白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2015/06/13(土)   CATEGORY: 未分類
「バードマン」エチェコバルとフランスの鳥類学
今年の就活解禁が例年より遅いため四年生はみな不安そうである。去年までのスケジュールの方が、大学の授業に響かなかったのに、なぜ経済界も文部省もやることなすこと、学級崩壊の手助けばかりしてくれるのだろうか。過去の中国で科挙が隆盛すると学校教育がおろそかになり、学問が「試験にとおるための勉強」になり世の中がどんどん腐敗していったが、とにかく就活を突破することのみに学生生活を収斂していく学生を見ていると、なんか清朝の学政(省の校長先生)の気分になってくる。

私の見たところ三年生の優先順位はサークルor自分の趣味 > バイト > 学校 の順で、四年になると、就活>就活>就活。って、全部就活やん。しかし、四年生は「何か息苦しい」とか強い不安を示しているのを見ると、かわいそうになってきて、「私はゼンソクの時以外は息苦しくないわー」といって笑わせようと思ったが、すべった。

そんな中、ぜんぜんめでたくない私の誕生日がやってきた (誕生日がめでたいのは20まで)。まず、二日前の木曜日、院生のHちゃんとIくんふたりが仲良く教室の外で待っていてくれてMotta No.7のオカメインコカラーのハンカチを手渡してくれた。この二人はつきあいが長いので微妙に含み笑いをしている。次の時間には院生のIくんが、気を遣ってインコクリアファイルにインコ付箋をプレゼントしてくれる。Iくんは4月からのつきあいなのになぜインコ好きを知っているのだろう。
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 そして家には、あくび母様から写真のワインとアンヨのかわいい舶来のオカメインコぬいぐるみ(リアルでカワイイ)、Tさんからインコクリップが届いていた。みなさん、ありがとうございます。
オカメワイン
 そして金曜日は今就活でいっぱいいっぱいのはずの四年生たちが、お祝いしてくれた。ほんと良い子たちだ。私は育て方を間違っていなかった(て私が育てたんじゃない)。
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で、当日はダンナと横浜のモントレーホテルの二階で海を見ながら、といいたいところだが、二階なので並木道しか見えないけど会席料理をいただく。そのあと象の鼻公園、赤煉瓦倉庫まで歩くと、良いお天気で湾内でドラゴンボートレースをやっている。平和である。

  そして誕生日から何日か過ぎた頃、アマゾンから鳥図鑑が届いた。大学にいく直前だったので「ダンナのプレゼントかな」とよく見ないででかけたが、帰ってきてよく見るとHさんからの贈り物だった。そこで読み始めてただの鳥の図鑑ではないことに気づく。フランスの鳥類学の歴史や自然史博物館のなりたちが、バード・マンと呼ばれたエチェコバルの実際の書簡を引用しながら述べられている。さらに、鳥類学がどういう学問なのか、具体的には標本の作り方(しかし、これには正直ドンビキした)、フィールド、記録のとり方、自然保護、一般の啓蒙、国際会議などが分かるようになっている。フランスは嫌いだが(オイオイ)、こういう啓蒙書をみると日本は負けていると思わざるを得ない。
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 高校生のうちに私がこの本を読んでいたら鳥類学者をめざしていただろうな。もう少し若かったらな。去年北海道のNさんがヨウムの知能がべらぼーに高いことを証明したアイリーン・ペパーバーグ博士の『アレックスと私』も、面白かったが、この図鑑はもっと具体的に鳥類学の仕事がわかり、博物館の仕事が博物学の蒐集の時代から自然保護の時代へと変化していく歴史も手に取るように分かった。

 海をこえ、国境をこえる鳥の世界は、腐った人間に啓示を与えてくれる存在として捉えられてきた。アッシジの聖フランチェスコは鳥を「翼をもった友人」といい、日本の鳥類学の祖山階芳麿殿下は鳥を「聖なるもの」と捉えていた。第二次世界大戦期にイギリスの首相をつとめたチャーチルもオウムを友人としていた。鳥の言葉を理解することができた「バードマン」たちは、そろって現在の文明がまじでヤバイことを警告している。

 以下は、『フランスの美しい鳥の絵図鑑』から私が作った読書メモである。
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フランスの自然史博物館の歴史
 王室の庭園の監督官であったビュフォン伯(1707-1788)は植物園を作り薬草を栽培し、自然史陳列室を通った。ビュフォンの死後の1793年、彼の遺産は国立自然史博物館へと名前を変えた。現在この地はパリ植物園となっており、そのど真ん中に鳥を手にして座るビュフォンの銅像がたつ。園の南側の通りは伯の名にちなんでビュフォン通(Buffon St)と名付けられ、フランスの鳥類学研究所がある。

ロベール・ダニエル・エチェコパル(1905-1990)
 この本の主人公。バスク人。法学博士を取得し公証人の研修中であったが、仕事で自然史博物館にいったことが運の尽きとなり、法学を捨てて1934年に鳥類学の道へ。わたり鳥に足輪(Ring)をつけて国境を越えたデータを集めるべく、「ヨーロッパ鳥の足輪協会」(EURING)をたちあげ、1963年に初回の会議が開催された。1967年にはイランとアフガニスタンにパリから陸路でかけて調査にいく。その後、この地域は戦乱に巻き込まれたため、この調査結果は貴重な資料となっている。てか、陸路でパリからアフガニスタンまでいくなんて、バーミヤンの大仏がタリバンにぶっとばされて、イスラム国が西アジア跋扈してる現在には考えられないルートである。以下、エチェコパルのご学友のバード・マンたちのブロフが続く。まず一番の親友のポール・バリュエルから。

