白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2017/02/12(日)   CATEGORY: 未分類
ラサのカーラチャクラ灌頂
チベット亡命政府の主席大臣(シキョン)ロプサン・センゲ首相が二期目に入って初めて来日された。2月11日(土)にホテル・オークラで歓迎パーティがあったので、院生二名に社会勉強をさせるために連れて行った。センゲ首相の来日日程はおおざっぱにいうと以下のようである。

●チベット亡命政権 主席大臣 ロブサン・センゲ来日歓迎レセプションパーティー ・2017年2月11日(土)18時30分〜20時
・会場:ホテルオークラ東京別館2階(メープルルーム)

● チベット亡命政権ロブサン・センゲ主席大臣講演会『チベットの悲劇、今後の道は?』
・2017年2月12日(日)14時〜
・会場:東京グランドホテル 3階(桜の間)
・記者会見:午後3時 講演会終了後 同会場

●シンポジウム『知っておかなければならないチベットの今 5 』
・2017年2月15日(水)18時〜19時30分
・講師:チベット亡命政権ロブサン・センゲ主席大臣 ―
・会場:銭屋本舗南館6階(銭屋ホール) 大阪市天王寺区石ケ辻町14-6

 式次第としてはダライ・ラマ法王事務所のルントク代表の短い挨拶に始まり、次いでセンゲ首相のスピーチ、来賓としてチベットの留学生三人をうけいれた千葉工業大学挨拶、アメリカに亡命しているウイグルの人権活動家ラビア・カーディル、高須クリニックの高須克弥院長が乾杯の音頭をとった。このダイバーシティなメンバーをみただけで院生はかなり驚いている。

 今回のセンゲ首相のスピーチの前半は「仏教こそがチベットを支えてきたアイデンティティの核である」というダライ・ラマ法王のスピーチを思わせるもので、学園のお仕事で来られなかった平岡先生が聞いたらさぞやお喜びになったであろう内容であった。枕のお話(今回は家族同伴であること。家族は日本が好きなので喜んでいる)をカットしてほぼ全文をのせると以下のようになる。

チベットのために政治的に活動し、教育を支援し、文化・健康面のサポートをしてくれた皆様に感謝します。特に、チベットの僧院・僧尼にたいする支援を行って下さっていることにも感謝したいと思います。

一世紀(紀元前五世紀からではないか?一世紀は大乗仏教の興起から数えたものか)から十四世紀までインド文明は栄え、アショーカ王、カニシカ王が施主となって仏教は発展し、仏教学の粋を集めたナーレンドラ仏教大学を始めとする仏教大学から仏教は世界中にむけて広がり、東アジアから日本、中央アジアからヨーロッパの端にまで到達しました。しかし、13〜14世紀にナーレンドラ僧院は破壊され、これを境にインド文明は衰え、仏教も衰微しました。
 しかし幸運なことに、チベットのたくさんの翻訳者(ロツァワ)たちは険しいヒマラヤを越えて、インドに至り、サンスクリット語を学び、チベットに仏典をもたらし、これによって〔古代王朝以来衰微していた〕チベット仏教は再興しました。

 しかし、1951年以後、中国がチベットを占領し、つづいておきた文化大革命により、98%の僧院は破壊され、99%の僧尼は還俗を強いられました。何千もの人が死に、投獄され、チベット仏教は破壊されました。幸いなことにダライ・ラマ猊下の長期的なビジョンの下、チベット人は破壊の灰の中から、レンガを一つまた一つ拾って積み上げていき、ふたたびチベット仏教の伝統は難民社会において復興していきました。
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 13世紀にインドのナーランダ僧院は破壊されましたが、その伝統は幸いにもチベットに保存されました。20世紀に中国共産党はチベットの僧院を破壊しましたが、難民たちはチベットの主な僧院を亡命先の地に再建しました。数千もの僧尼はチベットから亡命し、インドの難民社会でチベット仏教を学んでいます。

 皆さまの経済・倫理的なご支援のおかげで、われわれはインドのナーランダ僧院の伝統を再興し、ダライ・ラマに法王が世界中で法話を説いたおかげで世界中で仏教が蘇ることができたのです。皆さまのご支援のおかげで、文明が生き延びただけでなく、チベット人に近代教育が施され、私のようなリーダーが育ち、その結果、チベット問題も存続することができました。

 私は人からよくこのような質問をされます。「チベット人はわずか 600万人。漢人は数十億人、それなのになぜそのように楽観的でいられるのか?」と。 

私はそれに対して「仏教があるからです」と答えます。仏教の歴史は二千五百年ですが、共産主義の伝統はせいぜい百年です。わたしたちはあと二千五百年はやっていけます。その間に、共産主義は消え去っているでしょう。われわれの運動や闘争の基礎には仏教があります。

 やがて、ダライ・ラマ猊下はラサにお戻りになり、仏教の最高の教えであるカーラチャクラ灌頂を600万の〔分断が解消した〕チベット人すべてに授けることができるでしょう。みなさんがチベットの教育や文明を支援してくださったおかげであります。

「〔チベット人が国をうしなってからこの〕50年間、中国はどんどん強くなり、チベットが回復する兆しがないではないか。よく続けられますね」こういわれると私は「中国を理解したいならチベットを理解しなさい。チベットの物語を理解しなければ中国を理解することもできません。」と言います。

