白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2015/06/16(火)   CATEGORY: 未分類
富岡コレクションの近世の禅画
早稲田大学でミュージアム・ウイークやっているので、三年ゼミ生とともに学内の会津八一記念館を訪れた。ミュージアム・ウイークとはぶっちゃけ「みなさん学内の博物館を利用してください」強化月間である。記念館の内部には大隈重信侯に捧げた部屋とか、特別展の部屋とかいろいろあるが、我々が目指すのは「近世の禅画」展をやっている富岡重憲コレクション展示室である。
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富岡コレクションとは日本重化学工業の初代社長である富岡重憲氏のコレクショであり、かつては大田区山王の富岡美術館の所蔵品であった。しかし、どういう事情か分からないけど2004年にここが閉館し、コレクションと富岡美術館学芸課長である浅井京子先生がそっくりそのまま早稲田に移籍した。早稲田にきたのは富岡重憲氏のお孫さんが早稲田卒だったことによるご縁らしい。
 浅井先生は現在早稲田大学會津八一記念博物館特任教授であり、禅画がご専門だというので、。今回ずうずうしい私が交渉してお話を聞かせていただけることになった。

浅井先生「富岡コレクションの中核をなすのは、近世の禅画と中国の磁器です。仙崖は出光美術館、白隠は永青文庫にまとまったコレクションがあるのは知られていますが、富岡コレクションにも白隠(1686-1769)と仙崖(1750-1837)が半々くらいあります。白隠については秋に展示をする予定なので、今回の展示品からは抜いてあります。一年に5回展示替えを行っていて、この展示が終わった後は、陶磁展を行います。私は今年で退職ですが、2004年から禅画を順に展示してきて、大体全部みせおわったかなと
 
浅井先生 「本コレクションには早稲田の四天王の一人市島春城の印章コレクションがあります。市島春城は四天王の中でももっとも知名度が低いのですが、初代図書館長の立派な方です。彼の書簡を研究することでどの印章が誰の号なのかどこで用いられていたのかをかなり同定できました。

 私「早稲田の四天王って誰でしたっけ? 大隈重信は入りますよね?
 浅井先生、失笑。
 私「あっそうか。四天王って仏様のガードマンだから、仏ははいりませんよね。じゃあ初代文学部長の坪内逍遙、小野梓、市島春城ときて、あと誰でしたっけ?

浅井先生「高田早苗です。どうしても市島春城が一番知名度が低くなりますが、大隈銅像後ろにある大正天皇お手植えの月桂樹の碑文は市島春城の弟子がたてたものですよ

学生「先生、あの○の形の絵は何ですか

浅井先生「円相です。円相は始めもなければ終わりもない、完全なこと、を示しています。毎日○を描いていると最期にはコンパスで描いたような綺麗な円が描けるようになるんですよ。円相と達磨は禅画のテーマとして人気があるので、今回は複数作品を並べて展示し、同じ画題を人によってどう異なった表現をするのかをみてもらえるようにしました。

私「この円をみて焼酎を思い浮かべた人は教養がないと思われるので、気をつけて

展示されていた禅画の意味をざっぱに紹介。

●「達磨図」
 南インドから海路中国にやってきて少林寺で壁に向かって三年座禅したことで有名な、中国の禅宗の祖。達磨はサンスクリット語でdharma(法)の音写だからインド人に見えるが、禅宗は中国にしかない仏教の流派であり、その教義もインド仏教と隔たっている。また、達磨さんがインドからきたことを裏付ける史料もないため、達磨さんが実在の人であるかどうかは分からない。しかし、少なくと禅宗の人々は自らの宗派の起源をインドに求めて、彼の肖像画を修行の一環としてよく描いた。

●「大燈国師が瓜を前に橋の下に寝ているの図」
 花園天皇が大燈国師を宮中に召し出そうとして使いを送った。五条の橋の下にいるというのだが、橋の下にはたくさんの乞食がいてどれか国師だか分からない。そこで使いは国師が瓜がすきだというのを知っていたので「この瓜を足なしでとりにこい」といったら、乞食の一人が「じゃあ手なしでわたせ」と答えたので、この方こそ大燈国師だと分かった。

●「慈明引錐図」 
 慈明が夜も寝ずにひたすら座禅修行をしている時、眠気を払うために自らの膝に錐をつきたて、コックリしたらぶすっと刺さるようにした図。
 
●「香厳(きょうげん)撃竹図」 
 香厳が庭の掃除をしていて、帚が石を飛ばして竹にあたった、そのスコーンという音を聞いて覚りを開いたその瞬間。

●「寒山拾得図」
 森鴎外や坪内逍遙の作品で取り上げられた寒山拾得である。鴎外の小説では、唐の時代天台国清寺にいたといわれる謎の二人組で、普賢(慈悲)と文殊(智慧)の化身とされている。寒山の詩は禅の世界ではよく愛読されている。。

 禅は中国で発達した仏教の流派で、日本でも臨済宗、黄檗宗、曹洞宗などが中国から法統をついでいる。禅の覚りとは、座禅を続けるうちに何かのきっかけでうまれる気づきである。その覚った瞬間が水墨画の様々な画題となっているのだ。
 ちなみに、チベット仏教の最大宗派のゲルク派はこれとまったく逆で、仏教思想を最低でも15年かけて習得して、その後その内容を密教によって徐々に意識に実現していくので、かなり禅とは対照的である。8世紀にチベットの初の大僧院サムエで、インド仏教の代表者と中国仏教の代表者がディベートして前者が勝ったことにより、インド仏教が優勢になったと言われているが、実際はチベット仏教のニンマ派などの行法は禅の影響があると言われている。

 浅井先生「禅画はみなそれぞれが感じるままに見ればいいと思います。私は長い間、仙崖の禅画は70代の時に描いたものが一番素晴らしいと思っていましたが、60を超えてみると、80代になって描いたものが良いと思えるようなりました。みなさんは今20代ですから、20代にしかない感性を持っています。だからその感性で一番良いと思うものを選んでください。
 作品の保護のために適温は20度です。この中はつねに20度に保たれていますが夏は寒すぎるので24度にしています。外は暑くてもここは涼しいので是非来館してください。


私「それって涼みに来て下さいってことですよね。本来の鑑賞の仕方があてにされていない・・・。

 浅井先生のお話を聞いていると、いかに富岡コレクションを愛し知り尽くしいるかが伝わってくる。美術館の中で、このコレクションとともにすごし、それらを研究し展示することが先生の天職であったのだ。ヨーロッパでは名門美術館のキュレーターは大学の教授なみかそれ以上の肩書きになるのもむべなるかな。

富岡コレクションと浅井先生についてはここに読売オンラインの記事があります。
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| | 2015/06/19(金) 08:09 [EDIT]
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