白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2015/09/13(日)   CATEGORY: 未分類
ペテルブルグでチベット (2) 100年のチベット寺編
 それはもうペテルスブルグの地下鉄は深い。エスカレーターで降りていく先を見ても底が見えない。行列して見えない地下に降りていくさまは、場所がロシアだけにシベリアの炭鉱で働いているような気分になる。今回案内をしてくれたロシア人大学教授U氏は、「地下鉄が深いのはネヴァ川の下を通しているからだ」というけど、「1955年に開通したこの地下鉄、核戦争を想定したシェルターも兼ねていたんじゃ」と聞いたら、否定しなかった。
地下鉄

おおこわ。

あんまり退屈なのでtwitter見ようと思って右手にwifi、左手でケータイ操作しても入らない。そいえば地下鉄でwifiが入るようになったのは日本でも最近のこと。仕方ないので、底につくまで瞑想する。
 
 今年創立100周年となるチベット寺(現地の通称は「ダツァン」)は地下鉄5号線のスタルナヤ・ドレブニャ駅のすぐ近くにある。 駅をおりるともうダツァンの階上部分がみえる。しかし、ダツァンと駅の前には巨大なマンションがたち、ダツァンの正門のど真ん前には、ハイウエイが通ってていて、まるで深川不動。この僧院がたった時、ここは静穏な村だったのに。
高速道路

 その上、ダツァンは足場に覆われており、お寺のシンボルである法輪も鹿も撤去されている。10月に行われる記念の会議までには修復を終わらせるとのこと。ロシアはコンクリートが固まる夏にしか工事ができないとはいえ、記念日にまに合わせて完成してれば完成体が見られたのに。

 このお寺はロシア帝国の東洋学者(シチエルバツキー、オルデンブルグ、ニコライリョーリヒ)たちが創立準備をし、ダライラマ13世、ニコライ二世、有名なドルジエフ、ブリヤート、カルムキアなどのロシア帝国内のチベット仏教徒が資金をだして100年前に設立された。当時の本尊はおそらくはカーラチャクラ尊。カーラチャクラ・タントラにはチベットの北にあるという聖地シャンバラが説かれる。ここは仏教が弾圧される時代、仏教徒をかくまってくれる亜空間であり、来たるべき時に、仏教VSイスラーム教の最終戦争がおき、そこで仏教が勝利することにより、シャンバラは現実の世界に現れるという。

 この寺がたった100年前はチベット仏教は現在と同様、過酷な弾圧にさらされていた。辛い時代だからこそ、チベット仏教徒はロシア帝国にシャンバラを期待し、ロシアの皇都にたつこのダツァンにカーラチャクラ尊を祀ったのである。しかし、現実はより残酷で、社会主義革命によってロシア皇帝は惨殺され、ドルジエフは獄死し、このダツァンもソ連が崩壊するまで閉鎖されていた。
だつあん正面

 その日は雨だったため、本堂に入る前に靴にビニールをはく。このお寺にくるのはチベット仏教徒のブリヤート人だけだろうと思っていたら、意外にスラブ系も多い。ロシア人にチベット仏教が普及しているのか?と一瞬期待したが、そう簡単な話ではないことが後に判明する。本尊はお釈迦様である。本尊の左手前には等身大の瞑想するラマの像がある。配置から考えて、この寺の過去の僧院長だろう。

 しばらくして現れたハンバラマ(僧院長)にインタビュー。ハンバラマのお名前はチャンバトンユ(byams pa don yod)、54才。

私「今このお寺にはラマは何人いますか、そして信者の数は?」
ハンバ・ラマ「ラマは十八人で、信者は一万五千人です」

私「信者の数を裏付けるものは何ですか。」
ハンバ・ラマ「私は医者でここでチベットの医術を施しています。ここに通ってきている患者の数や、法要に集まってくる人の数だ。百年前このお寺にいたパドマエフも医者だった。医術を施すのはこの寺の伝統です。」

私「チベット薬はインドや中国のチベット医学堂から取り寄せるのですか」
ハンバ・ラマ「いや、ブリヤートからとりよせています」

私「民族構成は?」
ハンバ・ラマ「ほとんどブリヤート人です」

私「ハンバラマはゴマン学堂に留学歴がありますか」
ハンバ・ラマ「ありません。しかし、18人のうち二人はゴマン学堂への留学歴があります。教科書はゴマン学堂のものをつかっています。」

