高知でチベット
今日は護国寺さまはbTibet09だけど、自分は高知チベットまつりにお呼ばれしてしたので、高知の名刹竹林寺にいく。
「講演の準備はしたしー、あとは文殊菩薩の聖地だから、スピリチュアルなドレスコードはやっぱヤマンタカ(文殊の忿怒形)かしら、ヤマンタカの数珠ももっていかなきゃね、これで準備ばんたーん」
で羽田空港に向かう電車の中で「さて、JALかANAかと確認しよう」と鞄をさぐるも、飛行機のチケットがない。忘れてきている!
「スピリチュアルなドレスコードとかいう前にチケット持てや!」と自分に激しくつっこむも、取りに戻る時間はなし。
しかも、家を出るときわたしはケータイダンナに貸してもらおうとしたら、ダンナは「いらないよ」とかいって貸してくれなかっため、連絡もとれない。仕方ないので公衆電話を探して
私「飛行機のチケット忘れた。現場でかけあってみるから、JALかANAかだけでも教えろ」といったら
ダンナ「JAL」
羽田空港駅はJALとANAでターミナルがちがう。自分ののっていた乗車位置がANA側だったので、JAL側に走る。カウンターにつくと、券の再発行のカウンターに並べという。で、聞くと私の名前がないという。隣に座るはずのルントクさんの名前もない。もしやと思い、もう家に一度をかけてみると
ダンナ「ごめんANAだった」
ANAは35分発なのにすでに15分過ぎている。
私「ゴルァ、もう出発時間十五分きっとるわい。どれだけターミナル離れていると思っているんだ。もうだめかもしれん」と怒鳴って、電話をたたっ切って走る。鬼の行相で走ったよ。
ANAのカウンターについて、ダメモトで「切符忘れました。高知です。何とかのせてください」とANAのおねいちゃんにすがりつく。たぶんここでもう25分すぎてた。
「ご案内十五分をきっておりご案内はしめきっています。一応確認がとれましたのでチケットはだしますが搭乗口が70と遠いので、乗れない可能性もありますがそれでもよろしいですか」といわれたので
私「走ります」
で、自分走ったね。全速で。搭乗口70は本当に遠かった。
ぜいぜいいいながら席に着くと隣のルントクさんが
ルントクさん「先生もうこないかと思ってましたよ」
私「私も今ここにいるのが奇跡としか思えません。チケット忘れた上に、間違ってJAlのカウンターにいってたんですよ」
ルントクさん「ああ、ターミナル違いますもんね。私四国二回目ですが、この前にきたとき飛行機乗り遅れたんですよ。チケット忘れたこともありますははは」
私「じゃあ自分幸運でしたね。」
レベルの低い会話だ。
で、帰りはJALだったんだけど、同じようにチケット忘れたにもかかわらず、ANAではすぐにだしくれたチケットがJALではその場でチケットを買いなおしさせられ、あとで払い戻すというシステム。420円の手数料もとられる。ANAにくらべJALは融通が利かないときいていたが、たしかにそう。その場で本人確認して再発行すれば、事務手続きもへるのに。だから赤字になるんだと納得。
話を戻して、行きの機内。ルントクさんと対談の打ち合わせをしようとしたら、ルントクさんは「まあでたとこでいきましょう」みたいな感じなので、もっぱらチベット界ウラ話に花を咲かす(くろっ)。
で、高知は龍馬空港につく。会場はあの文殊菩薩の聖地五台山の日本版、竹林寺。ちゃんと山の上にある。最初は亡命政府製作の、チベットのいろいろを簡潔にまとめた映画「慈悲を生きる」、そのあと高知出身の写真家の中島建藏さんのおはなし。カイラスとかアリとかトディンとかの西チベット、デチェンなどの東チベット、つい最近も東チベットのカワカポ(梅里雪山)にまでいらっしゃっている方である。
そのあと、自分の講演。「ダライ・ラマとチベット文化て何てマーベラス」という内容で、次がルントクさんが、チベットの現状と環境を語る。漢人がどんどんなだれこんでラサにチベット人の居場所がなくなっている、何の自由もない、チベット人に対する監視が強まり亡命者の数もへっている、もう本土で何が行われているか分からない、というくらーい話。
そしてワタクシの黒い司会により、三人で座談会。
私「あの僧院のすごいカリキュラムを最後までこなしたチベット人の坊さんは頭もいいし、人格も完成されているし、本当にみるからにすごいでんすよね。僧院に千人いれば一人か二人はものすごいお坊さんがいますよね、もちろん修行に落ちこぼれてダメダメな人もたくさんいるけど、それでも全体にレベルは高いですよね」
中島氏「14才くらいのチベット人のお坊さんに漢人がわざと足をひっかけて転ばせてつばはきかけたことがあって、私は怒ったんですけど、その子たった14才なのに耐えているんですよ。すごい人間ができていると思いました。チベット旅していると漢人がチベット人をいじめるそういう場面を本当によく目にするんですが、チベット人はよく我慢をしています」
私「漢人が悪いというよりは、政府の教育が悪いんですよね。中国政府は漢人に『チベット人にあれだけいろいろしてやったのに感謝しない恩知らず』とかそんな考え方ばかりを繰り返しすり込みますからね。」
中島氏「四川省でNHKテレビみていたら中国政府にとってみせたくない映像が流れる時はLIVE映像がきれるんですよ。だから中国の人は我々と同じような情報をもっていて同じように考えていると思ったらマチガイなんですよね。いろいろなことを知らされていませんよ。知り合いの日本人に通信機器の会社に勤めている人がいて、中国に雇われてポタラ宮の内部を盗聴するシステムをつくらされたそうです。もちろんその人は現地でそれをしっていやになってやめたそうです。」
日本の最新技術はチベット人管理に用いられているらしい。
てな方向に話がどんどこいくと、聴衆の一人が発言したいという。あー、中国シンパの人からの抗議かなと一瞬思ったけど杞憂で
聴衆の一人「中国がラダックやアルナチャル・プラデーシュの国境を侵犯して、赤いペンキまいたりしてるんですが、インドではこれブレーキングニュースで流れて、インドの友人は本当に第三次世界大戦を心配しているんですよ。でもこれって日本国内ではまったくニュースになっていませんよね。NHKがjapanデビュー(先に台本つくって映像をはめこむというすごい作品でそのストーリーは明らかに中国より)で抗議をうけて毎日千人規模のデモをかけられていた時も、そのュースを全然マスコミは流さない。善光寺のリレーの時も逮捕者は日本人とチベット人だけ。あれだけ中国人留学生が好き放題しても一人も中国人からは一人も逮捕者なし。日本はもう中国の一部なんですよ」との発言。
ははははは。この流れはもう笑うしかない。
ルントクさん「中国がチベットを占領したので、中国とインドが接するようになってこうなるのです。ダライ・ラマがこんどアルナチャル・プラデーシュ州を訪問する予定ですが、中国は〔中国領だから〕行くなといっています。中国はこうして他国にいろいろな圧力をかけますが、脅しに屈して引き下がる方が、相手をより傲慢にさせることになります。 彼らはこちらが断固ととして主張すれば引き下がります。自分たちに理がないことを知っていますから。それとチベット事情をよく知っている人が主張することには決してゴリ押しをしません。自分たちが後ろ暗い証拠です。
チベットに中国がやってきた時も、最初はいいことばかりいいました。チベットの発展に力を貸す、チベット人を助けたい、そして、それが終わったら出て行くと。それを信じたら今は丸裸です。日本もそうならないようにしてください。
私の言うことを信じなくてもいいです。両方の言い分を聞いて、自分の頭で考えてください。そうしたら分かるはずです」
私「孫子の兵法とか読まないといけませんよねー」(こらこら司会だろ)
てなわけで、まあ楽しく盛り上がって、そのあとご住職にご案内していただいて本尊様にお参りをする。聞けば、50年に一度のご開帳があと五年後だという。
私が「ガンで死ぬか、暗殺されるかしてなければ、五年後お参りにきます」というと
ご住職「先生なら55年後もいけますよ」
ご住職さま羊羹ありがとうございました。とあるサポーターの方、お茶や餅ありがとうございました。
「講演の準備はしたしー、あとは文殊菩薩の聖地だから、スピリチュアルなドレスコードはやっぱヤマンタカ(文殊の忿怒形)かしら、ヤマンタカの数珠ももっていかなきゃね、これで準備ばんたーん」
で羽田空港に向かう電車の中で「さて、JALかANAかと確認しよう」と鞄をさぐるも、飛行機のチケットがない。忘れてきている!
