白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2014/08/25(月)   CATEGORY: 未分類
ギュメ滞在記 (1) 施主と応供の法宴
チベット密教の本山ギュメ大僧院を訪問して帰国してから一週間。インドにいっている間に流れなかった仕事がようやく流れ始めたので、ぼちぼち報告をアップしていきたいと思う。
 私が今回訪問したのはチベット密教の本山ギュメ大僧院である。チベット仏教では、戒律、六波羅蜜などの顕教の修行(哲学)を修めた後、その哲学を人格の上に実現していくために心の実践トレーニングに入る。これが密教である。ギュメはこの密教の修行地であるため、修行場としての独特の緊張感がある。

  聞くところによると、ギュメは本土にあった頃から厳しい僧院として知られており、一カ所に安住し堕落が始まると、すぐに場所をはらって別の場所に移動したという。そのため長い間ギュメのたち位置はここと確定していなかった。

 現在でも僧院内における私有財産の所持は原則禁止で、他の僧院において行われているように、高僧になっても自らの居殿を僧院内に建てることは許可されない。 管長・副管長のような高位の僧も僧坊に毛の生えたような小さな平屋にお住まいで、一般の僧の部屋はさらに質素な僧坊となる。そして、この僧坊ですら長くいると愛着がわいて堕落するということで、三年に一度部屋替えを行うという(ただし老僧は免除される)。

 一度、施主がついた僧が、ギュメの敷地内に自分の居宅を建てて良いかと事務局に問うたところ、「いいけど僧院からは出て行ってね」と言われたとか。

 また、ダライラマ14世法王がギュメでの修行を所望されたところ、14世の師である先代のリン・リンポチェとトゥジャン・リンポチェが

 「ギュメで修行する限りは、たとえダライラマ猊下であっても特別扱いはされません。しかし、猊下を特別扱いしないわけにいかないので、ギュメの伝統を変えないためにも、ギュメでの修行は遠慮してください」と説得して法王は諦められたそうな。

 国王よりも強い伝統。

 また、高僧がなくなったあと、その転生者である童子を見つけて、先代の高僧の側近が育てるというチベット仏教名物の転生僧の養育もここでは禁じられている。なのでガワン先生の転生僧の童子も今はガンデン大僧院チャンツェ学堂内の先生のラブラン(居宅)内で養育されている。

 僧侶は他僧院で顕教の哲学の研究を終えて博士(ゲシェ=dge bshes)の学位をとった後、密教を学びにくるいわば留学僧と、最初からギュメに入門して顕教は速成コースで密教は気合いをいれた修行コースを達成し、密教の学位(ガクラムパ=sngags rams pa)を得たギュメたたきあげ僧侶の二種類がいる。ちなみに密教というと、何やらいかがわしいことを想像する方が、とくに年配の男性に多いが、戒律は顕教の僧院同様チョー厳しい。女性と僧侶が物陰とか、日没のあとの本堂とかに二人っきりで立ち話なんてシチュエーションすら許されない。ついでにいえば、自分の修行体験を吹聴したものも、僧院をたたき出される。妻帯・飲酒なんでもありの日本のお坊さんとはまったく違う。
 
 とここまで、人ごとのように話して参りましたが、ギュメという伝統的な世界に入っていく以上、入っていく私たちもその一員としてとるべき行いがあります。すなわち、伝統的な檀家=帰依者としての作法をとるということです。

 私は歴史を学んでいるものとして、伝統も、作法も、ダイスキなのでありますが、その私をもってしても、実際その場に身を置いてみますと、大変なものがございました。そこで、この長い前起きを終え、密教大本山ギュメ大僧院の体験記を語ってみたいと思います。

  ギュメはカルナタカ州グルブラにあり、南インドの大都市バンガロールから車で休憩いれて四時間半くらいの見渡す限りのトウモロコシ畑と森の中の (昔に比べて道が良くなったのでこれでも早くなった)チベット難民特別居留地内に建つ。

 我々とギュメの出会いはバンガロールの空港から始まった。平岡理事長(平岡校長の父上)が空港に到着した日、ギュメの管財僧(phyag mdzod)と秘書官(drung yig)とデリーのチベットハウスのアリヤさんがお出迎えにでた。そして我々がマイソールまで到達すると、管長猊下(タシツェリ77才)もそこまでお出迎えに来られていた。

 これはあれだ。かつて貴人を国境にまで送迎にいったあの伝統の作法である。待ち受けているお坊さんたちは、もちろんカター(スカーフ状の絹)を首にかけてくださる(ハワイのレイを想像して)。これは知っている方は知っている「貴人に会う時にわたすカター」(mjal dar)だ。
 と最初の内は感心していたが、だんだんスゴイことになっていった。

