく、世界全体に対して責任感持つべきであると確信するにいたった。
 世界が幸せなら、個人も幸せになる。世界がトラブルに満ちているなら、個人も苦しむ。
 みなが「私」「私」と自己中心的に考えれば、世界はトラブルにみち、個人も苦しむことになる。問題は〔基層にある同じ人間であるという感覚ではなく、それぞれの差違である〕第二レベルにこだわる「我」が作っているのである。

 自己中心主義を実践するなら、賢い自己中心主義を実践なさい。
 自分さえよければいいと他人をおしのけるのは愚かな自己中心主義。
 他の人を思いやることが、ひいては自分のためになると考えるのが賢い自己中心主義。
 
 「私」が幸せになりたいように、同じように他人も幸せになりたいと思っている。自分だけのことを考えるのではなく、全体を見て他の人を思いやることによって、世界は平和になり、ひいては個人が幸せになっていく。
 これこそが本当の幸せの源なのだ。

 精神レベルでも、ある人を遠くに感じると、不信感、怒り、憎しみ、恐れが湧いてくる。
 しかし、ある人を身近に感じると、友情、寛容、許す心、などが生まれてくる。

 ウィスコンシン大、スタンフォード大、エモリー大などの科学者たちによると、恐れや怒りを懐き続けることは人体の免疫システムに悪い影響を与えるとぃう。
 健康は医療やスポーツだけでは維持できない。心が平安であることによって自信や勇気が生まれ、健康となる。

 私は78才の老人である。検診のために病院に入ることがあるが、修行の結果心が平安であり、怒りや不安がうまれてもすぐに消えてしまうので、健康だ。

 心の平和を維持できるように心を律することが重要である。
 愛を瞑想したグループは瞑想後、より健康な数値がでる。
 二人の子供のうち、一人に不安を与える写真をみせ、一人には平和な写真をみせるという実験をすると、前者はストレスにより血圧があがり、後者は血圧が下がる。
 妊婦が平穏な心を懐いていると、胎児によい影響がでて、妊婦が不安な状態にあると胎児にも悪い影響がでる。
 このような事実(憎しみが健康を損ない、愛が健康を増進する)は愛は人間の基本的な性質であり、人の本質は善であることを示している。宗教のドグマによらずとも、生物学的に愛は人の本質であることが分かる。

 母親に抱かれた子供は脳が健全に発達する。しかし、母親から分離を強いられた赤子は発達が後れる。これはサル親子でも同じ結果がでる。

 肉体の健康は心の状態に左右される。私たちは社会的な動物であり、一人では生きて行けない。
 大富豪の家族がいて、豪邸にすみ、立派な家具に囲まれて、立派な車にのっていても、互いに嫉妬と競争心と不信感を懐いていれば、表面的にいくら幸せな家族を演じていても、その家族は不幸である。
 一方で、貧しくとも思いやり合っている家族は、幸せである。
 お金や権力は心の平和をもたらさない。

 信仰のあるなしとは関係なく、既存の教育システムを通じて、他人を思いやること、許すことなどを教えることはできる。
 先述したように科学によっても、許すこと、他人思いやることの有用性は証明されている。常識によっても、また、我々の体験によっても、世俗的な倫理感のレベルで憎しみや怒りは悪い影響しかもたらさないことは分かるはずだ。

 インドは多宗教の国だ。様々な宗教が存在するため特定の宗教を通じて愛を説くことはできず、憲法は世俗主義にのっとり、あらゆる宗教を尊重すること、無神論者ですら尊重すべきことを説いている。

 無神論とはたとえば古代インド哲学の中にある虚無主義、実在主義などを指す。
 地球上の人間のうち、10億人は無神論者であるという。この人たちは宗教によらずして、世俗の倫理感によって人の善性を追求しているので、彼らにも敬意をはらわねばならない。

 残る60億人は何らかの宗教を信じているが、宗教を信じていても悪いことをする人はいる。チベット人でも宗教を搾取やだましの手段にする人がいる。

 口でいくら美しいことを説いていても、行いがその反対であれば、偽善者の見本になるだけで、かえって悪い影響しか与えない。従って、宗教者は自らの宗教のとく教えをまじめに実践し、人々の模範とならなければならない。

 宗教者は自らの宗教のエッセンスを人々に伝えねばならない。
 人類は四大文明からはじまり、文明を発展させてきた。古代エジプトの教授と話す機会があったが、古代エジプトにも宗教があったという。

 世界の宗教は造物主を認める宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教)と、造物主を設定しない宗教(仏教、サーンキャの一派、ジャイナ教)がある。
 造物主の設定があろうがなかろうが、これら宗教の実践は忍耐、寛容、許し、愛をいずれも説いている。欲望が増大すると愛が消えていくことを説いている。

 イスラーム教にもキリスト教にもヒンドゥー教にも愛の瞑想を行い、シンプルな生活をする修業者がいる。彼らの哲学は仏教と同じように自己を律することを説く。
 世界には様々な興味・感心をもつ人々がいるため、忍耐、寛容、許し、愛を達成するためのアプローチも様々なものとなる。

 ある者は、神は愛であり、神が人を作ったので、人は神の子である、と説くことにより、愛を効果的に育むことができる。様々な宗教は方法は違えども、忍耐、寛容、許し、愛という同じ目的に向かっている。