私「戒律を守っているラマはこのお寺に何人いますか」
ハンバ・ラマ「比丘戒(dge slong)が二人、沙弥戒が二人、あとはうにゃうにゃ」(少なっ)

私「比丘戒を護持している人はゴマン学堂にいった人ですよね」
ハンバ・ラマ「そうです。しかし、そのうち一人です」

私「論理学のディベート修行はやっていますか」
ハンバ・ラマ「やってません。ただ、一日二回(10時と3時)集会殿で集まってお勤めしています。毎月、ターラー四マンダラの供養をやっています。」

私「ご本尊の前にある、瞑想する等身大のあの金の像はこの僧院の大切な方だと思いますが、どなたですか」
ハンバ・ラマ「「イチゲロフです。」
イチゲロフ

※ 説明しよう。イチゲロフ(1852-1927)とはロシア帝国末期とソ連初期に活動していたブリヤート出身の高僧。1911年、ブリヤートのパティタ・ハンバ・ラマに選任されブリヤート仏教界の頂点にたった。このダツァン建立の功労者の一人でもある。1913年のロマノフ王朝300年祭にも出席しているので、この日の午前私がエルミタージュでみた釈迦像はこの人がニコライ二世に献上したものである。最近、モンゴルで「永遠に瞑想する仏教僧のミイラが発見される!=モンゴル」というニュースが流れたが、このミイラがイチゲロフの先生とか言われていることからも、ブリヤートでのイチゲロフ人気を知ることができる。

私「百年前このお寺の本尊はカーラチャクラ尊だったと思いますが、今本堂には釈迦牟尼の仏像があります。しかし、本尊右手にはカーラチャクラ尊の浄土シャンバラのタンカがかかっています。本尊はなぜ釈迦牟尼仏なのですか」
ハンバ・ラマ「ご本尊はダラムサラのナムゲル学堂から贈られたもので、カーラチャクラ尊は別の場所に置いてます。」

私「ということは、このお寺はダラムサラの亡命チベット政府と関係があるのですか。この前、ゴマン学堂のクンデリン=リンポチェがいらしたと思いますが」
ハンバ・ラマ「チベット亡命政府とコンタクトはとっていません。しかし、ゴマン学堂とは非常によい関係にあります。」

私「ロシア政府について何か意見はありますか。目の前に高速道路が通っていて、後がマンションってところに何か、宗教施設に対する配慮のなさを感じたのですが。」
ハンバ・ラマ「どうしようもありません。この寺は文化遺産に登録されたので、もう破壊されることはありません。この修復もロシア政府のお金をだしてくれたから実現したものです。」

私「この僧院にダライラマをお呼びしたいと思っていますか」
ハンバ・ラマ「それはロシアのチベット仏教界を司るパンディタ・ハンバ・ラマが決めることです。ブリヤート人でアユシテンパという名前で今は忙しくて廃業しましたが、元は私と同じくチベット医です。」

私「ロシアの仏教界はどのような構成なのでしょうか。」
ハンバ・ラマ「このダツァンもそうですが、イルクーツク、チタ、トヴァ、アルタイ、ハカシ、ヤクーチにある計50の僧伽をとりまとめています」

私「テロ=リンポチェ率いるカルムキアの仏教界は?」
ハンバ・ラマ「彼らは参加したくないといって、この組織から独立しています。彼らはカギュ派なんです」

  テロ=リンポチェはかつてモンゴル語でディロブ・フトクトといわれ、先代は革命後のソ連で迫害されて内蒙古に逃げて、中国が共産化すると今度はアメリカに逃げてなくなられた。有名なオーエン・ラティモアが彼の生涯を英語で記録している。ソ連か崩壊し、カルムキアで仏教が復興し始めた時、ダライラマ法王はアメリカ生まれのカルムキア人を、ディロブ・フトクトの生まれ変わりと認定し、彼は今テロ=リンポチェと呼ばれカルムキア共和国の宗教大臣をつとめている。去年日本の高野山のダライラマ法王灌頂にもお見えになっていた。
だつあん吹き抜け

 インタビューのあと、ダツァンの最上階まで案内してくださる。ダツァンの2階には診療所があり、そこにはたくさんの心や体を病んだロシア人がつめかけていた。チベット医療はかなり高く評価されているようである。中国共産党はチベット文化を徹底的に破壊したが、医学だけは比較的無傷で残した。医学は実学で、またチベット薬はよく効いたので、中国共産党も利用せざるをえなかったからである。ダツァンの僧が、そしてパンディタ・ハンバ・ラマがラマ医なのは、ロシアで生き延びるために最良の形態をとった結果かもしれない。彼らのあり方を部外者が批判するのは危険であろう。