 平岡校長「ギュメに入る時は正装して下さいね。セレモニーがありますから」

 実はガンデン大僧院を訪れる際も、灌頂をうける際も「正装」と言われており、それは男性はネクタイ、女性は手と足を露出しないこぎれいな格好を意味する。

ギュメ滞在初日

 我々の乗るバスがギュメに近づくと、本堂に続く道には、何と全山の僧侶400人が全員そろってお出迎えにでていた。まず三歳くらいの小僧さん(カワイイ)からはじまって、児童僧、成年僧、中年僧、壮年僧、老年僧と年齢とキャリア順に並んで、手に手に花(ハイビスカス・ブーゲンビリア・マリーゴールド)、カターをもって渡してくれるのだ。

 これはあれだ伝統の「僧列(ser phreng)」だ。最初の数メートルで首にカターがかかりすぎて雪だるま状態になる。ある程度たまると、別の僧侶がカターを回収にきて、それを列の先にもっていく。うーん、ムダがない。で、何度か雪だるまになって、30分はかけてゲストハウスの前につくと、管長と平岡理事長は施主と応供の挨拶をしっかとかわし、全僧が花びらを空中にまいた。

 その時、私の脳裏にはフビライとパクパ、アルタン=ハーンとダライラマ3世、乾隆帝とチャンキャなどの歴史的な師檀関係が去来していた。

 それから、ゲストハウスの一階で高僧のみの列席する歓迎のお茶会が開かれ、ドゥシという縁起物のごはんが出された。

 平岡校長「今日はこのままお休みください。明日から二日間かけてヤマンタカの法要が午前二時からはじまります。それが無理なら休憩が入った午前五時からです」

 ギュメ滞在二日目

 がんばる人は午前二時から参列したが、自分に甘い私は午前五時から本堂の法要に参加した。本堂の壇上には一番高いところにダライラマ法王の席、その下に管長席、そのずっと下にウムゼ(唱導僧)席がある。僧侶の間を規律をとりしまるゲコ(規律僧)が歩く。

 法要の合間合間に小僧さんが、お茶やナンをくばるため、堂内を出入りする。
 壇上からみて右手には外僧院から留学にきている僧がならび、我々俗人はその外側にしつらえられた席に座った。我々からみて向かい側の列の僧はお経に唱和しているが、私たちの側の僧はみな黙っている。平岡校長の奥様によると、こちらの僧侶は留学組でギュメのお経を知らないからではないかという。

 法要もたけなわとなってくると、夜が白々とあけだし、東側に向いたお堂の入り口から朝日が差し込んでくる。そういえば乾隆帝も午前二時におきて二時間チベット仏教のお経をあげていたよなあ。朝日は本堂で迎えるのがチベット僧院の基本である。

 あー、朝日がまぶしい。

 朝食の後は管長猊下を導師にお迎えして、本堂二階のドルマ・ラカンでチッタマニ・ターラー尊(緑ターラー尊)の灌頂を授かる。本堂ではまだヤマンタカの法要が続いていて、衆僧の読経のうねりの中で頂戴する灌頂は、非常に厳粛なものがあった。
 そして、午後は説法のうまいギュメのガクラムパをお迎えして、法話を拝聴。

 ギュメ滞在三日目

 ヤマンタカの法要は未明より始まったものの、堕落した私は六時から参加した。そして朝食が終わると、午前はクンデリン・ラマを導師にお迎えして、千手千眼観音菩薩の正式な灌頂を賜る。クンデリン・ラマは非常に名のある転生僧である。ダライラマがなくなって次のダライラマが成人するまでの間の空白期間は摂政が政権をとる。この時、摂政をだす寺がラサの四寺(gling bzhi)というのだが、クンデリンはその四寺のうちの一つである。

クンデリン・ラマの初代は第二代ガンデン座主ケドゥプジェの弟にして第六代ガンデン座主のバソ・チューキゲルツェンである。当年とって三十歳。ダライラマ法王が期待する三リンポチェ(リン・リンポチェ、ソン・リンポチェ、クンデリン・リンポチェ)の一角を形成し、非常に謙虚で品格のある、勉強も猛烈にできる方である。それもそのはず、彼の先生は日本にも何度もおみえになっているゲン・ロサン先生である。

 平岡校長いはく「私は今まで転生僧よりも、たたきあげの学僧の方がいいと思うてましたけど、クンデリン・リンポチェはいいですね。今までたくさんのリンポチェにお会いしてきたけど、ダライラマ法王を除いてクンデリン・リンポチェが一番雰囲気がある」と感銘を受けており、私もそう思った。

 そして午後は副管長猊下によるアティシャの菩提道灯論の講話。と淡々と書いているけど、本堂に入るときも、着座する時も三礼(五体投地)を行い、法話や灌頂のさ中は、原則中途退座は許されず、ぴしっと背を伸ばして聞いてなくてはならない。なぜか私はつねに施主の次席に座れ座れと言われるため、目立つため居眠りなんて当然できない。

 ギュメ滞在四日目

 朝の法要において「初めてのお使い」ならぬ、「初めての施主体験」。
 17-18世紀の史料の中には、モンゴル王侯がチベットに「茶を沸かし」にいく(mang ja)という表現が頻出する。これはチベットの大僧院にどーんとお布施をしてその僧院にいる何千人もの僧侶のお茶代(お食事代)をすべて丸抱えにするお布施である。