「スピリチュアルなドレスコードとかいう前にチケット持てや!」と自分に激しくつっこむも、取りに戻る時間はなし。
しかも、家を出るときわたしはケータイダンナに貸してもらおうとしたら、ダンナは「いらないよ」とかいって貸してくれなかっため、連絡もとれない。仕方ないので公衆電話を探して
私「飛行機のチケット忘れた。現場でかけあってみるから、JALかANAかだけでも教えろ」といったら
ダンナ「JAL」
羽田空港駅はJALとANAでターミナルがちがう。自分ののっていた乗車位置がANA側だったので、JAL側に走る。カウンターにつくと、券の再発行のカウンターに並べという。で、聞くと私の名前がないという。隣に座るはずのルントクさんの名前もない。もしやと思い、もう家に一度をかけてみると
ダンナ「ごめんANAだった」
ANAは35分発なのにすでに15分過ぎている。
私「ゴルァ、もう出発時間十五分きっとるわい。どれだけターミナル離れていると思っているんだ。もうだめかもしれん」と怒鳴って、電話をたたっ切って走る。鬼の行相で走ったよ。
ANAのカウンターについて、ダメモトで「切符忘れました。高知です。何とかのせてください」とANAのおねいちゃんにすがりつく。たぶんここでもう25分すぎてた。
「ご案内十五分をきっておりご案内はしめきっています。一応確認がとれましたのでチケットはだしますが搭乗口が70と遠いので、乗れない可能性もありますがそれでもよろしいですか」といわれたので
私「走ります」
で、自分走ったね。全速で。搭乗口70は本当に遠かった。
ぜいぜいいいながら席に着くと隣のルントクさんが
ルントクさん「先生もうこないかと思ってましたよ」
私「私も今ここにいるのが奇跡としか思えません。チケット忘れた上に、間違ってJAlのカウンターにいってたんですよ」
ルントクさん「ああ、ターミナル違いますもんね。私四国二回目ですが、この前にきたとき飛行機乗り遅れたんですよ。チケット忘れたこともありますははは」
私「じゃあ自分幸運でしたね。」
レベルの低い会話だ。
で、帰りはJALだったんだけど、同じようにチケット忘れたにもかかわらず、ANAではすぐにだしくれたチケットがJALではその場でチケットを買いなおしさせられ、あとで払い戻すというシステム。420円の手数料もとられる。ANAにくらべJALは融通が利かないときいていたが、たしかにそう。その場で本人確認して再発行すれば、事務手続きもへるのに。だから赤字になるんだと納得。
話を戻して、行きの機内。ルントクさんと対談の打ち合わせをしようとしたら、ルントクさんは「まあでたとこでいきましょう」みたいな感じなので、もっぱらチベット界ウラ話に花を咲かす(くろっ)。
で、高知は龍馬空港につく。会場はあの文殊菩薩の聖地五台山の日本版、竹林寺。ちゃんと山の上にある。最初は亡命政府製作の、チベットのいろいろを簡潔にまとめた映画「慈悲を生きる」、そのあと高知出身の写真家の中島建藏さんのおはなし。カイラスとかアリとかトディンとかの西チベット、デチェンなどの東チベット、つい最近も東チベットのカワカポ(梅里雪山)にまでいらっしゃっている方である。
そのあと、自分の講演。「ダライ・ラマとチベット文化て何てマーベラス」という内容で、次がルントクさんが、チベットの現状と環境を語る。漢人がどんどんなだれこんでラサにチベット人の居場所がなくなっている、何の自由もない、チベット人に対する監視が強まり亡命者の数もへっている、もう本土で何が行われているか分からない、というくらーい話。
そしてワタクシの黒い司会により、三人で座談会。
私「あの僧院のすごいカリキュラムを最後までこなしたチベット人の坊さんは頭もいいし、人格も完成されているし、本当にみるからにすごいでんすよね。僧院に千人いれば一人か二人はものすごいお坊さんがいますよね、もちろん修行に落ちこぼれてダメダメな人もたくさんいるけど、それでも全体にレベルは高いですよね」
中島氏「14才くらいのチベット人のお坊さんに漢人がわざと足をひっかけて転ばせてつばはきかけたことがあって、私は怒ったんですけど、その子たった14才なのに耐えているんですよ。すごい人間ができていると思いました。チベット旅していると漢人がチベット人をいじめるそういう場面を本当によく目にするんですが、チベット人はよく我慢をしています」
私「漢人が悪いというよりは、政府の教育が悪いんですよね。中国政府は漢人に『チベット人にあれだけいろいろしてやったのに感謝しない恩知らず』とかそんな考え方ばかりを繰り返しすり込みますからね。」
中島氏「四川省でNHKテレビみていたら中国政府にとってみせたくない映像が流れる時はLIVE映像がきれるんですよ。だから中国の人は我々と同じような情報をもっていて同じように考えていると思ったらマチガイなんですよね。いろいろなことを知らされていませんよ。知り合いの日本人に通信機器の会社に勤めている人がいて、中国に雇われてポタラ宮の内部を盗聴するシステムをつくらされたそうです。もちろんその人は現地でそれをしっていやになってやめたそうです。」
日本の最新技術はチベット人管理に用いられているらしい。
てな方向に話がどんどこいくと、聴衆の一人が発言したいという。あー、中国シンパの人からの抗議かなと一瞬思ったけど杞憂で
聴衆の一人「中国がラダックやアルナチャル・プラデーシュの国境を侵犯して、赤いペンキまいたりしてるんですが、インドではこれブレーキングニュースで流れて、インドの友人は本当に第三次世界大戦を心配しているんですよ。でもこれって日本国内ではまったくニュースになっていませんよね。NHKがjapanデビュー(先に台本つくって映像をはめこむというすごい作品でそのストーリーは明らかに中国より)で抗議をうけて毎日千人規模のデモをかけられていた時も、そのュースを全然マスコミは流さない。善光寺のリレーの時も逮捕者は日本人とチベット人だけ。あれだけ中国人留学生が好き放題しても一人も中国人からは一人も逮捕者なし。日本はもう中国の一部なんですよ」との発言。
ははははは。この流れはもう笑うしかない。
ルントクさん「中国がチベットを占領したので、中国とインドが接するようになってこうなるのです。ダライ・ラマがこんどアルナチャル・プラデーシュ州を訪問する予定ですが、中国は〔中国領だから〕行くなといっています。中国はこうして他国にいろいろな圧力をかけますが、脅しに屈して引き下がる方が、相手をより傲慢にさせることになります。 彼らはこちらが断固ととして主張すれば引き下がります。自分たちに理がないことを知っていますから。それとチベット事情をよく知っている人が主張することには決してゴリ押しをしません。自分たちが後ろ暗い証拠です。
チベットに中国がやってきた時も、最初はいいことばかりいいました。チベットの発展に力を貸す、チベット人を助けたい、そして、それが終わったら出て行くと。それを信じたら今は丸裸です。日本もそうならないようにしてください。
私の言うことを信じなくてもいいです。両方の言い分を聞いて、自分の頭で考えてください。そうしたら分かるはずです」
私「孫子の兵法とか読まないといけませんよねー」(こらこら司会だろ)
てなわけで、まあ楽しく盛り上がって、そのあとご住職にご案内していただいて本尊様にお参りをする。聞けば、50年に一度のご開帳があと五年後だという。
私が「ガンで死ぬか、暗殺されるかしてなければ、五年後お参りにきます」というと
ご住職「先生なら55年後もいけますよ」
ご住職さま羊羹ありがとうございました。とあるサポーターの方、お茶や餅ありがとうございました。
Long Liveオ・バ・マ!