ダツァンを後にして地下鉄駅に戻るみちすがら、そぼふる雨の中あたりを見回すと、どこをみてもスラブ系の顔ばかり。駅についても電車の中にもアジア系の顔立ちをした人は私のみ。このスラブ人が多数をしめるペテルブルクでアジア系のブリヤート人やモンゴル系仏教徒たちが、生きて行くのは大変だろう。

 余談であるが、日本に帰国した後、新しくお引っ越しした法王事務所にご挨拶にうかがいルントク代表に、「テロ=リンポチェって協調性ないんですね~」とこの話を聞すると、衝撃の事実が判明。

代表「ダライラマ法王が公認したロシア仏教界の統轄者はカルムキアのテロ=リンポチェだけです」。

 ダツァンのハンバ・ラマがおっしゃっていた、パンディタ・ハンバ・ラマの方が、官製ロシアラマかい。てか、私ずけずけと「亡命政府との関係は」なんて聞いて、そりゃ答えられないわ(笑)。

 でも、あのダツァンの僧院長もダライラマをないがしろにしているようには見えなかった。本堂にはダライラマの写真を飾った高座があったし、売店ではダライラマの書籍も販売していた。ゴマンとも静かに提携していた。あのロシア人が大多数を占める社会で、アジア系のマイノリティが伝統をまもりぬいていくことがどれ程大変なことか、島国で一億の人口規模をもち、言論の自由もあるお花畑の日本人が想像しても、想像もつかない過酷な世界であろう。

 最後の写真はおみやげにいただいたダツァン100周年記念カレンダー。たぶん日本でもっているのは私だけ(笑)。二百年、三百年後にもチベット仏教があの地でどんな形であれ人に癒やしをもたらしていますように
カレンダ

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COMMENT

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● ロシアの東洋医学
niina | URL | 2015/09/14(月) 21:10 [EDIT]
ブログいつも楽しみにしています。ロシア医学で少し前に、針で全身麻酔をしてオペを出来る人がいましたが、チベット仏教医学の方々かなと想定すると納得できました。文献しか残らない神業なのです。止血まで出来たそうですよ。ロシアはアジアに近い文化があり親近感があります。因みにショパンコンクール優勝者のピアニストのブーニンさんも日本人が奥様の親日家。
楽しい記事ありがとうございます。
● ポタラカレッジ
niina | URL | 2015/09/21(月) 09:46 [EDIT]
こんにちは。
今日もポタラカレッジに通います。
菩提心は難しいですね。
ところで、僧院は学校のようだと思いませんか。日本で宗教団体を作るのは少し大変のようで、私は作れば?と弁護士さんにアドバイスされていたのですが、実力もなく辞退ました。欲を取り外したら、やっと裏切らない友である念願のラマに出会えました。現代風の寺院のポタラカレッジに大満足です。中国にも作ればいいのにねと思っています。
● 世界のチベット~ロシアとブータン
マサムネ | URL | 2015/09/29(火) 20:54 [EDIT]
貴重な記事を拝読、最近のチベット関連記事を御存知とは存じつつ紹介して報いたく。
一、世界不思議発見というテレビ番組にて、ロシアのチベット仏教の一端が紹介されておりました。シャーマニズムの功徳?的な内容でしたが、それなりに興味深い取材でした。
二、下記記事が普段はチベットに無関心な印象のyahooがニュース記事に挙げておりました。勘違いかも知れませんが、yahooオリジナル記事ということになる様子、生き残りのために神頼みでも仏頼みでも、ということでせうか。
この記事から、薬物汚染の深刻なロシアにおけるチベット仏教もまた危機と同時に、救済の道標としてある様子を類推しております。
「幸福の国」ブータンで異変 広がる薬物汚染の実態
9月29日(火)18時47分 配信Yahoo!ニュース
http://news.yahoo.co.jp/feature/36
「幸福の国」と呼ばれるブータン。今、深刻な薬物汚染に揺れている。今年の薬物事犯の逮捕者は2年前に比べて倍の1000人を超えるペースだ。中には14歳から薬物を使用する若者もいる。2011年にはNGO団体が設立され、ドラッグ中毒者の社会復帰支援に努めるが、薬物に手を染める若者は増す一方だ。

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