「1959年にチベットは〔人民解放軍に〕占領され共産主義はチベットに支配されています。これは悲劇の物語であり、不公正であり、不幸であるが、例外的なことです。幸運がありますように(good luck)。」とそういうことなのでしょうか。
 新聞の見出しには「中国が尖閣諸島を侵犯し、スカボロー諸島、スプラトリーを占領した」が躍っています。南シナ海はいまや中国の海です。インドも、ネパールにも中国はその支配を及ぼしています。50年前にわれわれチベット人におきたことが、これらの地域で起きています。それはあなたたちにも起こりうるものなのです。あなたたちは私たちの物語を「例外である」と言えますか? あなたちにも幸運がありますように!  中国は衛星写真を使って南シナ海の様々な小島を見つけ出しては占領しています。わたしたちがこれまで言ってきたことが実際に起きているのです。

 中国は様々な国に道路や鉄道をひいてそれらに国に繰り出せるように整えています。何が起きているのでしょうか。50年前に同じことがチベットに起きていました。私たちの親の世代、中国はチベットに道路をひき、金をばらまき、それを善いことだと宣伝しました。いったん道路ができると兵士がきてトラックが入ってきて資源を根こそぎ奪い、私たちの生活も奪われました。

 私はアフリカの友人たちと話しをする機会がありました。私は「〔中国人は〕道路を作ったろう。映画感やサッカー場などの娯楽施設をつくっただろう」と聞くと、友人達は「そうだ。何でわかるんだ」と聞きます。それはチベットでかつて起きたことだったからです。

 チベットを支援し、その体験をシェアすることは非常に意味のあることです。60年前にチベットにおきたことを理解することは、真に中国を理解することになります。
チベットが生き残れば、世界も生き残ります。もしわれわれが勝てば、人間性(humanity)も勝利します。

 中国は「チベット問題はダライ・ラマがいなくなれば解決する」といいますが、これは大きな間違いです。まず、ダライ・ラマは今年81才ですがとてもお元気です。毛沢東や鄧小平よりも長生きします。次に、中国は台湾についても同じことを言ってましたが、台湾問題は解決していません。中国は「裏切り者の蒋介石が死ねば一つの中国問題は解決する」と言いましたが、蒋介石が死んでも蒋介石の子供蒋経国がでてきて、今や蔡英文が現れて台湾のアイデンティティ、台湾第一、中国二の次のナショナリズムは興隆しました。台湾の問題は解決していません。香港も同じです。

 もう一つ、次のダライ・ラマを中国が選ぶと主張していることも大きな間違いです。ダライ・ラマは「私が将来転生するかしないかはチベット人の決断にかかっている」とおっしゃっているのに、中国は「ダライ・ラマは転生しなければならない」と断言しています。これは次のダライ・ラマを自らのイニシアチブで決めるためです。しかし、僧院を破壊し、僧侶を殺し還俗させ投獄し、今もラルンガロ僧院を破壊し、ダライ・ラマをずっと罵り続けた中国が、たとえ「ダライ・ラマ」選んだとしても、そこに何の正当性・信憑性があるでしょうか。もし彼らが転生者を認定したいのなら、まず彼らの尊敬する毛沢東、周恩来、鄧小平の転生者を探してはいかがでしょうか。そのあとでダライ・ラマの転生について議論しましょう。

 チベットは仏教の国です。でダライ・ラマは観音菩薩の化身です。ダライ・ラマはチベット人に属しています。

 そろそろお話をしめくくりたいと思います。チベット問題は非常に難しいので、「不可能だ」という人がいます。わたしの不可能 (impossible) の定義は、i im possible「私はできる」です。可能性は不可能の含有物です。

私は信じています。

猊下がチベットにお戻りになり、猊下がラサのポタラ宮で〔今年一月にブッダガヤで行ったような〕カーラチャクラの灌頂を授けるであろうことを。今、私はあなたたちの客人ですが、その時私はホストとなりあなたたちをゲストとしてお招きします。その時、私たちはチベットのチャン酒をのみ、あなたたちは日本のサケを飲んで一晩踊りあかしましょう。そして自由になったチベットにチベット人がいることを祝いましょう(拍手)。

 それは非暴力によって果たされなければません。
マハトマ・ガンジーはかつてこういいました「非暴力が勝利すべきだ。」マルチン・ルーサー・キングはこういいました。「〔非暴力運動が頂点にたっするとという意味で〕山のてっぺんにのぼると、正義と平等が勝利する。」チベット人は山の民ですから、山のてっぺんにのぼるのはたやすいです。自由は勝利します。チベット人がチベットの山の上についたなら。チベットの神々も我々と一緒に祝いの踊りをするでしょう。

 その時がくるまで、わたしたちへのご支援を続けて戴けるようお願いいたします。その日がくるまで多少の忍耐が必要かと思います。チベットの歴史の新しい一章が、美しい一章が開かれるまで。

非暴力は勝利します。真実は必ず勝利します。
ダライ・ラマはラサにお戻りになります。
ありがとうございました。


 ついで、院生Wくんが感動していたので、ラビヤ・カーディル氏の短いスピーチをおまけに。170211ラビや


センゲ首相がおっしゃったことは我々の民族にも起きたことです。我々も何千何万人が殺され、寺院が壊されたように、モスクが破壊されました。南モンゴルでも同じことが起きました。中国は東トルキスタンも南モンゴルもチベットも中国の固有の領土だと主張しております。分割できない領土だといいつつ、ここに元から住む人々を虐殺しているのです(漢人と公平に扱っていないということ)。センゲ首相も言うように、チベット、ウイグル、南モンゴルをみれば中国がわかります。私たちはダライ・ラマ法王がラサに戻られること、私たちが自分たちの国に戻れることを神に祈っています。私たちは必ず自由を獲得できると信じております。私たちは皆様とともに戦っていきます。センゲ首相をもう一度お祝い致します。ありがとうございました。
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あくび母 | URL | 2017/02/13(月) 15:42 [EDIT]
とても胸打たれるスピーチ翻訳ありがとうございます。いつも思っていますチベットは明日の日本かもしれないと。

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