とある出版社におつとめしている卒業生に頼まれていた本をやっと脱稿した。この前、終わったといったのは「本論を入稿した」という意味であり、本当に終わったのは今日。しかし、次の仕事がつまっているので全然達成感なし。
自分にご褒美(なんかもの悲しいこの言葉って)と思ってビール(小)くらい飲もうかと思うが、最近つきあいの時しかお酒を飲まなくなった結果、すっかり弱くなってしまい、お酒=褒美にならんのでやめる。あー自分でいってて辛気くさい。
今度私の本を出しくれる卒業生は卒業してもう六年くらいたつのだけど、去年突然連絡をくれて、「今年四月から●×出版社につとめました。もし可能なら先生の本を出したいんですけど」とメールがきた。とりあえず久しぶりだしあってみるかと思って会ってみたら、ものすごく日に焼けている。
まだ入社して間もないから、きっといろいろな本屋さんに営業かけさせられて外回りの営業日焼けだろうな、転職したての新しい職場もなじむのは大変だろうな、といたく同情し、「うん、やる」っていっちゃった。で、それから何度か打ち合わせとかで会ううちに、日焼けは趣味のサーフィンによるものと判明(笑)。あのときの同情を返せ。
まあ、本はとても面白いものに仕上がったので、できあがったらこのブログでも紹介しますね。
で、ボルネオから生きて帰ってきたMが、「オバマさんノーベル賞とったのにブログ沈黙していますね」とメールしてくる。彼の性格から察するに「あれだけオバマさんアゲてたのに、ダライ・ラマに対する表敬訪問延期しただけでもう嫌いになったんかい」と言外にいってる気がしたので(ちょっとはそう思ったけど 笑)、気を取り直して、
オバマさんノーベル平和賞受賞、おめでとうございます。
彼の受賞に対する批判の大半は「平和をまだ実現していない」「アフガンでは戦線拡大したやんけ」ということであろうが、後者はたしかに問題であるが、前者については批判の根拠とはなりえないと思う。
その理由を述べるために20年前にさかのぼってみましょう。
20年前の1989年、ベルリンの壁が崩れ、東欧の民主化が劇的に進んだあの年、ダライ・ラマ14世がノーベル平和賞を受賞した。
その時の朝日新聞の社説は例によってすごかった。おおざっぱにいうと
「ダライ・ラマにノーベル賞あげると中国が怒る。中国が怒ったら平和がなくなる。ノーベル平和賞が対立の原因をつくるのはいかがなものか」
なんでしょう、このどうしようもなさは。だって朝日のいっていることはこういうことなんですよ、奥さん。
ある雪の国に聖王が住んでいました。そこに東の国から乱暴な王が軍隊を率いて攻め込んできました。聖王は民が傷つかないように、王位を捨てて南の国に逃げました。乱暴な王は雪の国を自分のものにしてしまいました。
聖王を愛する雪の国の民は、東の国の王の支配を嫌い、多くの民が聖王のあとをおって南の国に逃げました。聖王はその民に向かって、「敵を恨んではならない。もっとも恐ろしいのは国を奪われることよりも人としての心を失うことである。国を失ったことによりみなは強くなった。自分がタフになれたことは乱暴な王が国を奪ったおかげ、忍耐を修行させてくれたと感謝しなさい」と言い聞かせた(ジャータカ中に「長寿王の忍耐」という似たエピソードがある)。
そして世界中をかけまわって資金をあつめ、難民たちの生活を支え、それどころか、自分のもっている心を安定させるテクニックを一人でも多くの人とわかちあおうと世界に向かって教えを説き始めた。世界の人々はこの聖王のたぐいまれなる人格に感銘を受け彼の中に真の人のありかたを見いだした。
一方、雪の国を支配する粗暴な王は、自分の行いの正統性のなさを重々承知していたため、ひたすら過剰防衛となり、エゲツナイ同化政策を敢行し、聖王の訪問する先々の国にありとあらゆる圧力をかけて聖王を邪険にするように命令しました。
聖王は粗暴な王が自分に対してどのような罵詈雑言をなげつけようとも、行く先々でどんな不条理な扱いを受けようとも、日本に入国するときにイミグレーションに並ばされようともまったく気にすることがありませんでした。そして、エゴを抑えるべきこと、他者を尊重すること、一人一人の心の武装解除こそが集団の武装解除につながると、説き続けました。
はい、このような聖王こそまさに平和賞にふさわしい方だと思いませんか。
聖王の言葉は多くの人に希望と気づきを与え、その意識を変えてきた。それが平和賞の受賞理由となっているのであり、彼の責任ではない「今目の前で実現していない平和」を持ち出して受賞にケチをつけるのは、ましてや、粗暴な東の国の王のゴキゲンをとるために受賞にケチをつけるとは「平和賞の意味をほんとにわかっているのか」と小一時間といつめたい。
非暴力の中道思想は目の前の暴力に対しては無力でも、長い目でみれば社会の体質改善を促し、長期的には平和に貢献する思想である。ガンディー(ノーベル賞を三回辞退)も、キング牧師も生きている間に完全な平和は実現できなかったけど、彼らが偉大な聖者であったことはよほど顛倒したものの考えをする人以外は認めるところであろう。
彼らが生きている間に平和を実現できなかったのは、もちろん彼らの責任ではなく、事態がこじれすぎていて、彼らの理念がいくらすばらしくとも、それを実行できるだけの環境がととのわなかったというだけのことである。彼らの行動自体はどこからみても正しい。
非暴力思想は保守派からは過激と言われ、過激派からはぬるいと言われ、両サイドから攻撃をうける孤独なスタンスなのである。オバマさんも今、両サイドからたたかれているが、この両サイドからたたかれていることが彼が中道であることの証ともいえる。何より彼は命をはっている。
対立している人たちの間に入り、対話をよびかけることはその両サイドからうらまれる損な役回りで、文字通り命がけである。ではオバマさんはなぜ自分の命を危険にさらしてまで対話を説くのか。「ならずもの国家は相手にせん、ごたごたいうとミサイルぶっぱなすぞー」といってれば少なくとも共和党の支持は得られてアメリカ経済がはたんしようが、世界が混迷しようが命は全うできるのに。
それはオバマさんが非暴力中道こそが真理であるとよく分かっているから。暴力による暴力の抑止は結局は暴力に帰結するのみであることは世界史が証明している。暴力の連鎖を終わりにするためには、それこそ対立する双方の指導者、その国民一人一人の意識の改革を行うしか解決の道はない。それには人々に希望を持たせるような、言葉とパワーをもつ人の存在が必要である。キング牧師やガンディーやオバマはまさにそのような言葉をもつ人たちであった。高潔な人は真理のためには自分の命をも捨てることができるのである。
その自己犠牲の献身によっても賞せられてしかるべきだと思う。
冷戦を終わらせたレーガンも受賞していないのに、なぜオバマがもらう、とのコメントが某卒業生よりついたが、冷戦はレーガンの力で終わったのではなく、ソ連の経済の破綻とゴルバチョフの英断によっておわったのである。しつこいようだけど、レーガンはゴルバチョフが1986年1月15日に行った核廃絶構想を10月11日のレイキャビクの首脳会談で却下したのである。これだけみてもこの男、平和賞の名に値しないことは明かである。
ゴルバチョフもサハロフもノーベル平和賞の受賞者にはみな共通する真理への献身と知的な「品格」がある。ヨーロッパの諸国は概してオバマさんの受賞に好意的なエールを送っている。でオバマさんの受賞に対して微妙な発言をしているのは、イラン、アメリカの共和党、日本などのこれまた微妙な国家群である。
命をかけて人類のために献身している人を「理想主義者」といって冷笑するような人には少なくともノーベル賞をかたる資格はない。この賞は自己を犠牲にしても愛を信じる菩薩たちに与えられるものなのである(そうでない年もあるけどね)。
自分にご褒美(なんかもの悲しいこの言葉って)と思ってビール(小)くらい飲もうかと思うが、最近つきあいの時しかお酒を飲まなくなった結果、すっかり弱くなってしまい、お酒=褒美にならんのでやめる。あー自分でいってて辛気くさい。
