白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2014/04/08(火)   CATEGORY: 未分類
メルケル首相の意味深な贈り物
● お知らせ
 明治大学でチベットの各ジャンルの専門家を集めたオムニバス講座(全5回)が行われます。私は鳥好きなだけあってトリをつとめさせていただきます。最低催行人数が10人で、前回このコマで行われた別の地域をテーマにした講座は流れたとのことで、あせって宣伝。
 「チベットの歴史と文化」火15:00~16:30
1 2014/05/13 聖なる都・ラサとその歴史 小松原ゆり
2 2014/05/27 チベット仏教と僧院文化 野村正次郎
3 2014/06/10 朝鮮知識人が見たチベット仏教世界 寺内威太郎
4 2014/06/24 チベットの言語と文学 海老原志穂
5 2014/07/08 清朝皇帝とチベット仏教 石濱裕美子

各回の詳細についてはこちらをご覧ください。
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 さて本題です。三月末から四月初め、中国の習近平主席が就任後、初のドイツ訪問を行った。ドイツと中国の間では次々と大きな商談がまとめられたものの、メルケル首相もガウク大統領も中国に人権がないことについて言及した。このニュースは以下のようなもの。

●中独首脳会談:ドイツ首相、中国の人権改善要求 首脳会談後会見「言論の自由重要」 商談優先批判に配慮 毎日新聞 2014年03月29日 東京夕刊

 【ベルリン篠田航一】中国の習近平国家主席は28日、昨年の就任後初めてドイツを公式訪問し、メルケル 首相と会談した。両首脳は、独自動車大手ダイムラーと中国自動車メーカー「北京汽車」による10億ユーロ(約1400億円)規模の投資協定について合意するなど、経済関係の強化で一致した。だが会談後の会見ではメルケル首相が「言論の自由は、研究分野や市民社会において創造性を促進する重要な要素だ」と述べるなど、中国に人権問題の改善を求める場面もあった。
 両首脳はウクライナ問題についても協議し、習主席は「関係各国は政治的・外交的解決を目指し、協力すべきだ」との認識を示した。
 独メディアによると、同日午前に習主席と会談したドイツのガウク大統領も人権問題に言及し、自由な意見 表明が刑事罰の対象となる状況への懸念を伝えたという。牧師出身のガウク大統領は旧東独で民主化運動を進めた人権活動家でもあり、予定時間を超えて会談を続行。「友好的だが距離を維持」(南ドイツ新聞)との雰囲気だったという。ドイツでは近年、人権問題を棚上げして中国との「商談」を優先することへの批判 が高まっており、ドイツ側は今回、改めて人権重視の姿勢を内外に示した格好だ。
 安倍晋三首相の歴史認識を巡る対応への批判を続けている中国は習主席の訪独に際し、ナチス・ドイツによ るホロコースト(ユダヤ人大虐殺)関連施設の視察を打診。戦後、近隣国との和解を進めたドイツの姿勢を引き合いに出し、日本を批判する狙いもあったとみられるが、ドイツ側はこの申し出を拒否し、日中の対立に巻き込まれる事態を避けた。習主席は28日付の独紙フランクフルター・アルゲマイネに寄稿し、中独両国の経済協力の重要性を強調したが、ここでは日本への言及はなかった。


そして、晩餐会の席でメルケル首相から習近平へと意味深な贈り物がなされた。それは1735年、ドイツで出版された中国地図だ。以下にその記事を引用する(ちなみに原文はここ)。


●ベルリンでドイツのアンジェラ・メルケル首相が中国の習近平主席に18世紀の中国地図をプレゼントした


2014年4月2日  by Rachel Lu sydney morning Herald

香港 先週、ドイツのアンジェラ・メルケル首相はドイツを訪問中の中国の習近平主席を晩餐会でもてなし、その席で贈り物を交換した。メルケルは1735年に、多作なフランスの地図製作者ジャン・バプチスト・ブルゴーニュ・ダンビル (Jean-Baptiste Bourguignon d'Anville) の手になり、ドイツの出版社で印刷された中国の地図をプレゼントした。

古地図のサイトによると、ダンビルの地図はイエズス会の中国布教使の地理学的な研究に基づいて作られており、18世紀における中国に関するヨーロッパの知識の到達点を示しているという。

オリジナルのラテン語のト書きによると、この地図は中国の「本土」すなわち、主に漢人が住む地域を示しており、チベット、新疆、モンゴル、満洲、台湾島、海南島は含まれていない。前者の漢人の住む地については明らかに近代中国の一部となっているが、後者は議論紛々であり、異なる色の国境線に囲まれている。