ポール・バリュエル(1901-1982)
フランスの芸術家。祖父はパリ15区の区長をしていたので、15区には彼と同名の祖父にちなんだポール・バリュエル通りがある(つまり彼にちなんでない 笑)。ポールはエンジニアとしてモンマルトルのケーブルカー敷設にかかわるくらい優秀だったたが、エチェコパル同様、そのキャリアをあっさりと捨て、1938年、国立自然史博物館の門を叩いた。彼は幼い頃から絵筆をとって自然を描いていたので、自分の書きためた絵を見せにきたのだ。ここで当時館長だったジャック・ベルリオーズとエチェコバルと出会い、やがて同博物館専属の鳥を描く画家となる。バリュエルは「万物は美を秘めているが、万人がそれを見ることができるわけでない」と鳥の美を見えるように描いていった。絵は独学であったためいかなる流派にも属さず、自然のもつありのままの細部表現を追求した。1953年大作『フランス鳥類図譜』の刊行とともに売れっ子になり、「小鳥の肖像画家」と言われるようになる(笑)。

ジャック・ベルリオーズ(1891-1975)
 フランス人。薬学博士。生涯にわたりハチドリを愛し、1949年、国立自然史博物館の所長になる。エチェコパルとバリュエルを暖かく見守った当時の所長。引退後は、1966年、鳥類保護連盟(1966)の副総裁になった。国際的な知名度をもち鳥に関するあらゆるクラブ、協会、団体の名誉会員である。

フランソワ・ユウ(1905-1972)
 フランス人。エチェコバルとともに12年にわたり北アフリカと中東をへめぐってこれらの地域の鳥についての研究書を刊行した。1967年に国立自然保護協会の会長に就任し、自然保護地区の設立に向けて働く。すでに半世紀前には、エチェコバルとユウは森林の減少、農業・農薬あらゆる汚染のもたらす害悪に警鐘を鳴らしていた。

オリヴィエ・メシアン(1908-1992)
 フランスの作曲家。鳥のなき声を音符にうつすため、パリの自然史博物館に通い、そこでエチェコバル、ユウ、バリュエルと知り合った。彼の作品の頂点を形成するのは、1983年に発表されたオペラ「アッシジの聖フランチェスコ」。あの鳥や動物の会話を聞き取れたという、チベットでいったらミラレパみたいな能力のあったカトリックの修道士である。彼はこの作品の中で、鳥の世界と霊的なものを融合させた。この作品は鳥類学者にものすごく受けた(笑)。

シドニー・ディロン・リプレー(1913-2001)
 アメリカ人。もと法学を学んでいたが鳥類学に転向(エチェコバルといい、法学はそんなにつまらないのか? 笑)。歴代のアメリカ大統領に働きかけ、スミソニアンを含む八つの博物館と九つの研究所を設立。水鳥を専門とし、18世紀から19世紀の画家を愛し20世紀の画家は後援した。1977年に絶滅しつつあるクイナにささげSwan Song(白鳥の歌とは、「白鳥が死ぬ間際に出す叫び声」のこと。実際の白鳥は死に際でなくても鳴く)をだした。

サリム・アリ博士(1896-1987)
 インド人。南アジアの鳥類学の父。1950年頃、エチェコバルと知り合い、友人に。代表作は『インド及びパキスタンの鳥類大図鑑』(1964-1974)。サリム・アリの友人であった首相ネルーは娘のインディラに本書を送ったため、インディラが成長後、首相になった後、絶滅危惧種の鳥が住む地を保護した。

山階芳麿(1900-1989)殿下
 山階宮の第二皇子。1942年に自らの標本コレクションを公開し山階鳥類研究所を設立。1959年に日本で開催されたた国際鳥類学会議に出席してエチェコバルと殿下は交友関係を結ぶ。1989年に山階殿下が亡くなった時、エチェコバルは以下のような弔辞をよせた。

「今でも1959年に日本を初めて訪れた時のことを考えると、心が震えずにはいられません。日本の芸術に霊感を与え、ヨーロッパの芸術家たちにかくも影響をもたらした鳥たち。その鳥たちに出会う喜びは到底言い表すことはできません。・・・・私はもう一つの発見をしました。それは山階博士は鳥たちを聖なるものとして捉え、その生息地もまた聖なるものであり、保護を必要としている。そして我々の人生において鳥たちは貴重な存在である。と考えていたことです。我々はこの地球に共存している鳥たちの将来を思い、人口増加や消えつつある鳥について憂慮を共にしました。」

 以上は私のシュミで歴史部分を紹介しただけで、他にも鳥類学の基礎が、非常にわかりやすく解説されている。さあ、みんな入学祝いに『フランスの美しい鳥の絵図鑑』を送ろう! 賢い子が育つぞ!
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