白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2017/03/17(金)   CATEGORY: 未分類
『チベット牧畜民の一日』と『天空の宗教都市』
●5月27日(土)に「東京で感じる天空の聖地「チベット」」の日帰りツアーの講師をいたします。

新宿駅→ダライ・ラマ法王事務所→中村天風や大隈重信が眠り、かつダライ・ラマ法王が講演された護国寺(江戸時代の美齢な十二神将が圧巻)→真正のチベットレストラン「タシテレ」での昼食→河口慧海が住職をつとめた五百羅漢寺(羅漢さんは字圧巻)→河口慧海終焉の地に近く顕彰碑のたつ九品仏浄真寺(巨大な九体阿弥陀像で有名)→新宿駅

 参加者にはもれなく拙著『ダライ・ラマと転生』がお土産につくそうです。
詳しくはこのサイトで。

 震災六年目の3月11日、東京外語大学アジア・アフリカ研究所にドキュメンタリー映画『チベット牧畜民の一日』を見に行った。同研究所で行われていたチベット遊牧民に関する三年の研究成果を発表する企画の最終日であり、同研究所の1階展示スペースには「チベット牧畜民の仕事」というパネル展も展示されていた。
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 このドキュメンタリーを見た人々が、「チベットの牧民の男がいかに働かないかが分かる。力仕事も何もみな女性がやっている」あるいは「あまりに男が働かないので、読経しているじいさんの頭を殴りたくなった」などの感想をネットにあげけていたので、男と坊さんをどのように描いているのかに興味があった。

 見てみると、確かに男が怠け者に見える。たとえば、雨が降り出すと、女性が慌ただしく干したヤクの糞(燃料に用いる)を雨に濡れないように取り込むのに、在家密教行者のおじいさんは雨の中座り込んで「雨雲を散らす瞑想」をしている(笑)。これを見て「天下国家を論じてばかりで目の前の仕事をしない」自分の夫なり何なりを思い出して、腹を立てる日本人の女性はいるであろう。

 しかし、本当に雨雲が散らせるのなら瞑想も密教行者の立派なお仕事である(笑)。

 ハインリッヒ・ハラーは『チベットの七年』の中で「なぜ雨が呼べるのか(あるいは止めるのか)、これだけはどうしてもトリックが分からなかった」といっているので、少なくとも中共が侵入してくる以前のチベットでは在家密教行者はきちんと仕事していた。

 そもそもこの映像は、遊牧民の家事労働を記録に残すべく、研究者たちがあらかじめ提出した18のトピックに基づいて、カシャ・ムジャ監督がとったものだ。そのトピックが家事労働、料理(とくに乳製品)、家畜など衣食住などであったため、結果として女性が仕事する映像が多くなった。また、一週間(2015年夏)という限られた期間に撮影されたためその制約もある。

 私はもともとモンゴル・ゼミだったので、大学に入って最初に読んだモンゴル語の論文が乳製品の加工であった。そのため、このフィルムにでてくるヤクの乳製品の加工を見て「モンゴルと同じじゃん」と思い、かつ、春夏秋冬彼らの生活に数十年にわたりよりそい、家畜の冬越し、春の繁殖、群のコントロール法、災害、季節による牧地の移動などを時間をかけて記録しないと牧畜民の生活は完全には記録できないだろうと思った。あと、モンゴルでの牧畜の民族誌の蓄積が参考になると思う。
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 上映後、研究グループの一人一人がフィールド調査での苦労話やこぼれ話を披露し、一般の方からの質疑応答を受けた。質問者にはチベットのおかしがご褒美に配られる。最近文科省は研究成果を専門家にだけ分かる言葉で発信せず、一般に還元するようにと通達しているが、この会には多くの一般人が聞きに来ており、質問も活発になされたので、文科省もお喜びのことと思う。フィールド調査は一般向けのプレゼンがもっともやりやすい学問ジャンルである。

