白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
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DATE: 2015/08/31(月)   CATEGORY: 未分類
鴨里資料のデジタル化への道
昨年、四国大学の太田剛先生を依り代としてあの世から呼び出しがあったため、 淡路島にある祖母の曾祖父岡田鴨里の墓所(とはいっても山の上で土葬)に詣でた。その時、岡田家の墓を守り続けてくださっている栄福寺さまにご挨拶に伺ったところ、淡路の岡田家はすでに東京に居を移し、鴨里関係の資料はどこかの博物館に寄贈したといっていたと言う。
21707.jpg

 そこで、東京に戻ってすぐ、栄福寺さんから伺ったその東京にうつった岡田家の電話番号に連絡をとったところ、資料の寄贈先は神奈川県立博物館である旨を教えてくださった。
 
 何とご先祖の資料がうちのすぐ近くにあったのである! そこでとりあえず見せて頂こうと歴史博物館に連絡をとると、担当の方が「今は四月で忙しいので、五月にしてくれ」と言われた。しかし、そのまま忙しくなったため、放置したまま一年が過ぎた。

 なぜすぐに足を運ばなかったのかといえば、歴史博物館のサイトを鴨里で検索しても何もでてこないので、この資料は未整理か、少量か、重要でないか、いすせれにせよ否定的な理由があるのだろう、また、未整理なら、自分は日本史にうとく整理に貢献できないため、そんな人間がいきなり連絡しても向こうも迷惑だろうと思ったからだ。

 しかし、今年のお盆である。急にご先祖さまのことが気になりだし(何しろ儒教で土葬だからたぶん輪廻してない)、久方ぶりに博物館と連絡をとろうという気持ちになった。そこで

私「子孫です。文書研究の能力はありませんが、資料みせてください」

 と赤裸々に申し込んでみた。すると、担当の学芸員の方が今お盆休みであるいう。そこで「別の方でもいいですが」と食い下がると、「担当でないとちょっと分かりません」とのこと。もうご縁がないのかと不安になるものの、三度目の正直を信じて、学芸員の方のお休みがあけるという19日にアポイントをとり、馬車道の神奈川県立歴史博物館に向かったのであった。

博物館の入り口は地下鉄の出口をでたすぐの場所にあり、絶好のロケーション。にしても明治37年に横浜正金銀行本店として建てられた建物はすごいレトロ。元が銀行であることにちなみ常設展のチケットがお札の上に仏像というデザインなのにはワロタ。受付に出頭して名乗りを上げると、担当の学芸員の方は会議室でまっているとのこと。「なんで会議室なんだろう。」と不思議に思いつつも会議室へ。

 ちょうど私を探しにでてきた学芸員のKさんと鉢合わせて、一緒に会議室に入ると、議長席には茶箱が二箱、それ以外にも何か箱があり、下には台車があった。鴨里の資料、こんなに量があったのか(点数は800点以上!)。だから会議室なのか。去年四月に断られたのは四月で会議室の調整がつかなかったのかもしれない。

Kさん「ここに資料のリストがあります。この資料群は昭和43年に、これは博物館が発足した年だったんですが、預かりという形でやってきました。もう岡田家の方であらかじめ分類・整理をされていたのでリスト化は楽でした。その後管理もできないからということで完全に寄贈されたのです。」

参考までに分類タイトルを以下に転写。
岡田鴨里資料目録
A. 岡田鴨里遺稿(『蜂須賀家家記』の自筆原本と自筆の資料) No.1-92
B. 岡田鴨里遺稿(『日本外史補』の自筆原本と自筆の資料) No.93-164
C.『日本外史補』関係資料 165-269
D.岡田鴨里遺稿並師弟交遊関係者遺稿 270-314
E.明治維新資料  No.292-374
F.諸儒詩文稿  No.404-435
G.岡田真関係  No.449-581
H.岡田文平関係  No.582-718
I.岡田秀夫関係  No.719-725
J.諸書  No.726-740
L.諸雑物  No.741-767
追加  No.768-800
淡路島稲田騒動檄文
K. 掛け軸及び巻物  No.801-818

「博物館に個人の家の資料がこのような形で入ることはよくある話なのですか。」

Kさん「大体神奈川県内の名主さんの末裔が、家を建て替える時とかに処理に困って申し出られる場合が多いです。岡田家のケースは私の前前職の方が受け入れたので詳しいことは分かりません」
整理の仕方

 そうしてKさんは資料を机の上にどんどんもってきてくださる。

「わっ、これ日本外史補の原本じゃないですか。しかも鴨里の真筆だ。私でも読める楷書体で書いてある。」

Kさんまた別の束をもってきて

Kさん「これは外史補を書くために鴨里があつめた資料群です。刊本は珍しくないですが鴨里の書き込みとかもあるんですよね。」

「昔はコピーがないから資料は手書きで写して集めたんですね~。わ、稲田騒動関係の文書がある。これなんて幕末の淡路を研究している人は絶対興味もちますよ。リストもあるし、これだけの量と質なんですから、しかるべき人たちには公開されてきたんですよね。博物館のサイトで検索しても何もでてこなかったんですが」

