白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2016/08/31(水)   CATEGORY: 未分類
『ダライ・ラマと転生』(扶桑社新書)発売開始!
九月二日に、扶桑社新書より拙著『ダライ・ラマと転生』がでます。
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 チベットの僧院社会の構造、転生相続などを、チベット密教の大本山ギュメ大僧院の施主、平岡家を取材することをつうじて、内部から描きだしたものです。

 2014年にガワン先生(1937-2009 元ギュメ密教大学管長)の生まれ変わりが前世の弟子である平岡宏一先生(清風学園校長)とガンデン大僧院(インドカルナタカ州)で再会した際には、筆者も同行しており、転生相続のディープな側面を見聞きできました。

 今まで、歴史を「研究」してきましたが、はじめて歴史の書き手になったという意味でも貴重な体験でした。お時間のある折に拙著をお手にとって読み流して戴ければと思います。

以下に簡単な内容紹介サイトをつくりました。目次や写真をカラーでみられます。

以下に本書のプロローグをチラっとお見せします。

■プロローグ  チベット世界との出会い

 筆者がダライ・ラマ14世と初めて出会ったのは1994年4月14日、ダライ・ラマがトランジットで成田空港に十時間だけ立ち寄った時のことである。・・・・
 ダライ・ラマが視界に入ると、在日チベット人たちは一斉にその場で五体投地を始めた。・・・・
 ダライ・ラマはそのまま休憩をとるためにホテルに向かい、筆者と在日チベット人たちもそのホテルに移動し集団謁見の声がかかるのを待った。ふと見ると、エントランスから清風学園を経営する平岡英信一家が入って来るのが見えた。平岡英信理事長の長男、平岡宏一はチベット密教の研究者であり、東洋文庫のチベット研究室やチベット関連の研究会で何度も顔を合わせていたので、宏一をつかまえて事情をきくと、宏一はチベットのギュメ密教大学に留学していたこと、一家をあげてチベット密教の支援をしていること、ダライ・ラマが来日した際には、たとえどんなに短い滞在であっても大阪から上京して謁見していることなどを語った。最後に「ボクは何度もあなたにこの話をしてきましたよ」と言われたのはご愛敬である。
 さらに宏一から「せっかくここにいるのだから、ダライ・ラマと謁見しませんか」と誘われたので、好奇心に負けて、集団謁見に紛れ込ませてもらった。チベット人はダライ・ラマの前に出ると合掌したまま、ただ深く深く頭を下げて、顔を上げることもできない。それは、難民社会ではダライ・ラマは今なお国王に他ならないことを示しており、ダライ・ラマ14世を取り巻くチベット社会を知ることは、過去の歴史史料を読む際にも有用なのではないかと直感した。
 不思議なことに、それから筆者の下にはダライ・ラマ14世関連の仕事が来るようになった。初めての謁見から一か月もたたないうちに、ダライ・ラマ14世の著書を翻訳する話が舞い込み、・・・次に、ダライ・ラマの密教の著作の翻訳をしないかとの打診があった。筆者は歴史学者であり、仏教哲学については素人である。最初の著書の翻訳ですら恐る恐るであったのに、密教についてはさらに無知である。そのため即答しかねていると、平岡宏一は「分からないところがあったら私の密教の先生であるロプサン・ガワン(1937~2009)先生に聞いてあげますから、その仕事を引き受けなさい」。・・・
 この時、宏一から初めて名前を聞いたロプサン・ガワン先生は大学僧であった。以後、彼の学識と言動からどれだけのものを学んだかは言い尽くすことができない。
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 1996年以後、ロプサン・ガワン先生は平岡宏一の研究と清風学園での行事のために、毎年のように来日した。・・・その中で先生とダライ・ラマとの生を超えた交流、密教の師弟関係、弟子同士の連帯感を知るに及び、それらの知識は歴史史料を読解する際にも非常に役立った。しかし、ロプサン・ガワン先生の真価を本当の意味で理解したのは、最晩年に彼がガンに罹患した後である。先生は迫り来る死にも心を乱されることはなく、常に周りを思いやり、淡々と平岡宏一にチベット密教の奥義を伝授していった。最後の一年の師弟関係は端で見ていても壮絶なものであった。
・・・・それから四年後の2013年の夏、平岡宏一から「見せたいものがある」と言われ、ゼミ合宿で高野山に行った帰り、大阪に立ち寄った。上本町のカフェに座った宏一は、何とも言えない表情で一人の幼児の写真を胸の前に立て「ガワン先生の生まれ変わりが見つかった」と言った。先入観があるからか、本当にそうなのかは分からないが、写真の子は三歳児とは思えない大人びた表情をしており、どことなくガワン先生と面差しが似ていた。・・・・もしこの写真の子が本当にガワン先生の「生まれ変わり」であるなら、前世において最も深いつながりのあった弟子の宏一を識別できるはずである。二人が初対面する席には必ず同席しようと心に決めた。
 再会の顛末は本書を読んでのお楽しみである。
 ダライ・ラマはチベットの転生僧集団のトップにあって、チベット社会に新たに出現する転生者たちを審査し、認定し、剃髪し、命名し、その成長を見守る立場にある。このようなダライ・ラマの姿は一般にはあまり知られていないが、ロプサン・ガワン先生が闘病、臨終、再生する過程で、ダライ・ラマがいかにこの過程に関与するかを垣間見ることができた。
 本書は、このロプサン・ガワン先生の生涯とダライ・ラマとの関係を通じて、転生僧たちの世界、チベットの僧院生活、死生観、そして転生相続システムなどを当事者の視点から解明していく。
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● 生誕130年記念 「折口信夫と『死者の書』」
マサムネ | URL | 2016/09/03(土) 20:42 [EDIT]
ご上木、早速に購入いたしました。
読後感に替へて、死者の書と申せばチベットのところ、我が国の死者の書についての催しを案内します。