同じチベット学でも、世界的に評価の高いチベットの存続を可能ならしめているチベット仏教の哲学については一般向けのプレゼンは難しい。チベットの仏教哲学はきわめて精緻で複雑なので、トレーニングを積んだ人でないと分からず、それは科学や物理の先端的な研究を一般の人に分かりやすく説明しろと言われても、無理なのを想像していただければ分かりやすい。今目の前でみているような形で人々に「ああわかった」という感じを持たせることは哲学ではできないだろう。
 
 仏教学よりは少しはましだが、歴史学もこういうフィールドに比べると一般うけがしない。ここに存在しない過去が舞台だから。「17世紀にタイムスリップしてダライ・ラマ五世にあってきました」とか言いでもしない限り臨場感のある話はできない。

会場からでた一般の方からの質問はざっとこんなもんであった。
質問(男):女性ばかりが働いているけど男は何か仕事をしているのか。
答え:男と女は分業していて、かつて男は羊の皮をなめして服を作ったりしていたけど、今は既製品を着ているため、男の仕事はへった。一方、女の仕事は電化したため多少は楽になったものの、減っていないため、これはチベット社会を考える上問題になっている。
 男は現金収入を得るため出稼ぎして街でタクシー運転手とか、肉体労働をやっている家庭も多い。

質問(女)::映像中で昔は羊の衣袋をつかってチーズを保存していたというが、ヤクしか写っていなかった。いつ頃から羊を飼わなくなったのか。
答え::草のキャパが少なくてヒツジは山の向こうの友人に預けている。秋になると360頭の羊が帰ってくる。それとチベット人は最近殺生を嫌って羊をトサツしなくなったので、ヒツジは減っている。
*これは面白かった。2006年ダライラマ14世が、法話の中で殺生して手に入れた毛皮を着て見栄を張るののは恥ずかしいことだ、といったら、チベット人は「うおおおおお。法王様ごめんなさぃぃぃぃ」と自らの着ていた毛皮を焚き火にほりこんでもやし、それをみた中国政府が牧畜民がダライ・ラマの言葉に従ったのを問題視し「毛皮を着なさい」と強要したという、あの話を思い出した。チベット人はダライ・ラマの非暴力思想をまじめに遂行しだしたのは、ある意味中国政府に支配されているからという側面もある。

質問(男):山の上の生活ではゴミはどう処分しているのですか。
答え:〔決まり悪そうに。〕何でもかまどにくべてもやします。ペットボトル何かをもやしたらダイオキシンがでるとか考えないようです。中国政府の定住化プログラムで集住した遊牧民のすみかでもゴミ問題は深刻になっています。

質問(女):チベット人は宗教・言をはじめとして自分たちの文化を護ろうとしてもいろいろ自由がないのではないか。
答え:チベット人のナムタルジャさんが決まり悪そうにだまりこむ。H先生が代わりにチベット語が重視されていないこと、漢族に飲み込まれていくことはチベット人にとってもちろん大きな問題として認識されています。と答える。ナムタルじゃさんが答えられないのは、むろん青海に家族がいるからである。

質問::若い女性が朝から晩まで重労働しているが、彼女らは都会にでたがっているのではないか。
答え:若い人を集めて聞き取り調査をしたが、父親がそばにいるからか、みな月並みなことしか言わない、芸能人の名前とかだして話を引き出そうとしたが、お父さんは突然「ハイ打ち切り~」と終わりにしてしまったため、彼女らの胸の内は計り知れない。でも誇りを持って自立して生きている人に、こちらの考え方をおしつけるのは野暮だろう。

質問(女):伝統的に遊牧していたのか。過去と今では変化はあるのか。
答え: 1959年以後は中共が侵入し,人民公社を作って集団化したため、個人所有はなくなった。1984年からは個人所有が許されるようになったが、1997年に家族の人数に合わせて分配することになった。過去は移動していたが、モンゴルほど長距離の移動ではなかった。村のなわばりがきまっているので、大体2キロから10キロか。

質問:チベット人の通常の食事はツァンパや肉だと思うけど、映像にははるさめとか、餃子がでてきた。後者は特別なの?
答え:冬は肉中心の食事になる。昔は小麦は手に入らず麺は作らなかった。春雨とか餃子は昔も作っていたけど最近はとくに流行っている。