 私がこの日やったお布施は、これとは別のゲー'gyedというお金を布施するもので、ゲーとは文字通りに「割る」ことで、今回その意味が体で分かった。

 たとえば我々が僧院に日本円にして五万円を寄付すると、ギュメ規模の僧院だと一人あたま50ルピーくらいを手にすることになる。この50ルピーを施主が本堂をねりあるいて一人一人の僧に配るのである。チベット人なら一生に一度はやりたいという大本山での布施。

 その日、腹痛で眠れなかった睡眠不足の頭で本堂に出頭すると、秘書長のニマさんが本堂の前で50ルピー札の札束を手渡してくれた。本堂の中に入ると、中腰になって「修行がんばってくださいね」とかいいながら集まった僧侶の膝の上に一人一人50ルピーを置いていくのである。ちなみに欠席している僧は僧院発行の身分証がおいてあり、その身分証の上に置く。

 管長さんでも50ルピーが二倍になるだけの平等な世界である。
 本堂の成人僧に一通り配り終わると、今度は表にでて、コックさん僧、小僧さん(15才になるまで本堂に入れない)、入院している人などに配る。ああ、これがモンゴル王侯がラサでやりたがったお布施なのか。私はいろいろな意味で正当なチャンネルにのって布施を行ったので、感動も一入であった。

 そして午後はまた正装して本堂へ集合。本堂に全成人僧が集まっており、その前に並べた机に、僧院側の副管長、管長、ウムゼ、施主の平岡理事長以下がならぶ。そしてお一人お一人がスピーチするのだが、この内容がまた伝統的なのである。

 施主は僧侶たちに「しっかり仏教を研究・修行して、ギュメ寺の伝統をまもるように」と呼び掛け、管長や副館長は「施主がこうして毎年ギュメにきてくださることは大変にありがたいことだ。世界にいろいろな宗教があるが、人間の問題にこたえられるのは仏教である。悪い時代に毒されないように戒律をまもり、仏教の修行を続けてその正しい生き方を施主にお見せして、あなたたちのだしたお金はムダになっていない、ことを示さなければならないと。」と呼び掛ける。

 美しい。一人一人のスピーチが終わる度に上品にほほえんで拍手しているうちに、なったことないけど皇族になって公務をやっているような気分になってきた。

 副管長、あなたの話はいい話だけど長い。もう少しコンパクトにしてくれ。 

 そのあと、管長先生と副管長先生のお部屋を表敬訪問。午後も副管長先生のアティシャの講義後半を伺う。

 ギュメ滞在五日目

午前は、管長猊下を導師にお迎えして、白ターラー尊の長寿の灌頂を授かる。これはポピュラーな延命儀礼で、私も何度かガワン先生から日本で授かったことがある。しかし、今回は条件がさらにいい。仏教では、時、処、眷属、説者、法の五つの条件が満たされるととくに素晴らしいとされるが、今回は、施主が眷属となり、ギュメの管長が説者となり、場所が聖地ギュメである。何かとってもききそうな感じであった。

 そしてその昼、ギュメを発つことになるのだが、その際ふたたび全山の僧侶が400人、カターをもって僧列をなしてお見送りをしたのであった。

 バンガロールに向かうバスに揺られながら私は、雅×さまがなぜウツになるのかちょっと分かってきたのであった。「縁あって、ある伝統の中に入って大事にされる立場になったら、その立場を無駄にせず、その伝統を通じて人々に奉仕せよ。」これは確かに正論である。しかしやってみて分かったが、古い伝統の中で自らを空にして自分の役割をひたすら果たし続けるのは、我の強い人には無理。私はチベットの伝統も歴史も文化も大好きであるが、それでも、セレモニーと正装の連続は疲れた。

 しかし、それもゼイタクな話で、この体験はギュメの本堂を再建した、ギュメの施主である平岡一家にご一緒させて頂いたことによって可能となったことを考えると、心より感謝せねばなるまい。本堂を建立した施主というのはやはり特別なので、だからこそ、ギュメも伝統を継承していることを示す気合いの入ったおもてなしを行うのであろう。

 理事長はギュメにとどまらず日本の名神社などの復興にも携わっておられ、曰く「私がお金を集めるのではない。ご本尊さまが必要な額だけ集めてくれる。必要のないものは集まらない」とのことである。自らは空になって伝統の力にあけわたし、その力によって、いろいろなことを達成されてきたということか。ギュメの僧侶たちも空の哲学を自らの意識に実現すべく、日々修行を行い、ひいては世界の抱える様々な問題に答えようとしている。実に立派である。
 
 私の「我」はきっと強すぎるのだな。まあ余生をかけて、少しでも空に近づけるよう努力していこう。

 ※長くなったので、ギュメでの法話、灌頂、インタビューの内容は別項目を立てます。
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