白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2014/09/29(月)   CATEGORY: 未分類
研究者の非リアな夏
 本当はギュメの最終回をアップする順番であるが、明日で九月も終わるため、この夏をまるまるつぶして行ったチベット医学の薬材研究についてのグチあらましを先にアップする。

 チベット医学はインドのアーユルヴェーダ医学に仏教をブレンドした理論をもち、臨床で用いられる薬は、熱帯から寒帯まで存在するチベット高原の豊かな動植物・鉱物を背景に、他に例を見ない豊かな種類と効能を誇っている。

 チベット医は山野を跋渉して薬草の採取を行い、それを乾燥させたり抽出したりして丸薬を作り、地域の人を治療する。この夏、たまたまダンナがアムドの大学に集中講義にいったところ、学生のオジサンがチベット医だったので、ケータイでお話させて戴いた。彼は牧民地域で小さな診療所を開業しており、中国から輸入した西洋薬や漢方を販売する傍ら、ちゃんと山にはいって薬草を採取し伝統的な治療も行っているという。

 「インド医学も中国医学もチベット医学を自らの一部と考えるきらいがありますが、それについてどう思いますか」

 チベット医それぞれの医学にはそれぞれの体系をもつのだから、それぞれでがんばればいい」。
 
 チベットの医学はもちろんインドとも中国とも独立した医学ジャンルであるというわけね。

 「チベット医学のここは素晴らしいというところは」
 チベット医西洋の薬は毎年新しい薬がでてくるが、チベットの薬は千年かわらぬ処方である。

 効くから伝統の処方が継続してきたという誇りを述べられた。

 で、この夏は来年二月にでるチベット医学の専門書の準備にあけくれた。

 この本は第一章で先行研究を扱い、第二章でチベット医学のバイブル『四部医典』の中の、薬材とその効能について述べる箇所の訳註を行い、第三章でチベット語で「トゥンペ」('khrungs dpe)と呼ばれる本草書(薬材事典)の翻訳を行い、第四章で薬材の臨床での実物用例を一覧表にする。

 本書発行の大きな目的は、チベット薬に興味をもち植物学や薬学の知識をもっているけど、チベット語が読めない方に、裨益すること。具体的には『四部医典』を訳註する場合には、チベット人が『四部医典』を読む際に用いる伝統的な二大注釈書『祖先の教え』、『青瑠璃』を用いて解釈する。

 『四部医典』のテクストはいくつもの版があるものの、その内容はほとんど同じで、相違点は字句の綴りくらいのささいなものである。開版された場所が、ブータン、北京、ラサ、デルゲなど距離的にも遠く、また、時間的にも様々な場所で彫られているにもかかわらず、テクストがほとんど同文ということは、チベット人がいかに、聖典の字句をゆるがせにせず受け継いできたかを示している。

 なので、まずはチベット人の理解にもとづく、薬材とその効能の理解を示すことには意味があろう。

 『四部医典』の当該箇所の翻訳はすでに雑誌で発表済みであったとはいえ、十年かけてちんたらやっていたので、訳語の統一とか、文献参照を行っている場所があったりなかったりと一貫性がなく、とてもそのまま使えるようなしろものではなかった。ここでメンバーの一人西脇さんが苦労して注釈をつけなおしてくれ、私がそれを泣く泣く編集した。

 次に、ある薬材の名の下に臨床でどのような学名の動植物・鉱物が実際に用いられているかを扱う第四章の作業は殺人的であった。我々が収集しえた限りの学名の記載のあるチベット薬材の研究書は14冊。初めはこの14冊にみえる学名をまずデータベースに入力し、その情報を総合した結果を出版しようと思っていたのだが、そううまくはいかなかった。

 まず、入力過程で、先行研究に記される学名のラテン語のミススペルがえらい多いこと、また英語の綴りをラテン語風の語尾にした、さまざまなバリエーションの謎の英語名が多いことに気づいた。また中国の植物分類は何か微妙によそと違う。

 ラテン語のミススペルはさすがに訂正するとしても、なんちゃって英語ラテンのバリエーションを統合するかしないかでメンバーはもめた。結局、もう語尾違うならそのまま別項目ってことでのせちゃえ。文献同士の参照関係もわかるから、ということになった。

 そして、運命の9月14日である。ダンナがアムドの某ホテルでデータベースの更新中に、うっかりそれまでの入力情報を消してしまい、バックアップをとっていた8/23日の情報にデータベースは戻ってしまった。

 もうデータベースをとおして情報を訂正したり、たしたりして、それを処理した結果を発表するなどという手順はふんでいる暇はない。そこで、とりあえず、手元にある9/13日時点の処理結果に手作業で必要最低元の情報をたしていくことにした。ローテク・・・。

 何度もいうが入力元の先行研究は14冊。

 メンバーの一人は昼の仕事以外にも老人介護をしており、もう一人は自営業で土日も仕事で夜しか時間はとれず、ダンナはアムドで手元に史料がないため、動けるのは私だけ。決して勤勉ではないこの私だけ。、しかもその14冊の大半は何となく私の研究室に集まってきている。

 関係ないけど、この時、20代の頃、仏教語彙集Mahavyutpattiを作った時を思い出した。あの時も、9565項目を北京版、デルゲ版、チョネ版、ナルタン版、モンゴル大蔵経二版の計6版で校訂する作業を来る日も来る日も続け、廃人になりそうだった。しかも私はもう二十代でない。

こうして昨日、苦労の結果の薬材・属名比定表がとりあえず完成。チラ見せするとこんな感じ。

zokume.jpg

本当はいろいろ注記をつけた方が丁寧なのだが、紙幅の関係もあり、やりだしたらキリがないので、これはデータベースにいずれ入力することとして、以下のような見ようによっちゃかなり言い訳っぽい凡例によって、全力で逃げた(笑)。

(1) 学名は属名のみ挙げた(語頭を大文字表記)。ただし、鉱物類や他に学名がない場合は英語名を採録した(語頭を小文字表記)。
(2) 文献番号は第4章第1節にあげた文献リストの番号に対応する。
(3) 植物の分泌物、動物の体の一部、化石などが薬材として用いられることにより、基原生物の名称とその分泌物や一部分の名前が併存する場合もある。
(4) 代用品の存在などにより、一つの薬材名の名の下に有機物と無機物が混在している場合もある。
(5) ある薬材名称に、花の色、産出地域名称などの修飾語が附された下位名称が存在する場合、下位名称に対応する属名も採択した。ただし、ティクタなど数多くの下位名称をもつ薬材の場合、網羅的な属名の採択は行っていない。

 ちなみに、まだ三章の本草書の訳註は入稿していない。授業は始まるし、論文の締め切りはあるし、別件での訳註の締め切りはあるし、こんな状況なのである。

 すべてを放擲して温泉に行ってしまいたい。
 
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