今度私の本を出しくれる卒業生は卒業してもう六年くらいたつのだけど、去年突然連絡をくれて、「今年四月から●×出版社につとめました。もし可能なら先生の本を出したいんですけど」とメールがきた。とりあえず久しぶりだしあってみるかと思って会ってみたら、ものすごく日に焼けている。
まだ入社して間もないから、きっといろいろな本屋さんに営業かけさせられて外回りの営業日焼けだろうな、転職したての新しい職場もなじむのは大変だろうな、といたく同情し、「うん、やる」っていっちゃった。で、それから何度か打ち合わせとかで会ううちに、日焼けは趣味のサーフィンによるものと判明(笑)。あのときの同情を返せ。
まあ、本はとても面白いものに仕上がったので、できあがったらこのブログでも紹介しますね。
で、ボルネオから生きて帰ってきたMが、「オバマさんノーベル賞とったのにブログ沈黙していますね」とメールしてくる。彼の性格から察するに「あれだけオバマさんアゲてたのに、ダライ・ラマに対する表敬訪問延期しただけでもう嫌いになったんかい」と言外にいってる気がしたので(ちょっとはそう思ったけど 笑)、気を取り直して、
オバマさんノーベル平和賞受賞、おめでとうございます。
彼の受賞に対する批判の大半は「平和をまだ実現していない」「アフガンでは戦線拡大したやんけ」ということであろうが、後者はたしかに問題であるが、前者については批判の根拠とはなりえないと思う。
その理由を述べるために20年前にさかのぼってみましょう。
20年前の1989年、ベルリンの壁が崩れ、東欧の民主化が劇的に進んだあの年、ダライ・ラマ14世がノーベル平和賞を受賞した。
その時の朝日新聞の社説は例によってすごかった。おおざっぱにいうと
「ダライ・ラマにノーベル賞あげると中国が怒る。中国が怒ったら平和がなくなる。ノーベル平和賞が対立の原因をつくるのはいかがなものか」
なんでしょう、このどうしようもなさは。だって朝日のいっていることはこういうことなんですよ、奥さん。
ある雪の国に聖王が住んでいました。そこに東の国から乱暴な王が軍隊を率いて攻め込んできました。聖王は民が傷つかないように、王位を捨てて南の国に逃げました。乱暴な王は雪の国を自分のものにしてしまいました。
聖王を愛する雪の国の民は、東の国の王の支配を嫌い、多くの民が聖王のあとをおって南の国に逃げました。聖王はその民に向かって、「敵を恨んではならない。もっとも恐ろしいのは国を奪われることよりも人としての心を失うことである。国を失ったことによりみなは強くなった。自分がタフになれたことは乱暴な王が国を奪ったおかげ、忍耐を修行させてくれたと感謝しなさい」と言い聞かせた(ジャータカ中に「長寿王の忍耐」という似たエピソードがある)。
そして世界中をかけまわって資金をあつめ、難民たちの生活を支え、それどころか、自分のもっている心を安定させるテクニックを一人でも多くの人とわかちあおうと世界に向かって教えを説き始めた。世界の人々はこの聖王のたぐいまれなる人格に感銘を受け彼の中に真の人のありかたを見いだした。
一方、雪の国を支配する粗暴な王は、自分の行いの正統性のなさを重々承知していたため、ひたすら過剰防衛となり、エゲツナイ同化政策を敢行し、聖王の訪問する先々の国にありとあらゆる圧力をかけて聖王を邪険にするように命令しました。
聖王は粗暴な王が自分に対してどのような罵詈雑言をなげつけようとも、行く先々でどんな不条理な扱いを受けようとも、日本に入国するときにイミグレーションに並ばされようともまったく気にすることがありませんでした。そして、エゴを抑えるべきこと、他者を尊重すること、一人一人の心の武装解除こそが集団の武装解除につながると、説き続けました。
はい、このような聖王こそまさに平和賞にふさわしい方だと思いませんか。
聖王の言葉は多くの人に希望と気づきを与え、その意識を変えてきた。それが平和賞の受賞理由となっているのであり、彼の責任ではない「今目の前で実現していない平和」を持ち出して受賞にケチをつけるのは、ましてや、粗暴な東の国の王のゴキゲンをとるために受賞にケチをつけるとは「平和賞の意味をほんとにわかっているのか」と小一時間といつめたい。
非暴力の中道思想は目の前の暴力に対しては無力でも、長い目でみれば社会の体質改善を促し、長期的には平和に貢献する思想である。ガンディー(ノーベル賞を三回辞退)も、キング牧師も生きている間に完全な平和は実現できなかったけど、彼らが偉大な聖者であったことはよほど顛倒したものの考えをする人以外は認めるところであろう。
彼らが生きている間に平和を実現できなかったのは、もちろん彼らの責任ではなく、事態がこじれすぎていて、彼らの理念がいくらすばらしくとも、それを実行できるだけの環境がととのわなかったというだけのことである。彼らの行動自体はどこからみても正しい。
非暴力思想は保守派からは過激と言われ、過激派からはぬるいと言われ、両サイドから攻撃をうける孤独なスタンスなのである。オバマさんも今、両サイドからたたかれているが、この両サイドからたたかれていることが彼が中道であることの証ともいえる。何より彼は命をはっている。
対立している人たちの間に入り、対話をよびかけることはその両サイドからうらまれる損な役回りで、文字通り命がけである。ではオバマさんはなぜ自分の命を危険にさらしてまで対話を説くのか。「ならずもの国家は相手にせん、ごたごたいうとミサイルぶっぱなすぞー」といってれば少なくとも共和党の支持は得られてアメリカ経済がはたんしようが、世界が混迷しようが命は全うできるのに。
それはオバマさんが非暴力中道こそが真理であるとよく分かっているから。暴力による暴力の抑止は結局は暴力に帰結するのみであることは世界史が証明している。暴力の連鎖を終わりにするためには、それこそ対立する双方の指導者、その国民一人一人の意識の改革を行うしか解決の道はない。それには人々に希望を持たせるような、言葉とパワーをもつ人の存在が必要である。キング牧師やガンディーやオバマはまさにそのような言葉をもつ人たちであった。高潔な人は真理のためには自分の命をも捨てることができるのである。
その自己犠牲の献身によっても賞せられてしかるべきだと思う。
冷戦を終わらせたレーガンも受賞していないのに、なぜオバマがもらう、とのコメントが某卒業生よりついたが、冷戦はレーガンの力で終わったのではなく、ソ連の経済の破綻とゴルバチョフの英断によっておわったのである。しつこいようだけど、レーガンはゴルバチョフが1986年1月15日に行った核廃絶構想を10月11日のレイキャビクの首脳会談で却下したのである。これだけみてもこの男、平和賞の名に値しないことは明かである。
ゴルバチョフもサハロフもノーベル平和賞の受賞者にはみな共通する真理への献身と知的な「品格」がある。ヨーロッパの諸国は概してオバマさんの受賞に好意的なエールを送っている。でオバマさんの受賞に対して微妙な発言をしているのは、イラン、アメリカの共和党、日本などのこれまた微妙な国家群である。
命をかけて人類のために献身している人を「理想主義者」といって冷笑するような人には少なくともノーベル賞をかたる資格はない。この賞は自己を犠牲にしても愛を信じる菩薩たちに与えられるものなのである(そうでない年もあるけどね)。
真実の光賞
王力雄さんとダライ・ラマ法王がワシントンで会見しました。そのニュースがパユル(チベットニュースサイトチベット語で「祖国」っていう意味よ)に出ましたが、全訳する時間がないので、例によって、ラフに訳します。正確にしりたいかたはソースはっときます。
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=25681&article=Chinese+writer+embraces+Dalai+Lama%2c+seeks+dialogue%3a+update
昨年、国際人権デーにあわせて勇気ある中国の知識人308人が、中国に民主化と連邦制を実現することを訴える「零八憲章」を発表した。
