白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2015/07/21(火)   CATEGORY: 未分類
テンジン・デレク・リンポチェ遷化
 テンジン・デレクリンポチェのご冥福をお祈りします。
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リンポチェは、ナクチュカの出身で、地域に僧院やベット人のための小学校をたてチベット人に愛されていた。しかし、それが当局のかんに障り2002年に身に覚えのない罪(爆弾テロ!)によって逮捕され同年12月に死刑判決を受けた。
 しかし国際的な批判が高まり、当局はリンポチェの刑期を終身刑、さらに20年に減刑した。国際社会のリンポチェ解放の働きかけはずっと行われていたが、なんと7月13日、テンジン・デレク・リンポチェの突然の訃報が発表された。 家族ですら面会を許された最期が2013年であり、遺体も返還されないことから、正確な死期も死因も不明である。当局はリンポチェが医者を自分から拒否してい死んだという。
 この当局の一方的な発表を聞いて、アパルトヘイトが盛んなりし頃、警察に連れて行かれた活動家スティーブ・ビコ(1946-77)が死んだ事件を思い出した。南ア政府はビコがハンガー・ストライキで死んだと発表したが、南アデイリーの編集長がビコの妻とともに遺体を検死したところ、全身、とくに頭部に殴られた傷があり、本当の死因は警察署内でのリンチであったことが明るみにでた。それを明らかにしたら、デイリーの編集長、白人だったけど相次ぐ脅迫をうけてイギリスに亡命した。
 こんなことを思い出すのも、中国当局が16日にリンポチェの遺体を火葬にして死因を明らかにしなかったことによる。ちなみに、リンポチェの作った貧しいチベット人のための小学校は今では養鶏場となり、移民の漢人が住みつき子育てをしている。

 先週末はリンポチェの死を悼み、中国政府に抗議する集会が世界中で行われた。

 英語が読める方はHuman Rights Watch, Student for Free Tibet, Amnestyなど人権団体のキーワードとTenzin Delekで検索してみてください。以下に英語が読めない方のために日本語で読めるサイトをはります。BBCは適当な拙訳です。

訃報をつたえるBBC
チベット僧テンジン・デレク・リンポチェが中国の監獄で獄中死 
 BBC 2015年7月13日

家族や人権団体によると、著名なチベット僧が13年の服役の後に獄中死した。
テンジン・デレク・リンポチェ(65)は国家分裂罪と2002年成都でおきた爆弾テロの容疑で20年の刑期に服していた。
テンジン・デレクは国策逮捕であるとして一貫して無実を主張していた。アメリカとEUと人権団体は当時リンポチェの刑期を批判し、即時解放を求めた。

自由チベット学生運動(Student for Free Tibet)によると、テンジン・デレク氏が収監されていた成都の南西にある警察署が、日曜日リンポチェの親族に彼の死を告げたという。インドに住むリンポチェの従兄弟ゲシェ・ニマはロイターに彼の死因は不明であると言っている。フリー・チベット人権団体によると、リンポチェの家族は遺体の返還を求めたが、看守によって拒否されたという。四川のDazhu地域の公安警察はテンジン・デレクの死をAP通信に対して認めたが、詳細を話すことは拒絶した。

リンポチェはもともと2002年に死刑判決をうけており、後に終身刑に減刑され、それから20年の刑期になっていた。テンジン・デレクとともに爆弾テロの容疑でつかまったロサン・トンドゥプはすでに2003年に死刑に処されている。

人権団体は中国をチベットの文化と表現の自由を抑圧し、亡命中のチベット仏教の精神的な指導者ダライラマを支持した僧を拘束していると糾弾している。しかし、中国政府はチベット経済は彼らの支配の下で飛躍的に発展し、チベット社会は十分に権限を与えられて自治を享受していると主張している。