Kさん「リストの公開はしていません。公開するとこの資料が見たいという方がお見えになるでしょうが、そうなってもここは博物館なので資料を出納したりする機能がなく、対応できる人もいませんから。」

「ということは、この資料がある事を知っている人はいないということですか。それはこの資料の質と量を考えた場合、ちょっとあんまりではないですか。今の時代ですから紙媒体の出版はむりでも、せめてデジタルデータ化して研究者の方に利用して頂くのはどうですか」
全体像jpg

Kさん「予算がありません。それにここは神奈川県立博物館なので神奈川県に関係した文書ならまだしも。科研費とかとってプロジェクトにしてデジタル化するのはいかがですか」

とはいっても、私は東洋史の学者であり、日本史関連のプロジェクトの研究代表者として審査に通るのだろうか。

私「この資料を研究に利用する可能性のある方で研究代表者になってくれそうな人はいませんか」

Kさん賴山陽の日本外史ですら、教科書にのっていいても読む人はいませんからね。その弟子の書いた外史補を研究する人はいないんじゃないですか
 
と身も蓋もないことを言われて博物館を後にしたのであった。

 それから4日後、私は自分の研究のためフィンエアーにのってヘルシンキに向かった。その時、隣にすわった学生風のIさんは、アートの展示について研究している某大の方であった。博物館に詳しい人がわざわざ飛行機で私の隣になるなんて、ご先祖が何かやったとしか思えない。しかもこのIさん、帰りの便まで同じでダンナと出身が同じ地域。

そこで、今の自分の状況をかくかくしかじかとのべてみると、彼はこういった。

Iさん「 文部省のサイトをみれは分かりますが、博物館には登録博物館(913館)、博物館相当施設(349館)、博物館類似施設(4,485)館あり、合計で5,747館があります。前から順に規模が大きい方から小さい方になり、たとえば登録博物館だと、館長と学芸員をおいて研究せねばなりませんが、博物館類似施設、たとえばオルゴール美術館とかは学芸員を置かなくていいなど、ゆるい基準で設置されています。

で、神奈川歴史博物館はむろん登録博物館ですので、博物館法に則って運営されています。博物館法では一に、資料の収集・保存、研究、展示・教育を説いています。つまり、博物館法に則れば、鴨里の資料を収集・保存しても、研究、展示をしていない、誰もそこにあることを知らないという今の状態は義務違反になります。


私「こういう資料は一般的にいってどのような公開のされかたをするんですか」

Iさん「博物館の端末にいけば見られる形にします。近世の資料によっては個人情報が記されている場合があるので、日本全国どこでも全てを公開ということはあまりしません。何を公開にして何を公開にしないかは博物館の判断です」

つまり、Iさんの話にのっとれば鴨里の資料の公開は博物館的にいえばマストの話になる。問題はデジタル化するためにはお金がかかること。歴史博物館のKさんの話だと博物館も最近は予算削減の対象となっており、一回の特別展に1000万円かかるのが、300万円でやれと言われているとのこと。文系学部が廃止されるような時代だし、科研費の大半は理系にいくし、もうこりゃ私が私物のカメラをもって博物館に日参してせっせととっていくしかない。

Kさん「一人じゃ無理ですよ。学生さんとか手伝ってくれる人はいないんですか」とかいうが、今時、私用で学生をつかったらパワハラで成敗される。
というわけで、私はまた一つ重い宿題を負ってしまったのであった。まあやる気があればご先祖が何とかしてくれるだろう。ご先祖さま何とかしてください(神頼み)。
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● 管理人のみ閲覧できます
| | 2015/09/02(水) 05:36 [EDIT]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
● Re: タイトルなし
白雪姫 | URL | 2015/09/04(金) 23:10 [EDIT]
輪廻思想は仏教を始めとするインドの思想、古代ギリシアにありまして、魂は何度でも別のボディに入って帰って来る思想です。一方、キリスト教、イスラーム教などは死者は天国か地獄か煉獄にいき、これまた再び生まれ変わることはありません。しかし、儒教はそもそも怪力乱神を語らない宗教で死後の世界については語らず、ただ祖先の位牌を廟に祀ります。極めて現実的な倫理を信奉し、肉体を重視します。なので体も生きているウチから身体髪膚これを父母に受く、あえてきしょうせざるは孝の始めなりといって、ピアス穴一つあけません。遺体になってからも、土葬で、余裕があれば生きている時のような調度品を一緒にうめ、直系の子孫は先祖の祭りを続けねばなりません。今の日本の葬式は江戸時代に朱子学と仏教が合体してて゜きたので、意味不明になっていますが、本来仏教は先祖供養はときません。だって輪廻転生してしまっていますから、祀る相手がないんですから。簡単にかかれた本が思いつかないので素人説明ですみません。


> 先生、「何しろ儒教で土葬だからたぶん輪廻してない」と言う部分が気になりました。何かこのことについて解りやすく書かれた本などはあるのでしょうか?

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