質問::テントの中に機材があったがテレビ映るのか?チベット語のテレビ局はいくつあるのか?中国語の番組を子供が見たら漢化しないか?
答え:衛星の電波が入るので、西寧と同じ番組が見られる。しかし、内容はcctvをアムド語に直訳したりした番組である。子供は中国語のアニメを見るので、みな中国語できるようになった。学校は寄宿舎。チベット語が軽視されていて、チベット人は問題視している。
チベット人は中国人に飲み込まれていく危機感を覚えている。生業に基づく文化を失うのではないかとおそれている。
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最後にナムタルジャさんの博士獲得と震災からの復興を祈念してルンタがまかれた。ナムタルジャさんは元牧童であり、牧畜民初めての「博士」とのことであった。青海省や内蒙古のモンゴル人の元牧畜民の方はずっと昔に留学してみな博士号をとっているので、同じ牧畜民でもモンゴル人の方がチベット人より外界との接触がかなり早い。

帰宅して、その日の七時半から『天空の宗教都市』(BSプレミアム)を見た。これは、ラルン・ガロという東チベットのニンマ派の僧院に関するドキュメンタリーである。、ここ数十年で漢人の信者も含めて急速に大きくなり、当局がその拡大を阻止しようと去年僧坊の破壊を行った(詳しくは川田進先生の『東チベットの宗教空間』をご覧あれ)。かつてNHKの看板番組にシルクロード・シリーズというものがあり、流せば高視聴率がとれ、視聴者は仏教がインドから平城京にいたった古代のロマンに酔いしれた。そこにはこれらの地域の「現在」が描かれることはなかった。このシリーズは中国政府の検閲下で撮影され、編集されていたからである。

 それと比較すると今回の映像は可能な限りギリギリのところでチベット人の言葉と信仰を護る戦い、すなわち「現実」を描いていた。お坊さんの僧坊にガンジーやキング牧師やオバマ大統領のポスターがはってあって、ああ、間違いなくダライ・ラマのポスターもうつっていないどこかにあるな、と分かったり、彼らがチベットの子供たちの漢化を少しでも防ぐためにチベット語の野外講習をやっていること、彼らの肉も食べず、もちろん異性交際も行わないまじめな生活についてもきちんと伝えていた。中国政府が僧坊を破壊した件については「僧侶たちの姿が僧院から消えた」とナレーションがでて「嵐が過ぎ去るのを待て」とみながささやきあっていたなどと間接的にだけど、彼らが理不尽な目にあっていることを伝えていた。
 がんばったと思うよ、NHK。誰でも見られる地上波でも再放送してほしい。
 私の3月11日はラルン・ガロの僧院を拝んで終わった。
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● 上海虹橋国際空港
マサムネ | URL | 2017/03/24(金) 20:39 [EDIT]
上海に住居を移された訳では無いのですね。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%B9%E3%81%AE%E6%A9%8B_(%E8%A9%A9)
『虹の橋』は、作者不詳の散文詩の主題として取り上げられているので有名である。作品は、1980年から1992年のあいだに造られたと考えられるが、正確な詩作の時期はなお不明である。
自然にでき、神話的にそう呼ばれている「虹の橋」は多数の場所に存在する。例えば、米国ユタ州に所在する「レインボーブリッジ国定公園」があり、またアメリカ先住民であり、サンタクルス島に居住するチュマシュ族(英語版)の間で語られる「虹の橋の伝説」がある。
詩は次のような内容となっている。
この世を去ったペットたちは、天国の手前の緑の草原に行く。食べ物も水も用意された暖かい場所で、老いや病気から回復した元気な体で仲間と楽しく遊び回る。しかしたった一つ気がかりなのが、残してきた大好きな飼い主のことである。一匹のペットの目に、草原に向かってくる人影が映る。懐かしいその姿を認めるなり、そのペットは喜びにうち震え、仲間から離れて全力で駆けていきその人に飛びついて顔中にキスをする。死んでしまった飼い主=あなたは、こうしてペットと再会し、一緒に虹の橋を渡っていく。

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