1959年、反中国蜂起が失敗に終わった後、ダライラマ14世はチベットから逃れ、インドに亡命政権を樹立している。


チベットnowルンタ このサイトはこれまでの経緯が日本人の視点からまとめられている。

●リンポチェ解放をめぐる亡命社会の働きかけと挫折の繰り返しはダライラマ日本代表事務所のサイトによくまとまっている。以下の記事はみな←にリンク先あり。

• 2015/07/17英国政府が獄中で逝去したテンジン・デレク・リンポチェを哀悼
• 2015/07/17中国当局の発砲で負傷したチベット人の痛ましい画像
• 2015/07/17EUが獄中で亡くなったテンジン・デレク・リンポチェに哀悼の意を表明
• 2015/07/15中国の刑務所にて、テンジン・デレック・リンポチェ死去
• 2009/12/17中国に郡曲地区での行動に自制を促すよう、人権団体に要請
• 2009/12/12中国が郡曲地区における事態の封じ込めに向けて軍を増派
• 2007/07/31チベット人ら、テンジン・デレク・リンポチェ監禁に抗議し抑留される
• 2005/01/27トゥルク・テンジン・デレクの死刑判決が終身刑に減刑
• 2004/12/07速報! 米国上院 満場一致でトゥルク・テンジン・デレク決議を通過
• 2004/12/03ロンドン 徹夜のキャンドル行進  写真&追記
• 2004/12/02ダライ・ラマ トゥルク・テンジン・デレクの死刑赦免を中国に強く要求
• 2004/12/02カナダ政府 トゥルク・テンジン・デレクの処刑を止めるよう中国に求める
• 2004/12/02チベット青年会議 カトマンズでキャンドル行進
• 2004/12/01チベット問題を考える議員連盟 緊急プレスリリース
• 2004/12/01SFTイギリス支部&在英チベット人 ロンドンで徹夜のキャンドル行進
• 2004/11/30カナダ・バンクーバー 中国領事館前にチベット人&チベットサポーターが座り込み
• 2004/11/30トゥルク・テンジン・デレク解放を呼びかけるために ゲシェー・ロプサン・テンパ、スコットランド国会へ
• 2004/11/29トゥルク・テンジン・デレク問題 カナダ国会が声明
• 2004/11/27フランス共産党 死刑執行猶予中のチベット人僧侶の釈放を求める
• 2004/11/27チベット青年会議デリー支部メンバー 中国大使館前に突進
• 2004/11/25『デレクフィケーション』 2カ月間リレーハンガーストライキがダラムサラからスタート
• 2004/11/21【写真特集】フランスのチベット人&チベットサポーター トゥルク・テンジン・デレクの釈放へと立ち上がる
• 2004/11/20チベット青年会議地方部もハンガーストライキ決行  アナン国連事務総長に血判の署名状提出へ
• 2004/11/19ンガワン・サンドル 米国議会委員会で証言 トゥルク・テンジン・デレク釈放にアメリカ介入の必要性を主張
• 2004/11/18インドのセレブ チベット青年会議のハンガーストライキを応援
• 2004/11/18米国務省 トゥルク・テンジン・デレクの裁判に懸念を表明
• 2004/11/18イギリス 在英チベット人がトゥルク・テンジン・デレクの早期釈放を要求
• 2004/11/16フランス トゥルク・テンジン・デレクの釈放を求める
• 2004/11/12ドイツ トゥルク・テンジン・デレクのための平和行進「希望の壁」 中間地点に届く
• 2004/11/10チベット青年会議ハンガーストライキへ トゥルク・テンジン・デレクの死刑判決差し戻しを要求
• 2004/11/08モンパ族 トゥルク・テンジン・デレクの釈放を要求
• 2004/04/02イタリア国会、 トゥルク・テンジン・デレクの死刑執行ストップ要求を決議
• 2003/05/13危機にさらされているチベット人囚人たちの健康状態
• 2003/03/13中国、トゥルク・テンジン・デレク関連で次々と縁故者たちを逮捕
• 2003/02/27胡錦涛宛のロプサン・トントゥプ処刑を非難する書簡にアメリカ連邦議会の79名が署名
• 2003/02/05ロプサン・トントゥプの死刑執行に対する欧州連合(EU )の宣言
• 2003/01/31ロプサン・トントゥプ死刑関連:欧州議会が欧州連合に強く要請、第59回国連人権委員会で「中国に対する非難決議案」提出を!
• 2003/01/30 ロプサン・トントゥプ 拷問の痕跡
• 2003/01/29ロプサン・トントゥプ死刑 国連人権委員会委員長 中国に書簡
• 2003/01/29ロプサン・トントゥプ死刑 民主活動家 魏京生氏 中国を非難
• 2003/01/27ロプサン・トントゥプの死刑に対する各国の反応
• 2003/01/27チベット亡命政権緊急声明 チベット亡命政権は、ロプサン・トントゥプの死刑執行に深く遺憾の意を表し、トゥルク・テンジン・デレクが同じような目に遭わないよう要求する
• 2003/01/26トゥルク・テンジン・デレクの侍従ロプサン・トントゥプ 中国が死刑執行
• 2003/01/21トゥルク・テンジン・デレクの肉声入手 RFAが放送
• 2003/01/10拘留中のトゥルク・テンジン・デレクがハンガーストライキ
• 2002/12/19欧州議会可決 チベットの人権問題および中国により死刑判決を受けた二人のチベット人に関する決議案
• 2002/12/05中国、2人のチベット人に死刑判決
• 2002/08/03トゥルク・テンジン・デレク ダルツェンド(康定)で拘置



