白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
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DATE: 2015/03/23(月)   CATEGORY: 未分類
雪女、富山ですべる (後) 薬都富山をいく
 (前回のあらすじ)「チベット伝統医学の本を出版したので、写本の所蔵元にご挨拶にきたら大雪だった」

 一夜明けて外を見ると、雪がまっている。よく天気予報で「スジ状の雲」が雪を降らすというが、富山にくる前はこの筋状の雲って鰯雲のようにイメージしていたけど、実際は雪が上がって日が差したかと思うと、またすぐ雪が降り出すような天気だった。たぶん、この波状の天気が「筋状の雲」の正体である。何事も体験しないと分からない。

 午後一の富山大学薬学部の訪問を前に、午前はホテルから近い広貫堂資料館に行くことにする。

 富山藩はかつて全国にその名をはせた富山の薬売りの総本山である。彼らの販売する薬の中でももっとも名高いものは「反魂丹」とその名も死んだものもよみがえる効き目の薬であった。明治に入り、廃藩置県で富山藩はなくなり、近代的な薬事法が導入されたため、硫化水銀を用いる反魂丹も制作はかなわなくなった。
富山の薬売り5

 富山の薬売りを統轄していた役所反魂丹も閉鎖となった。ここで薬売りたちはお金をだしあって広貫堂という名の会社組織をつくり、お役所「反魂丹」のトップを会社の総理(初代社長)に迎え、役人もみな横滑りで採用して、近代の変動に対応したのである。もちろん硫化水銀を用いた反魂丹はもう薬事法に触れてつくれないため、法律に許可される範囲内で伝統的な生薬--地黄や熊胆など---を販売した。

 広貫堂はあの「ケロリン」のナイガイ製薬よりも遙かに古い製薬会社なのである。資料館は道に面しておらず広貫堂の工場のたつ敷地内にあるので、間違えないように。訪問者にはもれなく広貫堂のスタミナドリンクがプレゼントされるのもうれしい。
薬の包装紙

 資料館入り口の富山の薬売りのマネキンの前で、どこぞのマスコミが北陸新幹線開業特集のためか、テンション高く画像収録をしているが演じるのも一人、撮影も一人なので寂しい感じ。

資料館の「反魂丹」の看板みているうちに、突然、なき母が口にしていた「越中富山のハンゴンタン、鼻×そ丸めて万金丹」という意味不明な口上を思い出した。私は資料館の係のかたに

私「あの口上のハンゴンタンって漢字で反魂丹で、薬名であると同時に富山藩の厚生省だったんですね、深いわー」と言うと

資料館の方「団体がいらしたらこのお話をするんですが、特別にお話しましょう。その口上は正式には『世の妙薬と言えば、越中富山の反魂丹、それにひきかえ鼻×そ丸めて万金丹、そんなの飲む奴あんぽんたん』というのです。万金丹とはかつてお伊勢参りのお土産に買って帰る万能薬だったのですが、お伊勢参りの流行とともに万金丹も飛ぶようにうれたため、ニセモノも大量に出回りました。そのことが、『万金丹という名前をつければ鼻くそ丸めても売れた』という口上をうんだのです。もちろんこれ(フルバージョンの方)は富山の人が富山の薬を売るために作ったものだと思いますが」

「おお。『タン』で脚韻んでますね。長年意味の分からなかったものが突如霧が晴れたように解決しました。ありがとうございます」

さて、その後、お寿司屋さんカウンター席に座って、昼食をとりながら富山の話しをいろいろ伺い、その後、雪のふりしきる中、富山大学に向かうバスに乗る。

 富山大学の五福キャンパスは市内の路面電車の終点にあるものの、薬学部は市内から遠く離れた岡の上、杉谷キャンパスにある。付属病院が併設されているためまあバスの便は悪くない。薬学部は正門正面奥の建物であるが、折しも工事中で通りがかりの人が案内してくれなければ迂回路は分からなかった。訪問先は和漢医薬総合研究所の小松かつ子先生の研究室である。小松先生はアーユルヴェーダ学会の会長であった富山医科薬科大学名誉教授の難波恒雄先生の直弟子であり、同学会の理事もつとめていらっしゃり、難波先生の死後、難波先生が世界中から集めた、インド、チベット、韓国、インドネシア、タイ、朝鮮、などの伝統医学の薬材標本を、それぞれの地域から伝統医学の先生たちをお招きして整理・分類・研究したデータベースを作っていらっしゃる(一部は一般にも公開中)。
難波恒夫

 私は伝統医学の薬材の現代薬への利用の橋渡しのような話しを興味深く伺い、先生は実は歴史がお好きだとかで、私のダライラマ13世のチベット医学復興語りを興味深そうに聞いてくださる。お話が一通り終わると、薬学部に併設されている民族薬物資料館(HPはこちらから)の館長先生の伏見裕利先生をご紹介くださり、見学できるように取りはからってくださる。難波先生が世界中から集めてこられた薬材は今この資料館に所蔵されている。