この憲章の呼びかけ人の一人である中国の作家王力雄さんが、アメリカに今いってて、人権賞を受賞するためにワシントンに滞在中のダライ・ラマ法王と会見した。
王力雄さんはあのウーセルさんのご主人である。
ウーセルさんといえばチベット人の有名な詩人で、父上が文革時代のチベットでとった写真を『殺劫』(この題名はチベット語で革命を意味するサージェは中国語だと殺劫と同音になるという皮肉をこめている 笑)という写真集にして夫君とともに発表された方であり、去年チベットが蜂起したあと、彼女のブログはチベット内部で起きている中国の弾圧を北京から告発し続けたため、全世界からアクセス殺到した。
ま、このようなウーセルさんや王力雄さんにチベット・サポーターに贈られる最高の栄誉ある賞「真実の光」(The Light of Truth Award)賞をダライ・ラマが贈ろうというわけで会見とあいなったわけである。
この賞、リチャード・ギアがチェアマンをつとめるチベット国際運動(International Campaign for Tibet)が、チベット問題を世界にむけて啓発した人に対してだすもので、過去、リチャード・ブラム、マーティン・スコセッシ、ツツ大主教とかそうそうたるメンバーが受賞しております。権威ある賞です。
賞品はチベットのバターランプ(マルメ)一個だけど(笑)。
いいの象徴なんだから。
で、ワシントンにいらっしゃるダライ・ラマの講演会場に王力雄さんもお見えになられてて、講演会後、ワシントンの中華料理屋さんでダライ・ラマと王さん二人は長い抱擁を交わした。で、王さんこういった。
王力雄「零八憲章にサインした人たちは中国政府は反中国と言いましたが、反対です。私は中国を愛しています。中国を愛することは政府を愛することではありません。あえて政府を批判することが中国のためなのです。批判を受け入れることのできない政府はただ中国に害をなします。」
ここでスタンディング・オベーションがあったみたい。うおおおお。
王さん続けます。
「中国の嘘八百のプロパガンダと報道管制は大半の中国人が、ダライラマが非暴力で中道のアプローチでチベット人に権利を求めていること理解させないようにしています。これは長い目でみてチベット問題を解決する障害です。この障害を取り除くことが中国の知識人の使命なのです。というのも、真実よりも偉大な智慧はないからです。」
王さんは最近のウイグル問題にも触れて
「全体主義は抑圧をします。一方抑圧は民主主義によって弱体化します。」
ダライ・ラマ法王は王さんの勇気を称えて、こういいました。
「中国のプロパガンダは悲しいことにチベット人やとくにダライ・ラマを悪魔とよび、西洋の反中国勢力といいいます。もちろん全然違います。わたしはいつもサポーターにこういっています。わたしはチベット人に与しているのではない、正義に与しているのだ、非暴力に与しているのだとね」
今度は個人的に、スタンディング・オベーション うおおおお。
ところで、
これまで18年間、ワシントンを訪れたダライ・ラマは必ずアメリカ大統領の訪問をうけてきたのに、今回はじめてバラク・オバマは合わない決定をしました。公式には否定してますが、訪中前なので中国を刺激しないためと憶測されております。
一応ダラムサラに大統領の特使を送って礼を尽くして状況は説明しているので、チベット政府はまあいいやといっているようだけど、もし今回の訪中でオバマさんが中国からチベット問題に関して何ら前向きな態度をひきだせないと、全世界のチベット・サポーターから「あーあ」て言われちゃうんよ。オバマさん勝負所!
ちなみに、この記事の最後に
リチャード・ギア曰く「われわれの大統領がすばらしい文章を起草し署名した300人の中国人たちの勇気と智慧をみならうように希望する」となかなかなコメントを出してます。
がんばれ、オバマさん。観音菩薩を五十年間悪魔と言い続けている中国政府が、菩薩オバマに対してどうふるまうか、オバマさん、孫子の兵法読んで備えるんだよ(これ読むとホントうんざりするよ)!
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=25681&article=Chinese+writer+embraces+Dalai+Lama%2c+seeks+dialogue%3a+update
昨年、国際人権デーにあわせて勇気ある中国の知識人308人が、中国に民主化と連邦制を実現することを訴える「零八憲章」を発表した。
この憲章の呼びかけ人の一人である中国の作家王力雄さんが、アメリカに今いってて、人権賞を受賞するためにワシントンに滞在中のダライ・ラマ法王と会見した。
王力雄さんはあのウーセルさんのご主人である。
ウーセルさんといえばチベット人の有名な詩人で、父上が文革時代のチベットでとった写真を『殺劫』(この題名はチベット語で革命を意味するサージェは中国語だと殺劫と同音になるという皮肉をこめている 笑)という写真集にして夫君とともに発表された方であり、去年チベットが蜂起したあと、彼女のブログはチベット内部で起きている中国の弾圧を北京から告発し続けたため、全世界からアクセス殺到した。
ま、このようなウーセルさんや王力雄さんにチベット・サポーターに贈られる最高の栄誉ある賞「真実の光」(The Light of Truth Award)賞をダライ・ラマが贈ろうというわけで会見とあいなったわけである。
この賞、リチャード・ギアがチェアマンをつとめるチベット国際運動(International Campaign for Tibet)が、チベット問題を世界にむけて啓発した人に対してだすもので、過去、リチャード・ブラム、マーティン・スコセッシ、ツツ大主教とかそうそうたるメンバーが受賞しております。権威ある賞です。
賞品はチベットのバターランプ(マルメ)一個だけど(笑)。
いいの象徴なんだから。
で、ワシントンにいらっしゃるダライ・ラマの講演会場に王力雄さんもお見えになられてて、講演会後、ワシントンの中華料理屋さんでダライ・ラマと王さん二人は長い抱擁を交わした。で、王さんこういった。
王力雄「零八憲章にサインした人たちは中国政府は反中国と言いましたが、反対です。私は中国を愛しています。中国を愛することは政府を愛することではありません。あえて政府を批判することが中国のためなのです。批判を受け入れることのできない政府はただ中国に害をなします。」
ここでスタンディング・オベーションがあったみたい。うおおおお。
王さん続けます。
「中国の嘘八百のプロパガンダと報道管制は大半の中国人が、ダライラマが非暴力で中道のアプローチでチベット人に権利を求めていること理解させないようにしています。これは長い目でみてチベット問題を解決する障害です。この障害を取り除くことが中国の知識人の使命なのです。というのも、真実よりも偉大な智慧はないからです。」
王さんは最近のウイグル問題にも触れて
「全体主義は抑圧をします。一方抑圧は民主主義によって弱体化します。」
ダライ・ラマ法王は王さんの勇気を称えて、こういいました。
「中国のプロパガンダは悲しいことにチベット人やとくにダライ・ラマを悪魔とよび、西洋の反中国勢力といいいます。もちろん全然違います。わたしはいつもサポーターにこういっています。わたしはチベット人に与しているのではない、正義に与しているのだ、非暴力に与しているのだとね」
今度は個人的に、スタンディング・オベーション うおおおお。
ところで、
これまで18年間、ワシントンを訪れたダライ・ラマは必ずアメリカ大統領の訪問をうけてきたのに、今回はじめてバラク・オバマは合わない決定をしました。公式には否定してますが、訪中前なので中国を刺激しないためと憶測されております。
一応ダラムサラに大統領の特使を送って礼を尽くして状況は説明しているので、チベット政府はまあいいやといっているようだけど、もし今回の訪中でオバマさんが中国からチベット問題に関して何ら前向きな態度をひきだせないと、全世界のチベット・サポーターから「あーあ」て言われちゃうんよ。オバマさん勝負所!
