白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2006/06/24(土)   CATEGORY: 未分類
明治の探検家たちのちょっとアレな話
昨日は授業のあと、昔からの知り合いが山本周五郎賞をとったことを祝うパーティにでようかと思ったのだが、授業を三コマやったあと、学生のために書類をかき、図書館にいったらものすご~く疲れたので、会場までいったものの、受付にメッセージと拙著だけ残して失礼する。

そして、今朝は道教の研究者土屋昌明先生にお呼ばれして、専修大学神田校舎で出張講義。一限の講義なので、朝のとっぱちに家をでる。

センセのホームページ「土屋研究室」はここ↓
http://www.t3.rim.or.jp/~gorge/tsuchiya.html

本日のお題は「明治のチベット・イメージ」

 19世紀末から20世紀初頭にかけて、イギリスとロシアは中央アジアをチェス盤にみたて、アジアの国々を駒のようにやりとりしてそれぞれの勢力圏におさめる、俗にグレートゲームと呼ばれる領土争奪戦を演じていた。チベットは南下するロシアと北上するイギリスのちょうど中間点にあり、両者の烈しいアプローチをうけたため、チベットの最高権力者ダライラマは植民地化の危険を回避すべく、鎖国政策をしいていた。しかし、禁断の都であるが故に、かえって、チベットの都ラサの神秘性はいやまし、ラサを攻略しようとする人はひきもきらなかった。明治以後、西洋に追いつけ追い越せの日本人たちのチベット観と対チベット行動が、このような西欧のチベット観と密接にリンクしたことは不思議ではない。

 ラサをめざす人々の目的はだいたい以下の五つに集約できる。

 (0) 地理上の空白地帯に始めて到達するという探検家の功名心。
 (1) 地理・動植物相・資源・言語・文化・宗教などの学術調査。
 (2) 自国の工業製品を売る市場としての可能性調査。
 (3) 列強の中央アジア進出の緩衝地帯として、その内部事情をさぐる政治的・軍事的必要性。
 (4) チベットの高度な精神文明に触れるため(神智学のシャンバラ伝説などに幻惑されて、あるいは、仏典の原典を求めて)、あるいは逆にキリスト教を布教するため、などの宗教的な動機。

 この五つの目的は密接に絡み合っているため、厳密に言えば切り分けることはできない。これらの目的は4以外はすべて、列強が弱小国を植民地化する際に、前段階として行う一連の行動でもある。

日本人としては、能海寛、河口慧海、寺本婉雅、成田安輝の四人はほぼ同時期にラサに向かい、このうち三人までが1900-1902年までのあいだにラサ到達に成功した。
このうち、成田安輝が外務省から派遣された内偵目的の入国であったほかは、みな仏典を求めてチベット入りしたことはよく知られている。

 この三人の動機が宗教的であったからといって、純粋であったと早合点してはいけない。明治初期、仏教と政治は極めて密接な関係にあった。

 明治初年、廃仏毀釈で壊滅的な打撃をこうむった仏教界はそれをまきかえすべく必死であった。当時、西欧においては仏教思想ブームとも言うべきものがおきており、哲学者・芸術家・文学者など様々な分野の人々がこぞって釈尊の生涯やその教えを賛嘆していた。さらに、西欧の学会では、原典に基づく仏教の研究が進んでいた。

 日本仏教界はこれに目をつけ、まず当時の国粋主義に迎合し「キリスト教は西洋を母国とし、植民地政策の機関と化している」「そのうえ非論理的」。「それにひきかえ仏教は、論理的であり、かつ日本固有の精神の母体である」と、仏教ナショナリズムともいうべき論理を展開した(早大仏青もその一環で誕生する)。

そして、日本が仏教国である、と国際的にみなされるために、当時西欧で行われていたような原典に基づく仏典の研究を行う必要が生じた。というわけで、原典の直訳であるチベット仏典の入手、すなわちチベット行の必要性が説かれたのである。

 河口慧海の『チベット旅行記』(講談社教養文庫)は現在でも多くの愛読者をもつ著名な探検記である。確かに面白いものであるが、慧海が、出会うチベット人のほとんどを野蛮、不潔、堕落と酷評し、見下す件が多いことに違和感を覚える。このような記述からも、慧海には、仏教者として仏教国チベットに巡礼に行くというような敬虔な気持ちよりは、チベットから持ち帰った仏典を日本で研究して、アジアの盟主たらんとする気持ちの方が強かったことがわかる。

 つまり、日本人のチベット入りの目的も、つきつめれば、当時の帝国主義ヨーロッパ人とほぼ同じ、自国の名誉や利益のためになされたもので、ちょっと仏教精神というにはアレじゃないの?というものであったことがわかる。

てな話をペラペラしたあと、質問を受け付けたところ、とある学生さんから

「ヨーロッパや日本は、チベットやインドの精神文明を崇拝して、尊んでいたのに、なぜインドやチベットにひどいことができたのですか?」と聞かれた。

なので、「人は自然はいいものだといい、それを守りたいと思っても、自分の快適な生活を捨てられないから、自然を破壊して人間の便宜に供していく。それと同じで、当時のイギリスに生を受けて大学をでた日には、その当時の風潮をおかしいと思っていても、官僚になって大英帝国の植民地統治を支えたり、商人になって植民地で荒稼ぎしたり、御貴族様だったら、物見遊山に「蛮地」に探検したりすると、それらが結果として植民地統治をさらに促進していくのだよ。おとろしいね。」と答える。

人の歴史とは愚かなものよ。
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