 ネットで見ると、この資料館は年に三回くらいしか一般公開していないので、見学は諦めていたのだが、富山大学薬学部の学生はもちろん実習に用いているし、研究者が来た場合も開けているとのことで、閉まりっぱなしではない、とのことである。

 小松先生の元を辞去して急いで資料館の入り口に向かうと、資料館正面入り口の前がシャーベット状の雪でぐしゃぐしゃになっていて、あっと思った時にはもう転んでいた。思い切り内股の腱を伸ばして痛いのなんの。とくにしゃがんだ状態から立つ時が地獄。

 伏見先生は難波先生の最後のお弟子さんだとのことで、資料館のセクションを順に案内してくださる。チベットからはちゃんとメンツィーカンからダワ先生が招聘されたとのことで、チベットの薬材には美しいチベット文字でラベルが貼られている。また、『四部医典』を図解した80枚の医学絵画の一部が展示されているので来歴を伺うと、難波先生がラサで全部手写させたものが一セット納入されているとのこと。モンゴルの薬にはキリル文字と旧文字の両方でラベルがはってあり、資料館にモンゴルの方が訪れた際寄贈したのか、モンゴル旧文字の習字がはってある。何と書いてあるのかと伏見先生に聞かれたので。

「ああ、これ『富山大学』ってモンゴル語で大書してるんですよ。モンゴル人の習字って、チンギス・ハーン、とかフフ・モンゴル(青きモンゴル)、とかなんか固有名詞多いんですよねー」といったらうけた。

伏見先生からは少部数しか刷られていない、モンゴル薬草図鑑をサイン入りで頂戴してしまい恐縮する。モンゴル医学もチベット医学を翻訳しているので、同じ『四部医典』を聖典として奉じている。この日は一生分の薬材を見せて頂いた。

 突然ですが豆知識。富山大学の五福キャンパスにはラフカディオ・ハーンの蔵書と研究書を集めたへルン文庫があり、月二回一般公開されている(詳しくはコチラ)。また、この富山大学図書館は旧高専の図書館も併合しているので満洲国関連の資料も多い。富山大学は研究者にとってはなかなかに魅力的な大学なのである。

 このあと私は帰り着くなりひたすら温泉につかって痛めた腱を湯治する。これがきいたのか、最初の晩はあまりに痛いので、朝一で医者にいって鎮痛剤をもらわんと帰れないかと思ったが、翌朝起きてみると、若干足がむくんで痛みはあるものの、なんとかなった。
 そこで調子にのって最終日に富山売薬資料館にいく。なぜかというと広貫堂資料館での聞き込みによると、反魂丹のレシピが公開されているというから。今は薬事法にふれて売れないこの薬も将来末期がんとかになって健康を心配することもなくなったら、頼ることもあるかもしれない。従って、一応作り方を控えておく。反魂丹のレシピの下には原材料の生薬が標本になっていて、昨日の資料館と同じ感じのプレゼンをしている。
薬材タナ

 その後富山駅前に戻り、CICビル5Fにある広貫堂プレゼンツのくすりミュージアムを訪れる。ここは富山の薬売りを先進的なビジネスモデルとして紹介する空間(まず使わせて、使った分だけお金をとるという後払いシステム、または、顧客情報のストックの仕方etc.)。お昼は薬膳カフェ春々(ちゅんちゅん)で薬膳カレーをいただく。なぜこのカフェがちゅんちゅんなのかというと、広貫堂の商標が羽を広げた二羽の雀だから、ちゅんちゅん。ダジャレである。

 こうして三日間にわたる薬都訪問をおえ、痛む足をひきずり羽田に戻ったのであった。余談であるが、この時、生薬の薬材標本を大量に見続けたためか、それからしばらく、薬材標本のある部屋を部屋から部屋へさまよい歩く夢を見ることとなった。
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COMMENT

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miyacoma | URL | 2015/03/24(火) 17:58 [EDIT]
先生、薬都の旅満喫されたようで何よりです。
母の実家は薬種商(売薬さんの問屋)だし、父方の祖父は昔廣貫堂に置き薬の箱を納めていたらしいので、立山と海の幸だけではない富山の記事たのしく拝読しました。
先にお伝えした富山情報は乏しい内容でしたのに、短い日程の中でしっかりディープな富山地歴情報を収集されていて、さすがです~。
合掌集落に行かれるとお聞きしたので、低気圧襲来の報に気になってライブカメラを見たら、画面がすっかりホワイトアウトしてた…よく言えば、またとない雪国体験ですね(それでも、昔に比べ積もらなくなったようですよ)。
転んだ足はいかがですか?まだ痛むようなら、富山風に言う『あやまち医者』へぜひ?!
● miyacomaさん
白雪姫 | URL | 2015/03/26(木) 16:51 [EDIT]
その節は富山情報ありがとうございました。いや、集落ではヒザまで埋まりました。今まで雪国に憧れていたのですが、半日でおなかいっぱいになりました。見ている分には美しかったですが。二泊三日楽しかったです。ありがとうございました。、

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