古地図は中国では敏感な問題である。中国の全ての学童は「チベット、新疆、台湾と釣魚島(日本では尖閣諸島として知られる)は古代から中国の不可分の一部である」と学ぶ。

ダンビルの地図は少なくとも視覚的にこの物語を否定している。驚くことではないが、中国の国営メディアの支局はメルケルの贈り物に感謝していないようである。人民日報は。習近平の旅の詳細を報道していたが、この不愉快な地図についてはまったくスルーした。

さらに興味深いことには、地図のニュースが中国本土に到達した時、地図は完全に違ったものにすげかわっていた。中国語の多くのメディアは「メルケルの贈り物は中華帝国の最盛期の領土(チベット、新疆、モンゴル、シベリアの広大な帯状の領域)を示している」と報道したのである。この地図は、イギリス人の地図制作者John Dower によって製作され、1844年にロンドンのHenry Teesdale & Coで出版されたもので、メルケルから習近平へ贈られたものではない。しかし、この誤りは中国の記事の中では何ら注意も払われず、説明もされなかった。


中国のソーシャルメディアにはメルケルの贈ったとされる2バージョンの地図が登場し、異なった解釈がひきおこされた。ダンビルの地図を見た者は、その限られた領土にショックを受けたようである。

ファイナンス・レポーターのHao Qianは「地図はまったく場違いな贈り物だ」とのべ、ライターのxiao Zhengは「メルケルはチベット、新疆独立運動を正当化しようとしている」と激しく非難した。建築家のLiu KUnは「ドイツには隠れた動機がある」と書き、あるインターネットの住人は「こんなことはありうるのか。どこにチベット、新疆、東北地方があるのか? 習近平はどう反応したのか?」と書いた。

ある者はメルケルは習近平にこの地図を贈ることにより以下のことを静かに思い出させようとしたのかと疑った。それは、ロシアは20世紀の中頃、モンゴルが中国から独立を宣言する際の後ろ盾となったこと、それは2014年の3月にクリミアに対して行ったことと似ているということを。

確かに、ダンビルの地図は中国政府が世に広めたい歴史認識と完璧に対立するわけではない。1735年は、乾隆帝の60年の治世が始まった年であり、清帝国の軍事力は上昇していた。乾隆帝は新疆西部地域におきたムスリムの反乱を平定し、モンゴルを非常に身近に統治し、ダライラマの選定といったチベット事務を監督するために官僚を派遣した。

言い換えれば、乾隆帝はこれらの辺疆の領域に象徴的な皇帝支配を打ち立てたのである。この時代の領域が、後の政府、中華民国、続いて中華人民共和国にこれらの地域の主権を主張させたのである。19世紀と20世紀初頭の西洋の国々で出版された地図類では、チベットと新疆の描き方は地図によって変わる。しかし、ダウアーの地図は清朝とチベットを中華帝国の一部として示す唯一の地図ではない。

これらの地図についての沸騰する議論はいずれも深読みのしすぎかもしれない。あるインターネットの住人はダンビルの地図をチベットや新疆についてのメッセージと拡大解釈することはないという。

「テキサスやカリフォルニアがアメリカ合衆国の領域にはないことを示すために、1776年に作られたアメリカ合衆国の13植民地の地図を今は使わないだろう。」


この記事の見所は、メルケル首相の贈った地図を自分の都合の良い地図とさしかえて、それをメルケル氏の贈ったものと嘘をいって報道する中国マスコミの情けなさ、そしてそれを信じてしまう中国人の悲しさであろう。13億人の多くがそれを信じた時、「事実」は無力となり、「ねつ造された現実」が彼らの中での事実となる。おとろしい話である。

また、乾隆帝(満洲人)の時代清朝とチベットの関係(宗教的な指導者と信徒の関係)は近代に入ってからの中国とチベットの関係とは全く異なるものなので、これを根拠に今の中国のチベット支配を正当化するのも問題。

 最盛期の清朝皇帝乾隆帝は「俗をもって、治す」をモットーに他民族の習俗・風俗をそのままにし、手をつっこまなかった。乾隆帝ほど、全力でチベット仏教を支え信じていた皇帝はいないのである(「平和のための戦争」をずいぶんやってるので果たして仏教の実践者として優秀かは謎だが笑)。
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