ちなみに、この記事の最後に
リチャード・ギア曰く「われわれの大統領がすばらしい文章を起草し署名した300人の中国人たちの勇気と智慧をみならうように希望する」となかなかなコメントを出してます。
がんばれ、オバマさん。観音菩薩を五十年間悪魔と言い続けている中国政府が、菩薩オバマに対してどうふるまうか、オバマさん、孫子の兵法読んで備えるんだよ(これ読むとホントうんざりするよ)!
実を捨てて名をとる
オリンピックの東京招致が流れて本当にウレシイ。
国際展示場にかかるあの巨大な招致垂れ幕、神社にいくとはためいていたあの招致のぼり、商店街のフラッグ、目にするたびに何の意味があるんだ、いくらかかってんだ、何やったって自分のマインドはかわらんわ。と思っていた。
だいたい、中国人じゃあるまいし東京人はもうサブリミナルやプロパガンダで動くような民度じゃないわ。
このムダに空費された宣伝費用、わたしの払った都税からでてるんですよ。この日記を読んでいる学生諸君には分からないだろうが、納税者になるとこの血の流れるような気持ちわかるはずです。
あー、腹が立つ。腹が立つにはもっとふかーい訳がある。
I都知事、去年の夏北京オリンピックに参加しましたよね。東京の招致を有利にするために北京に行きましたよね。
これって中国を怒らせると東京招致に反対される、あるいは東京オリンピックボイコットされるから、いったってことですよね。
でもそれって、
マスコミが中国を怒らせると中国取材ができなくなるから、〜ry
中国と商売してる会社が、中国を怒らせると不買運動をおこされたり、いやがらせをされたりするから 〜ry
とかいうのと同じ思考法ですよね。相手のやっていることの是非はおいといてただ現場で仕事をまわすためだけに、もっと大きな大事なものを失っているのに気がつかないと。
ダライ・ラマ法王は北京でオリンピックを行うことは中国が海外の目を気にするようになるからいいことだといって賛成していたけど、要人のオリンピック参加には必ずしも賛成していなかった。
だって、それ中国のメンツをたてるしか意味のない行動だもの。
で、I知事は北京オリンピックに参加したことによって、中国のメンツをたてたわけで、彼自身は名を下げたわけである。
オリンピックを招致するために、会社を維持するために、取材をつづけるために、中国のいいなりになる時、会社の社会的責任とか、報道の道義とかもっと大局から見て重要なものを失っていることに気づかねば。これって重要よ、あまりに目先のことばかりみて、人に言えないようなひそひそ話しばかりしていると、結局は誰からも尊敬されなくなって軽蔑されるだけ。
じつはワタクシごとなのだが、去年とあるテレビ番組の監修をしてくれと頼まれた。で聞けばもう台本もでてきて映像もできてて、例によって「何かマチガイがないか」だけチェックしてくれ、とのこと(ぷんぷん)。
みると、マチガイだらけだったので、アカ入れしまくってかえした。
そしたら、放送日前日になって、突然放映中止。何かあったなー、と思ったが、案の定中国が「これだめ、こう言え」と口をだしてきたとのこと。
わたしは放送しちゃえばいいじゃん、と思ったのだが、自分たちだけの問題ではなく会社に類が及ぶからできないとのこと。
で、その放送局の偉いところは、がんばりつづけてほとんどもとの台本に戻してくれたこと。しかし、そもそもこの番組の台本つくったのは放送局の人間だし、監修者は中国の某局だし、わたしは事実と違う点をなおしただけ。
何とも釈然としない気分になったので、名前をださなかった。
そしたら、そう決意した瞬間に目の前が開けた。それまでは、まあ放送局もさんざん某国との間で苦労したわけだし、その上で自分が断ったりしたら相手いやな気持ちになるだろうな、とかいろいろ気をつかったんだけど、断った瞬間に、それはもう爽快。
その気持ちよさの原因を追及してみるとこういうことになる。
自分、台本に手をいれることによって番組に一定の品質を保たせ、学者としてのつとめははたした、そして、名前をださなかったことで、某国が口をだしたような作品に協力しなかったというプライドも保てた。
つまり、いろいろ考えたあげく嫌々北京オリンピックの開会式に参加して名前を下げて、さらに翌年結局招致に失敗してまた名を下げるみたいな負のスパイラルにおちこむことを事前に避けたともいえる。
でも問題の本質は、そもそも北京でオリンピックをやる、中国本土のチベットから展示品かりてチベットをやる、あるいは中国側の説明だけ聞いて番組をつくる、とかいうこの部分にある。
上野の森の美術館の展覧会なんて、知り合いの東洋史の先生は美術品が本土からきているのを見ただけで「この展覧会なんかいかがわしい」と私が何も言う前から見抜いていたよ。
かかわったら様々な不条理な目にあうことがわかりきっているのになぜわざわざ関わるのか。
そして関わってその不条理を甘受することは彼らのそのあり方を肯定することになぜ気づかないのか。
ここのところ、文学部で東洋史を希望する学生が激減している。聞けば昨今の中国とか北朝鮮とかの報道を聞くにつけても、あんな国の文化を学ぶきになるかい、みたいなところらしい。一方、キャンパスには年々中国人学生の姿が多くなっていく。
中国に興味をもたない日本人が増えれば、中国語が必要となる職場では必然的に中国人が採用されることになる。で、職場に入り込んだ彼らは一人一人はいい人たちであるから、無邪気に自分たちの受けてきた愛国教育に従って
「チベット族はダライ・ラマの帰還を望んでいないっていってますよ。」とか
「この前の暴動は僧侶が主導してほとんどのチベット族はメイワクだと思っています」とか平気でまわりに語り、それをまた信じちゃう日本のオッサンたちがいるわけだ(実話)
もう一度いいます。彼ら一人一人は悪い人間ではないのです。想像力がたりないだけ。チベット人を暴力で制圧して、ネットも映像も気に入らないと切断して、他人の国の番組内容にまで口だしてくる国で、文化も主体性も自由に考える力も奪われた銃で後ろから脅されている人々が、何を考えているかを想像する頭がないだけ。
ていうことですわ。
なんかいろいろ考えさせられた。ここ二〜三週間でした。
国際展示場にかかるあの巨大な招致垂れ幕、神社にいくとはためいていたあの招致のぼり、商店街のフラッグ、目にするたびに何の意味があるんだ、いくらかかってんだ、何やったって自分のマインドはかわらんわ。と思っていた。