生誕130年記念 特集展示「折口信夫と『死者の書』」

※本特集展示は、博物館の一角で行っている小規模展示です。 会期:9月3日(土)~10月10日(月・祝)
近藤ようこ『死者の書』漫画原画20点も展示
※漫画『死者の書』上巻原画展示予定:9月3日(土)~22日(木・祝)下巻原画展示予定:9月23日(金)~10月10日(月・祝)
主催:國學院大學
共催:KADOKAWA コミックビーム編集部
後援:毎日新聞社
http://museum.kokugakuin.ac.jp/event/detail/2016_orikuchi_exhibition.html

● 11/13(土)発 富山で伝統医学 -チベットおよび世界の伝統医療を学ぶ-
マサムネ | URL | 2016/09/10(土) 08:49 [EDIT]
以前も富山を訪ねられた(すっ転ばれた)先生には釈迦に説法の感ですが、ご養生の参考となれば、とて、貴著拝読御礼に替へて以下ご紹介申し上げます。
11/13(土)発 富山で伝統医学 -チベットおよび世界の伝統医療を学ぶ-
http://www.kaze-travel.co.jp/oz-d-ogwtoytm.html
チベット医学は古来より伝わる民間医療に、インド、中国、イスラムの医学を融合させて、医聖ユトクが8世紀に創始されたとされています。したがって医学聖典「四部医典」にはこれら東洋四大医学のエッセンスが集約されているともいえます。本講座では、四部医典の絵解き図80枚の原画に囲まれながら、チベット医学を通して世界の伝統医学を学ぶとともに、日本が誇る富山の配置薬を再認識することで現代社会における伝統医療の位置づけと意義について考えます。
13:30~16:00セミナー『世界の伝統医学の話とチベット医学タンカ解説』医学タンカ1,2,3,4番の解説、薬王城タナトゥクと、樹木比喩図についても話します。その後、16:00~17:00質疑応答など。セミナー終了後、ツアー参加者は車で宿へ。
夜:昔の富山の売薬について解説。  【森の雫 泊】
早朝:ホテル近くの曼荼羅遊歩道を散策。
午前:立山博物館にて学芸員天福江充氏より曼荼羅の絵解き解説。その後、富山を代表する製薬会社「広貫堂」資料館を見学。
午後:14時頃、富山駅にて解散。
● 死者の書とチベット医学
シラユキ | URL | 2016/09/13(火) 22:21 [EDIT]
マサムネさん、情報ありがとうございます。チベット医学の講師の小川さんは、外国人としてはじめてダラムサラのチベット医学院に「正面口から」入学された方です。富山といえば薬売り。富山大には『四部医典』のタンカが揃っているんですよ。興味を持たれた方は、去年の三月の拙ブログのエントリーも参照ください。

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