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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2018/02/05(月)   CATEGORY: 未分類
里親支援の久保隆さんが急逝
 チベット・サポートグループKikuを主宰していた久保隆さんが、2018年1月30日に他界された。2月4日の日曜日に行われたお通夜に、最後のお別れをしにいき、このエントリーはお葬式の朝に書いている。久保さんの死はまず関係者のFBで知り、そのあと在日チベット人コミニュニティー(TSCJ)のメーリスで「式のはじまる前にチベット語のお経を唱えるので参加したい方はチュパをきて早めにきてください」とのメールがまわってきた。
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 しかし、式場にいくと、在日チベット人コミニュニティーの供養は式次第の中に組み込まれたとのことで、日本式のお葬式が終わったあとで、チベット関係者の読経(帰依、般若心経、21尊ターラー経 etc.)、棺の中へのカター奉献etc.が始まった(カターをもってきてなかったのでタシテレさんに戴いた。ありがとうございます)。

 そして、式場のアナウンスで「これからチベット風の葬儀を行います」といって、ディジュリドゥの奏者Knobさんによる吹奏が行われた。細かいことを言えば、ディジュリドゥはオーストラリアの先住民の楽器である。K nobさんによると久保さんはお嬢さんにディジュリドゥを教えてくれといったことがあったそうである (ご縁はつならがらなかったというが)。K-nobさんは富士山『思いやりのご来迎』で献奏され、地球交響曲第六番の出演者でもあります。
 それからTipa(チベット歌舞団) 出身のゲニェン氏によるゲルセー・チュースィーの弾き語り。この曲はダライラマ14世の即位60周年を記念してTipaが作った曲で久保さんがお好きだったとのことである。

 それから、ダライラマ法王事務所ルントク代表弔辞、タワンのチベット人孤児院マンジュシュリーからの哀悼のメッセージ朗読であった。これが短いながら大変に心をうつものであった。まず、久保さんのご家族に対して哀悼の意を表明し、それから突然言葉をつまらせると「わたしたちマンジュシュリ孤児院も久保さんという家族を亡くしました」としぼりだすように述べた。原稿をもつ手は震えていた。

 ご家族によるご挨拶がないため最後のご様子が聞けなかったことが若干残念であったが、久保さんらしいお別れの会だった。

 久保さんが主宰されていたチベットのサポートグループkikuはきくち体操の創始者菊池和子先生と久保隆さんの頭文字をとって作られている。お通夜の会場にいらしていたKikuの里親さんから伺ったお話では、1998年頃、龍村仁監督の弟君でヨーガ指導者の龍村修さんがインドにおいてヨーガを体験したり、ダライラマ法王のお話を聞くという旅を企画され、二人はこの旅で出会い、ダライラマ法王の話を聞いて感動し、意気投合してチベット支援を始めたとのことである。
 
 龍村仁監督を知らない方のために簡単に説明すると「地球の中の私、私の中の地球」というテーマで著名人に行ったインタビュー・シリーズ、地球交響曲(ガイアシンフォニー)をライフ・ワークとされており、現時点で八番まで公開されており、1995年に公開された第二番にはダライラマ14世も登場している。その流れでの旅であったのだろう。
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 このような背景があるため、祭壇の向かって右には龍村仁監督、ガイアホリスティックの龍村和子先生、菊池和子先生、Kikuの運営を手助けされていた清田和子さん(ガイアホリスティックのボランティア・メンバーでもある)の献花がならぶ(あ、SFTJapanの献花もありました!)。て、久保さんのチベット関連の主要人脈は三人とも「和子」さん。
 式に来られた方から久保さんのお話を伺う。
一昨年久保さんの率いる里子訪問ツアで一緒にタワンの孤児院を訪れた板東靜さんは「終始楽しそうにしていらっしゃいました。久保さんの最後から二番目の旅でした」という。たしかに、式場には久保さんが里子さんたちととった笑顔の写真がたくさんあり、ご家族との写真もみな笑顔である。人が好きで、人の役に立てることを心底楽しめる方だったのであろう。
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 孤児院支援の団体を主宰されている方はみなそうかと思うが、里親と里子で往来する手紙や日本からおくられる支援の品を定期的に現地にもっていくことが重要となる。それによって里子は勉強する意欲をおこすし、里親も支援の手応えを感じる事ができるからである。しかし、インドの田舎であるダラムサラやタワンにいくのは、ここ数年体調を崩されていた久保さんにとってはきつい時もあったと思う。
 それでもこの笑顔なのだから、本当に強くやさしい方だったのだと思う。
 ルントク代表は「久保さんはよい来世をおくることになります」とおっしゃっていた。またどこかでお会いできればいいなと思う。
  合掌して謹んでご冥福をお祈りいたします。

この投稿を終えた直後、SFTJapanのツェリンドルジェ氏を介してダラムサラにおける久保さん追悼の報告がありました。以下がその模様を伝える写真であり、メッセージは以下のようです。

「ダラムサラにあるTCV(チベット子供村)本校でも久保隆さんの葬儀が行われました。
「チベット子供村の子供達またスタッフたちはみななくなったKikuの久保隆さんに深い哀悼の意を表します。また、久保さんのご家族、久保さんを愛した方々に対しても深い哀悼の意を表すると同時に、かれの意識が安らかであるように、そしてまたすぐに生まれ変わるように祈ります。

なくなった久保さんはチベット子供村を通じて何百何千というチベット人の若者たちの中に記憶されていくでしょう。チベット子供村はいつも彼を深い感謝とともに記憶します。」

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| | 2018/02/05(月) 12:19 [EDIT]
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ありがとうございます | URL | 2018/02/05(月) 13:23 [EDIT]
さっそく訂正しました。

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