だいたい、中国人じゃあるまいし東京人はもうサブリミナルやプロパガンダで動くような民度じゃないわ。
このムダに空費された宣伝費用、わたしの払った都税からでてるんですよ。この日記を読んでいる学生諸君には分からないだろうが、納税者になるとこの血の流れるような気持ちわかるはずです。
あー、腹が立つ。腹が立つにはもっとふかーい訳がある。
I都知事、去年の夏北京オリンピックに参加しましたよね。東京の招致を有利にするために北京に行きましたよね。
これって中国を怒らせると東京招致に反対される、あるいは東京オリンピックボイコットされるから、いったってことですよね。
でもそれって、
マスコミが中国を怒らせると中国取材ができなくなるから、〜ry
中国と商売してる会社が、中国を怒らせると不買運動をおこされたり、いやがらせをされたりするから 〜ry
とかいうのと同じ思考法ですよね。相手のやっていることの是非はおいといてただ現場で仕事をまわすためだけに、もっと大きな大事なものを失っているのに気がつかないと。
ダライ・ラマ法王は北京でオリンピックを行うことは中国が海外の目を気にするようになるからいいことだといって賛成していたけど、要人のオリンピック参加には必ずしも賛成していなかった。
だって、それ中国のメンツをたてるしか意味のない行動だもの。
で、I知事は北京オリンピックに参加したことによって、中国のメンツをたてたわけで、彼自身は名を下げたわけである。
オリンピックを招致するために、会社を維持するために、取材をつづけるために、中国のいいなりになる時、会社の社会的責任とか、報道の道義とかもっと大局から見て重要なものを失っていることに気づかねば。これって重要よ、あまりに目先のことばかりみて、人に言えないようなひそひそ話しばかりしていると、結局は誰からも尊敬されなくなって軽蔑されるだけ。
じつはワタクシごとなのだが、去年とあるテレビ番組の監修をしてくれと頼まれた。で聞けばもう台本もでてきて映像もできてて、例によって「何かマチガイがないか」だけチェックしてくれ、とのこと(ぷんぷん)。
みると、マチガイだらけだったので、アカ入れしまくってかえした。
そしたら、放送日前日になって、突然放映中止。何かあったなー、と思ったが、案の定中国が「これだめ、こう言え」と口をだしてきたとのこと。
わたしは放送しちゃえばいいじゃん、と思ったのだが、自分たちだけの問題ではなく会社に類が及ぶからできないとのこと。
で、その放送局の偉いところは、がんばりつづけてほとんどもとの台本に戻してくれたこと。しかし、そもそもこの番組の台本つくったのは放送局の人間だし、監修者は中国の某局だし、わたしは事実と違う点をなおしただけ。
何とも釈然としない気分になったので、名前をださなかった。
そしたら、そう決意した瞬間に目の前が開けた。それまでは、まあ放送局もさんざん某国との間で苦労したわけだし、その上で自分が断ったりしたら相手いやな気持ちになるだろうな、とかいろいろ気をつかったんだけど、断った瞬間に、それはもう爽快。
その気持ちよさの原因を追及してみるとこういうことになる。
自分、台本に手をいれることによって番組に一定の品質を保たせ、学者としてのつとめははたした、そして、名前をださなかったことで、某国が口をだしたような作品に協力しなかったというプライドも保てた。
つまり、いろいろ考えたあげく嫌々北京オリンピックの開会式に参加して名前を下げて、さらに翌年結局招致に失敗してまた名を下げるみたいな負のスパイラルにおちこむことを事前に避けたともいえる。
でも問題の本質は、そもそも北京でオリンピックをやる、中国本土のチベットから展示品かりてチベットをやる、あるいは中国側の説明だけ聞いて番組をつくる、とかいうこの部分にある。
上野の森の美術館の展覧会なんて、知り合いの東洋史の先生は美術品が本土からきているのを見ただけで「この展覧会なんかいかがわしい」と私が何も言う前から見抜いていたよ。
かかわったら様々な不条理な目にあうことがわかりきっているのになぜわざわざ関わるのか。
そして関わってその不条理を甘受することは彼らのそのあり方を肯定することになぜ気づかないのか。
ここのところ、文学部で東洋史を希望する学生が激減している。聞けば昨今の中国とか北朝鮮とかの報道を聞くにつけても、あんな国の文化を学ぶきになるかい、みたいなところらしい。一方、キャンパスには年々中国人学生の姿が多くなっていく。
中国に興味をもたない日本人が増えれば、中国語が必要となる職場では必然的に中国人が採用されることになる。で、職場に入り込んだ彼らは一人一人はいい人たちであるから、無邪気に自分たちの受けてきた愛国教育に従って
「チベット族はダライ・ラマの帰還を望んでいないっていってますよ。」とか
「この前の暴動は僧侶が主導してほとんどのチベット族はメイワクだと思っています」とか平気でまわりに語り、それをまた信じちゃう日本のオッサンたちがいるわけだ(実話)
もう一度いいます。彼ら一人一人は悪い人間ではないのです。想像力がたりないだけ。チベット人を暴力で制圧して、ネットも映像も気に入らないと切断して、他人の国の番組内容にまで口だしてくる国で、文化も主体性も自由に考える力も奪われた銃で後ろから脅されている人々が、何を考えているかを想像する頭がないだけ。
ていうことですわ。
なんかいろいろ考えさせられた。ここ二〜三週間でした。
夏の終わり
ゼミ生のMが大学院の試験もうかったしと耳長族に会いにボルネオに行く(なんでや)。
去年カルマパと一緒にマナリ近くの峠で心中しかかったあのMである。
昨日の晩「明日はインドネシアに船でわたります。」みたいなことをローマ字で書いていたら、その明日、すなわち今日だ。
サモア大地震勃発。
私の頭の中の世界地図ではサモアはボルネオの近くにあったので
オーマイガッ! と、すぐに「生きとるか」メールを送信。
そしたら生存証明のメールがきた。
とりあえず、よかった。よく見たらボルネオとサモアは遠かった。
と安心したのもつかの間、同日午後七時、
スマトラ島沖地震勃発!
今度はモロ・インドネシアである。
しかし、彼のいる港と震源地は海域が違うのでたぶん大丈夫。
彼には立派なチベット学者になってもらうまでは死んでもらっては困るのだ(私利私欲)。
帰ったら勉強しろ。勉強しろ。勉強しろ。もう旅行行くな!