 イスラームの宗教者が「イスラーム教徒は敵に出会っても、その敵も神の被造物であると考えることによって愛を育まねばならない」、と説いていた。
 従って、宗教を実践されている方は、言葉によって愛を語るよりも、まじめに実践を行い、良い人間になる手本を示しなさい。

 仏教は造物主を設定せず、人の幸不幸は自らの創り出したものと考える。この世は縁起(すべてのものは依存しあっている。名前によって「ある」ように見えているだけ)を真理とする。西洋は東洋を必要とし、東洋は西洋を必要とし、互いに依存し合っている。南半球は北半球を必要としており、北半球は南半球を必要としている。
 この相互依存の世界の中で自分のことだけを考えるのは非現実的だ。

 エコロジーや地球温暖化を話あうサミットが開催されているが、参加国は地球の利益よりも自国の利益を重視している。全体を考慮することなく、みなが近視眼的に自分のことばかり主張していては、この世界は早晩破滅する。
 他人を思いやることはあなた自身のためになることなのだ。
 宇宙論、物理学、心理学、これらはみな仏教の主張と近い関係にある。
 目先に属するものだけではなく、広い視野でものごとをとらえなさい。


 さてここから質問コーナー。前述したように法王のお話が長かったため、司会の方が時間短縮のためか、うっかり「アリーナ席の人の質問をうけます」といったら、2階席か3階席から怒声がとんできた。よく聞き取れなかったが、2階席3階席を差別するなみたいな怒声であった。

 「怒りは悪い、愛と思いやりで自己を律しなさい」というダライラマの話を聞いた後で、発言の機会を求めてわめく声を聞くのは、悲しいものがある。しかし修行によって心の平和を確立している法王さまは、にこにこしながら「カムカム」(じゃあ降りてこい)と。

 私は楽屋裏にいたためよく聞き取れなかったが怒声の主はあらかたこんな質問をした。

 「私は夢は必ず叶うと思っています。私は日本の妖怪になりたいという夢を持っています。法王様は夢は必ず叶うと思いますか」

 法王「夢は夢だ」(dream is dream 場内爆笑)

 夢を見ているだけでは仕方ない。現実的なアプローチを行うことが大切である。正しい目的をもち、友達のアドバイスを聞き、強い決意をもって、懸命に努力することが大切だ。チベットでは九回失敗しても、十回努力しろということわざがある。チベットの場合、目的は覚りを開く(完全な人間になる)ことだ。
 目的は自分のために設定されるのではなく、他人のためになるものでなければならないまた、その目的を達成する手段は透明なものでなければならない。方法が人に言えないものであったり、隠さねばならないものであったりすれば、そのような状態ではよい結果はでない。
 透明な方法をもって真実を求めれば、その夢は99%叶うと断言できる。後の1%については私は分からない。


質問(韓国語で) ナントカという科学者の話を聞いたら、百年後には人類は宇宙に住んでいるとのことであった。未来の仏教徒はどういう生活をしているでしょうか。

法王「未来のことを予言することはとても難しい。遠い未来を思うよりも、今が大切である。この21世紀は平和な世紀にはなければならない。遠い未来のことを考えるなら、今この世紀を平和にすることに努力しなさい

 どんな人にもどんな質問にもすばらしい対応をされる、ここがじつは法王講演の最大の見所なのであった。
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COMMENT

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k | URL | 2013/11/26(火) 13:02 [EDIT]
近くにいたのですが2階席から「ダライ・ラマさ~ん!2階席の人は質問が出来ません。これは差別だと思いませんか!」と叫んでました。

猊下は「(物理的に離れていて質問の列に並べない)上の階の人は)紙に書いて質問すると聞いてますが、違いますか?」と、ちゃんとご存じでしたね。

紙に質問書いてもらう係として、ロビーでの告知が足りなかったかったかと責任を感じたのと、実は2,3階の人が質問したいと言ったら出来る方法などの指示も聞いていたのもあり、叫んでいる人に近づいたんですが、その前に猊下から質問者に来るようにおっしゃっていただけました。

猊下の素晴らしさを改めて認識する場ではありましたが、チベット人の気持ちを考えるとちょっと複雑な心境になる出来事でした。
● Kさん
シラユキ | URL | 2013/11/26(火) 13:08 [EDIT]
いやもう何がおきても驚きませんよ。ボランティアさんたちには何の積みもありません。別の方の証言によると、この方「日本の妖怪になりたい」とおっしゃっていたといいますが、面白いので本文なおしておきました。

mimaco | URL | 2013/11/27(水) 12:31 [EDIT]
先日までテレビを賑わせていた”直訴”騒ぎを思い浮かべた方もいらっしゃるかと…かの質問者さんがマイクに近づくにつれ、壇上の周囲のSPさんたちが俄かにピリリとしたムードになって見えましたが、『妖怪』で場内一様にすっぱい空気が漂いましたね。

心配性な私などはいつも、もっと警備が厳しくても?と思ったりしますが、猊下は心はもちろん、物理的にも分け隔てをつくることなく我々に温かな眼差しで接してくださいます。
会場を後にする間際まで、見えなくなるまで手を振り続けてくださいます。
こうしたお姿を拝見していれば、決して「差別」などと言う言葉は出てきません。
● mimacoさん
シラユキ | URL | 2013/11/28(木) 23:22 [EDIT]
あのすばらしく不快な状況を一気にさわやかにかえて場内の空気をレベルアップした法王の手並みにほれぼれしました。

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