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COMMENT

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● ご冥福お祈りします
n | URL | 2015/07/22(水) 08:11 [EDIT]
タシ・ルンポ寺の総院長に占っていただいて、ニマ君の事を日本人に伝えてください、と総院長が仰った事を思い出しました。
占いでは・希望・がキーワードの答えを頂きましたが、占いの答えは複雑でしたが、良い因果関係になりますように。
近い未来赤ちゃんになってリンポチェが帰ってきますように。
そう願っています。
● 哀悼
マサムネ | URL | 2015/07/25(土) 12:24 [EDIT]
法統連綿を祈念致しつつ謹んで哀悼の意を捧げたく存じます。
我が国の国会でプラカード・デモに勤しんでいる選良、こうした事件は採り上げないのでせうか?叫んで妨害するということは秩序を乱しますゆえ、掲示されるだけで良いことなのですけれど。
さて、法統の源を探っておりますと、「ギャロン語」という記事に出会いました。
http://wanli-san.com/ookawasan/P-folder/4Girl-18.pdf
浅学にて理解が殆どありません。
いずれかの記事に関連ございます折には、御教示ありますならば幸いに存じます。

シラユキ | URL | 2015/07/27(月) 15:24 [EDIT]
>マサムネさん
まあでも70年安保の時はもっと暴力的でしたからデモもずいぶんおとなしくなったものだと思います。
私は歴史学で言語学の知識がないのであまり良いアドバイスはできないのですが、ようはチベット語の古い形を残しているので、関西を中心に研究がすすんでいる言語です。
● ギャロン語
マサムネ | URL | 2015/07/30(木) 21:51 [EDIT]
現代チベット語:日本の標準語
ギャロン語:大阪弁
関西方面で研究されている、との御教示に勝手な愚考を得ました笑
そういえば、ロシアで次のような記事がありました。
40年間世界から隔絶され、第二次大戦も知らなかった家族
2013.02.01
http://www.gizmodo.jp/2013/02/40_8.html
確か記事の元ネタになるような邦字書籍もあったやに思われますが、思い出せません。
最近のロシアですら斯くの如し、であればチベットは如何に、ということで関心を得られました。御仏縁と御教示に感謝申し上げます。
● 追伸
マサムネ | URL | 2015/07/30(木) 21:57 [EDIT]
思い出しました。
ワシーリー・ペスコフ著/河野万里子 訳『アガーフィアの森』新潮社, 1995年
御参考
ルイコフ一家
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%95%E4%B8%80%E5%AE%B6

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