何が耳長族だよもう。
というわけで、
夏休みにすますはずだった仕事はまだ本一冊分まるまる残っている。あと一ヶ月ほしい。この季節、大学ですれちがう先生方の顔はとにかく暗い。
で、人生に疲れたのでシュールリアリズム(なんでや)。
今から85年前の1925年、『シュールレアリズム革命』の見開き一ページの右手に「ダライ・ラマへの上奏文」左手に「ローマ教皇への決裂」がのせられた。
アンドレ・ブルトンを始めとするシュールリアリズムの詩人たち複数の連名であったが、文作はトーシツアルトーがした。
現在から見るとチベット仏教に対する理解がかなりトンデモなんだけど、現実社会から逃避したいという気持ちが今の自分の気持ちにぴったりなので、引用。
ああ、偉大なるラマよ、私たちは貌下のこのうえなく忠実なしもべです。ヨーロッパ人の汚れた心でも理解できるような言葉で、私たちに猊下の光明を与え、照らしてください。必要ならば、私たちの〈心〉を変えてください。もはや〈人間の心〉が苦しむことのない、完璧なる頂上だけに向かう心を、私たちに与えてください。
習慣から自由な〈心〉、まさしく〈心=精霊〉のなかで凍結した心を、私たちに与えてください。あるいは、より純粋な習慣、つまり猊下と同じ習慣―それが自由のために有効ならば―を持った〈心〉を与えてください。
私たちは、ごつごつした教皇、文学屋、批評家、犬どもに包囲されています。べったりと世俗的に考え、癒しようがないほど目先のことだけを考える犬どもに、私たちの〈心〉は囲まれでいます。
ラマよ、私たちに教えてください。身体を物質的に浮揚させる方法、もはや世俗に囚われない方法を。
私たちが言おうとしている、魂の透明な解放、〈心=精霊〉のなかにある〈心〉の自由がどのようなものか、ああ、許容できる教皇よ、本当の心を持った教皇よ、猊下はよくご存じのはずだからです。
ああ、内面の頂点にいる教皇よ、私は内面の眼で貌下を見つめるのです。私が貌下に似ているのは、内面からなのです。この私、衝動、考え、唇、人体浮揚、夢、叫び、思考の放棄あらゆる形態のあいだに宙づりになり、もはや風しか望まないこの私(一九二五年四月、『シュルレアリスム革命』)。
いやー、やっぱ西洋の知識人てひよわだわ。
これを本当にダライ・ラマが読んでいたら、「人に頼るな。奇跡にたよるな。自分の問題は自分で解決しろ。」とかいうだろうな。
て、書いたらもと文学青年からシュルレアリズムは現実逃避でなく、幽玄の美をめざしたんだ、もっと深いんだ、とツッコミがはいる。きっとそうなんでしょう。
でもね、あのフランス人のチベット僧マチウ・リカールは子どもの頃からアンドレ・ブルトンを始めとするフランスの芸術家知識人が家庭に出入りして側近くでかれらの言動をみききしていたらしいけど、彼らの才能はともかく人柄はとんでもないっていってたよ。
まあ彼らはその「深い」さでは救われなかったのですね。たぶん。
もうみなさんご存じでしょうが「ダライ・ラマ法王東京講演」日程です。
【法話】
2009年10月31日(土) 14:00〜16:00 (開場 12:00)
法話「さとりへ導く三つの心と発菩提心」(ラムツォナムスムとセームキェ)
Three Principle Parts and Generating the Altruistic Mind Enlightenment
於: 両国国技館
【講演】
2009年11月01日(日)13:00〜16:00
東京講演 「地球の未来」への対話 −仏教と科学の共鳴−
於: 両国国技館
2009年11月03日(火・祝)13:30〜16:00
四国特別講演「自分を幸せにする生き方」(日本語・手話通訳付き)
於:愛媛県武道館
2009年11月05日(木)13:30〜16:00
沖縄特別講演「平和と慈悲のこころ」(日本語通訳付き)
Peace and Compassionate Mind
於:沖縄県立武道館
ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
http://www.tibethouse.jp/
去年カルマパと一緒にマナリ近くの峠で心中しかかったあのMである。
昨日の晩「明日はインドネシアに船でわたります。」みたいなことをローマ字で書いていたら、その明日、すなわち今日だ。
サモア大地震勃発。
私の頭の中の世界地図ではサモアはボルネオの近くにあったので
オーマイガッ! と、すぐに「生きとるか」メールを送信。
そしたら生存証明のメールがきた。
とりあえず、よかった。よく見たらボルネオとサモアは遠かった。
と安心したのもつかの間、同日午後七時、
スマトラ島沖地震勃発!
今度はモロ・インドネシアである。
しかし、彼のいる港と震源地は海域が違うのでたぶん大丈夫。
彼には立派なチベット学者になってもらうまでは死んでもらっては困るのだ(私利私欲)。
帰ったら勉強しろ。勉強しろ。勉強しろ。もう旅行行くな!
何が耳長族だよもう。
というわけで、
夏休みにすますはずだった仕事はまだ本一冊分まるまる残っている。あと一ヶ月ほしい。この季節、大学ですれちがう先生方の顔はとにかく暗い。
で、人生に疲れたのでシュールリアリズム(なんでや)。
今から85年前の1925年、『シュールレアリズム革命』の見開き一ページの右手に「ダライ・ラマへの上奏文」左手に「ローマ教皇への決裂」がのせられた。
アンドレ・ブルトンを始めとするシュールリアリズムの詩人たち複数の連名であったが、文作はトーシツアルトーがした。
現在から見るとチベット仏教に対する理解がかなりトンデモなんだけど、現実社会から逃避したいという気持ちが今の自分の気持ちにぴったりなので、引用。
ああ、偉大なるラマよ、私たちは貌下のこのうえなく忠実なしもべです。ヨーロッパ人の汚れた心でも理解できるような言葉で、私たちに猊下の光明を与え、照らしてください。必要ならば、私たちの〈心〉を変えてください。もはや〈人間の心〉が苦しむことのない、完璧なる頂上だけに向かう心を、私たちに与えてください。
習慣から自由な〈心〉、まさしく〈心=精霊〉のなかで凍結した心を、私たちに与えてください。あるいは、より純粋な習慣、つまり猊下と同じ習慣―それが自由のために有効ならば―を持った〈心〉を与えてください。
私たちは、ごつごつした教皇、文学屋、批評家、犬どもに包囲されています。べったりと世俗的に考え、癒しようがないほど目先のことだけを考える犬どもに、私たちの〈心〉は囲まれでいます。
ラマよ、私たちに教えてください。身体を物質的に浮揚させる方法、もはや世俗に囚われない方法を。
私たちが言おうとしている、魂の透明な解放、〈心=精霊〉のなかにある〈心〉の自由がどのようなものか、ああ、許容できる教皇よ、本当の心を持った教皇よ、猊下はよくご存じのはずだからです。
ああ、内面の頂点にいる教皇よ、私は内面の眼で貌下を見つめるのです。私が貌下に似ているのは、内面からなのです。この私、衝動、考え、唇、人体浮揚、夢、叫び、思考の放棄あらゆる形態のあいだに宙づりになり、もはや風しか望まないこの私(一九二五年四月、『シュルレアリスム革命』)。
いやー、やっぱ西洋の知識人てひよわだわ。
これを本当にダライ・ラマが読んでいたら、「人に頼るな。奇跡にたよるな。自分の問題は自分で解決しろ。」とかいうだろうな。
て、書いたらもと文学青年からシュルレアリズムは現実逃避でなく、幽玄の美をめざしたんだ、もっと深いんだ、とツッコミがはいる。きっとそうなんでしょう。
でもね、あのフランス人のチベット僧マチウ・リカールは子どもの頃からアンドレ・ブルトンを始めとするフランスの芸術家知識人が家庭に出入りして側近くでかれらの言動をみききしていたらしいけど、彼らの才能はともかく人柄はとんでもないっていってたよ。
まあ彼らはその「深い」さでは救われなかったのですね。たぶん。
もうみなさんご存じでしょうが「ダライ・ラマ法王東京講演」日程です。
【法話】
2009年10月31日(土) 14:00〜16:00 (開場 12:00)
法話「さとりへ導く三つの心と発菩提心」(ラムツォナムスムとセームキェ)
Three Principle Parts and Generating the Altruistic Mind Enlightenment
於: 両国国技館
【講演】
2009年11月01日(日)13:00〜16:00
東京講演 「地球の未来」への対話 −仏教と科学の共鳴−
於: 両国国技館
2009年11月03日(火・祝)13:30〜16:00
四国特別講演「自分を幸せにする生き方」(日本語・手話通訳付き)
於:愛媛県武道館
2009年11月05日(木)13:30〜16:00
沖縄特別講演「平和と慈悲のこころ」(日本語通訳付き)
Peace and Compassionate Mind
於:沖縄県立武道館
ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
http://www.tibethouse.jp/
